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あの雨に届かなかった僕たちは。  作者: 雀野ヒナ
【美咲 side ③】
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泳ぐ雲

――キーン、コーン、カーン、コーン……


 昼休みのチャイムが鳴って、わたしはいつものようにベランダに出る。真っ青な空に、もくもくと雲が浮かんでいる。


 昨日は、幸大くんに変なことを聞いてしまった。いつもこうだ。余計なことを言って、自分の首を絞めてしまう。

 あの切ない顔が思い出される。


――本当に、涼太のことが好きなんだな。


「美咲ちゃーん!」


 振り向くと、教室からクラスメイトが顔を出していた。


「なんか、爽やかイケメンが呼んでるよ」


 窓からのぞくと、教室の入口で涼太がキョロキョロとしていた。


「ほんとだ。ありがとう」


 目が合った瞬間、涼太の顔がパッと明るくなる。彼は笑顔でこちらへと歩いてきた。

 その笑顔を見るたびに実感する。涼太も、本当にわたしのことが好きなのだと。


――涼太のこと、好きになれたらよかったのに。


「美咲、今週末に書店行かない?」

「書店?」

「美咲が好きって言ってた作家の新作が出たんだよ。評判いいし、一緒に買いに行こうと思って」


 好きな作家の名前、一度言っただけなのによく覚えてる。新作も、ちょうど最近気になっていた。

 さすがだ。わたしのこと、ちゃんと見てくれている。


「それ言うために、わざわざ来たの?」

「えっと……うん、そうだね」

「メッセージでよかったのに」

「でも、最近会えてなかったからさ。雨、全然降らないし」


 当たり前だ。好きな人には会いたくなる。

 そして、きっと今この瞬間も、幸大くんは涼太が来ないことにヤキモキしているに違いない。


「ごめん、今週末は予定があって」

「……そっか」

「また今度ね。誘ってくれてありがとう」


 涼太は、少し不安そうな顔をしていた。避けられていると、気づいているのかもしれない。


「最近、幸大と帰ってるんだってね」


 思わず息を呑んだ。幸大くん、そんな話までしているのか。


「たまたまだよ。偶然、電車が一緒なだけ」

「そっか。……まあ、色々あっても仲よさそうで、よかった」


 涼太は鼻を触りながら、そう言った。


「みーちゃーん!」


 四組のベランダの方から、甲高い声が聞こえた。紗月ちゃんが、大きく手を振りながらこちらに駆けてくる。


「紗月ちゃん、今日も元気だね」


 彼女は照れたように、ふふっと笑った。


「あ、飛田くんもいる」

「久しぶりだね、五十嵐さん」

「ごめん、お取込み中だった?」


 涼太がわたしの顔を見る。その視線に、心がざわつく。


――そんな顔で見ないで。


 どうしたらいいか、分からなくなる。


「ううん、大丈夫。お昼、食べよっか」

「うん! あ、飛田くんも一緒に食べる?」

「え?」


 涼太は驚いた顔をして、少し考えるような仕草をした。わたしは慌てて口を開く。


「涼太は、幸大くんのとこ行かなきゃでしょ」

「そうなの?」


 紗月ちゃんが小首をかしげる。


「行かなきゃってわけじゃないよ」

「でも、行ったほうがいいよ。幸大くん、待ってると思うし」


 涼太はしばらくわたしを見つめて、それから息をついて目を逸らした。


「……そうだね。行ってくるよ」

「うん。じゃあね」

「バイバイ、飛田くん」

「またね」


 涼太の背中は、どこか寂しげに見えた。


「飛田くんと、何かあったの?」


 ……鋭い。紗月ちゃんは、いつもぼんやりしてるようで、大事なところは見逃さない。


「何もないよ」

「ふーん、そっか」


 それ以上、彼女は聞いてこなかった。


「飛田くん、元気になるといいね」


 そう呟く紗月ちゃんの横顔は、どこか遠くを見ているようだった。


『これを持ってたら、困ったときいつでも僕が助けに行く。これは、僕が友達として、美咲を守るためのお守り』


 小学生の頃の、涼太の言葉が蘇る。


『僕が美咲を守ってあげる』


 あのとき、嬉しかった。あの言葉が、宝物みたいで。この関係を大切にしたいと思った。ずっとずっと、友達でいたいと思った。

 でも、今は――


 この関係は、本当にあの頃と同じなのだろうか。わたしたちは、ちゃんと”友達”でいられているのだろうか。

 わたしの、失いたくない”何か”は、守れているのだろうか。


 ベランダを風が吹き抜けていく。もくもくとしていた雲は、いつの間にか薄くなって、空をゆっくりと泳いでいた。

 まるで、金魚みたいだ。


 そういえば――あの金魚の指輪は、どこへ行ってしまったのだろう。

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