かき消してくれたら
天気予報通り、今日も雨は降らなかった。
昨日変なことを聞いてしまったからか、幸大くんに会うのは少し気まずい。それなのに、部活を終えたわたしは速足で駅に向かっていた。
駅に着いて、階段を駆け下りる。六号車に飛び乗って、顔を上げる。
「お疲れ、幸大くん」
挨拶を交わしたあとは、わたしも彼も何も話さなかった。イヤフォンもつけず、スマホも触らず、ただ黙って、並んで窓の外を見ている。
相変わらず、何もない風景だ。
さっきまで明るかった空も、少しずつ薄暗くなっていく。ますます、何も見えなくなる。
「俺がこんなこと言うの、おかしいって分かってるんだけどさ」
たどたどしく口を開いた彼と、窓越しに目が合う。
何を言われるのだろう。恋愛相談だろうか。少しだけ、聞くのが怖かった。
「……何?」
「あのさ…… 涼太の気持ち、ちゃんと聞いてやってくれないかな。ちゃんと聞いて、それから、塚田さんの気持ちも伝えてあげてほしい」
思考が停止した。頭が真っ白になる。
「え?」
「涼太に、"好き"って言わせてあげてよ」
心のどこかで、ぷつん、と音がした。
「……幸大くんが、それを言うの?」
「そうだよな。でも、"好き"を言えないことって、すごく辛いことだから」
「そうじゃなくて」
そうじゃない。そうじゃなかった。
「確かにわたしは、涼太の気持ちを聞くのを避けてる。涼太がわたしに"好き"って言えないようにしてる。だけど、わたしだってそうしたくてやってるわけじゃないんだよ。わたしは、わたしを守るのに必死なんだよ。……それも分からないのに、分かろうとしてないのに、そんなこと言わないでよ」
思考は停止しているのに、言葉は次々に溢れて来る。
――わたし、こんなこと思ってたんだ。
何を言っているのか、自分でも分からなくなってくる。
「それに、幸大くんだって逃げてるじゃん。"好き"なんて、言おうと思えば言えるくせに。言えないままで辛いのは、自分のせいでしょ」
目を合わせないまま黙って聞いていた彼は、顔をしかめてこっちを向いた。
「何も知らないくせに、そんなこと言うなよ。みんながみんな、塚田さんみたいじゃないんだ。……塚田さんみたいに、まっすぐじゃないんだよ」
「まっすぐじゃなくたって、自分の気持ちは言えるよ。“好き”だけじゃない。幸大くん、自分のこと全然話さないじゃん。何を考えてるの? 何を思ってるの?……分かんないよ。何も、伝わってこない」
何か言いかけた彼は、それっきり口をつぐんでしまった。
「都合が悪いことには、そうやって口を閉ざすんだね」
静けさの中、電車の走る音だけが響いていた。車両の端で話す女子二人が、ちらちらこちらを見ながら、ひそひそ何かを言っている。
窓に映るわたしは、可愛くない顔をしていた。
苦しい。空しい。
――きっと、わたしたちは分かり合えないんだ。
アナウンスが流れる。もうすぐ、わたしの降りる駅に着く。
「……幸大くんのこと、知りたいだけなのに」
つぶやいた声は、電車の音にかき消されていった。
一緒にかき消してくれたらいいのに。この"好き"も、かき消してくれたらよかったのにな。




