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あの雨に届かなかった僕たちは。  作者: 雀野ヒナ
【美咲 side ③】
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雨の降らない帰り道

 最近、幸大くんと一緒に帰ることが増えた。

 待ち合わせをするわけではない。部活を終えて、速足で駅に向かって、駅の階段を降りてすぐの六号車。そこに、いつも彼は座っている。


 今日もわたしは、電車に飛び乗る。そして今日も彼は、そこに座っている。

 彼はわたしを見て、軽く手を挙げた。


「お疲れ、幸大くん」

「お疲れ」


 彼は、耳につけていたイヤフォンを外して、片付け始める。そんな仕草一つに、一喜一憂してしまう自分がいる。

 嬉しくて、悔しくて、でもやっぱり嬉しい。

 イヤフォンをしまい終えた彼は、その瞳でまっすぐわたしを見つめる。その目に、なんだか胸が締め付けられる。


「最近、涼太と帰ったりしてる?」

「ううん。最近、雨降らないからね」

「雨の日限定なの?」

「だってほら、雨降らないと部活あるから」

「ああ、なるほど」

「それに……」


 わたしは涼太と距離をとっていた。

 涼太からは、わたしに対する好意が溢れている。その想いを感じるたびに、わたしは苦しくなる。罪悪感に、押しつぶされそうになる。


「それに?」

「やっぱ、なんでもない」


 幸大くんも同じなのだろうか。わたしに、罪悪感を感じているのだろうか。


「幸大くんは、変わらず昼休みに涼太と会ってるの?」

「会ってるっていうか、涼太が来る」

「そっか、いいじゃん。嬉しいでしょ?」

「うん、嬉しいよ。でも、会うたびにはっきりと分かっちゃうんだよね」

「分かるって、何が?」

「涼太にとって、俺は友達なんだなって」


 彼は切ない顔をする。そんな顔をさせられるなんて、やっぱり涼太が羨ましい。

 わたしもこれくらい、好きになってもらいたかった。


「仲間だね、わたしたち」

「……それは、どういう意味で?」

「涼太に片想い仲間」


 彼は、ポカンとしていた。


「わたしはずっと、涼太に片想いしてるんだよ」

「ん? 逆じゃないの?」

「やっぱ気づいてるんだ。涼太の気持ち」

「……うん」

「逆じゃないよ。わたしはね、ずっと涼太に片想いしてるの。友達として、片想いなの」

「友達として……?」

「友達としてどんなに好きでも、涼太とは友達ではいられない。涼太にとって、わたしは友達対象外だから」


 涼太の気持ちを聞いてしまったら、この関係が壊れてしまうから。

 わたしは卑怯だ。涼太の気持ちを分かってて、そのうえで側にいることをやめない。わたしの友達としての"好き"を優先して、涼太の”好き”を犠牲にし続けてきた。


 そんなわたしを、幸大くんはどう思っているのだろう。

 わたしは、彼の好きな人の好きな人。邪魔だと感じているのだろうか。本当は嫌いだったりするのだろうか。


「ねえ。幸大くんは、わたしのこと嫌い?」

「……なんで、そんなこと言うの」


 幸大くんは、少し怒っているみたいだった。


「嫌い?」

「嫌いだったら、一緒に帰ったりなんかしないよ」

「そっか」

「なんでそんなこと聞くの」


 彼は不機嫌なまま、またそう尋ねる。


「涼太がわたしを好きって知ってるんでしょ。それなら、私のこと憎く思ってても、おかしくないなって思って」

「それは、変な理屈だね。おかしい」

「どうして?」

「だって、それなら塚田さんは、涼太を憎んでることになるよ」


 ふふ、と思わず笑ってしまう。確かに、それはおかしい。涼太を憎いだなんて、思うわけがない。


「そうだね、おかしい。そんなので憎いとはならないよね」

「でしょ」

「でも、ずるいとは思う」

「ずるい?」

「努力なしに、無条件で幸大くんに好かれて、ずるいなって」


 幸大くんはチラリとわたしを見て、前へ視線を戻した。


「そっか」

「それで、幸大くんはどうなの」

「どうって?」


 わたしはそれ以上、言わなかった。幸大くんには分かるはずだと思った。

 答えないわたしを見て、幸大くんは下を向いたまま、口を開いた。


「俺は、憎いともずるいとも思ってないよ。塚田さんのこと」

「どうして?」

「俺は、塚田さんには敵わないから」

「……何それ」

「涼太とお似合いだって認めざるを得ないくらい、塚田さんは素敵な人だからだよ」


――なんだ、それ。


「んー。分かんないなあ」


 分からない。分からなかった。何かが込み上げてきて、必死でこらえる。


「幸大くんは、こんなにわたしを褒めてくれる。好いてくれてる。それでも……幸大くんは、わたしを好きになってはくれない。わたしが欲しいのは、幸大くんだけなのに」


 声が震えている。ダメだ。こんなところで泣いたら、負けだ。

 幸大くんを見る。幸い、彼は向かいの窓の外を見ていて、私の今にもぐじゃぐじゃになりそうな顔に気づいてもいなかった。


「俺は、男が好きだから」


――まただ。またそう言うんだ。


「いつも、そればっかだね」


 零れてしまった。とうとう、泣いてしまった。私は涙をぬぐい、なんでもない顔をしてみせる。


「まあ、でも、そうか。わたしは男じゃないからね」


 電車がホームに着く。よかった。これ以上は耐えられない。


「じゃあね」


 わたしは立ち上がる。向かいの窓に映る幸大くんは、やっとわたしの顔を見たようだった。

 わたしは目を合わせなかった。


 電車を降りて、立ち止まる。後ろでドアが閉まって、電車の走り出す音がする。

 わたしは振り向かない。振り向いたら、この涙に気づかれてしまうから。


 わたしがすぐ泣く"女の子"だと、分かられてしまうから。

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