雨の降らない帰り道
最近、幸大くんと一緒に帰ることが増えた。
待ち合わせをするわけではない。部活を終えて、速足で駅に向かって、駅の階段を降りてすぐの六号車。そこに、いつも彼は座っている。
今日もわたしは、電車に飛び乗る。そして今日も彼は、そこに座っている。
彼はわたしを見て、軽く手を挙げた。
「お疲れ、幸大くん」
「お疲れ」
彼は、耳につけていたイヤフォンを外して、片付け始める。そんな仕草一つに、一喜一憂してしまう自分がいる。
嬉しくて、悔しくて、でもやっぱり嬉しい。
イヤフォンをしまい終えた彼は、その瞳でまっすぐわたしを見つめる。その目に、なんだか胸が締め付けられる。
「最近、涼太と帰ったりしてる?」
「ううん。最近、雨降らないからね」
「雨の日限定なの?」
「だってほら、雨降らないと部活あるから」
「ああ、なるほど」
「それに……」
わたしは涼太と距離をとっていた。
涼太からは、わたしに対する好意が溢れている。その想いを感じるたびに、わたしは苦しくなる。罪悪感に、押しつぶされそうになる。
「それに?」
「やっぱ、なんでもない」
幸大くんも同じなのだろうか。わたしに、罪悪感を感じているのだろうか。
「幸大くんは、変わらず昼休みに涼太と会ってるの?」
「会ってるっていうか、涼太が来る」
「そっか、いいじゃん。嬉しいでしょ?」
「うん、嬉しいよ。でも、会うたびにはっきりと分かっちゃうんだよね」
「分かるって、何が?」
「涼太にとって、俺は友達なんだなって」
彼は切ない顔をする。そんな顔をさせられるなんて、やっぱり涼太が羨ましい。
わたしもこれくらい、好きになってもらいたかった。
「仲間だね、わたしたち」
「……それは、どういう意味で?」
「涼太に片想い仲間」
彼は、ポカンとしていた。
「わたしはずっと、涼太に片想いしてるんだよ」
「ん? 逆じゃないの?」
「やっぱ気づいてるんだ。涼太の気持ち」
「……うん」
「逆じゃないよ。わたしはね、ずっと涼太に片想いしてるの。友達として、片想いなの」
「友達として……?」
「友達としてどんなに好きでも、涼太とは友達ではいられない。涼太にとって、わたしは友達対象外だから」
涼太の気持ちを聞いてしまったら、この関係が壊れてしまうから。
わたしは卑怯だ。涼太の気持ちを分かってて、そのうえで側にいることをやめない。わたしの友達としての"好き"を優先して、涼太の”好き”を犠牲にし続けてきた。
そんなわたしを、幸大くんはどう思っているのだろう。
わたしは、彼の好きな人の好きな人。邪魔だと感じているのだろうか。本当は嫌いだったりするのだろうか。
「ねえ。幸大くんは、わたしのこと嫌い?」
「……なんで、そんなこと言うの」
幸大くんは、少し怒っているみたいだった。
「嫌い?」
「嫌いだったら、一緒に帰ったりなんかしないよ」
「そっか」
「なんでそんなこと聞くの」
彼は不機嫌なまま、またそう尋ねる。
「涼太がわたしを好きって知ってるんでしょ。それなら、私のこと憎く思ってても、おかしくないなって思って」
「それは、変な理屈だね。おかしい」
「どうして?」
「だって、それなら塚田さんは、涼太を憎んでることになるよ」
ふふ、と思わず笑ってしまう。確かに、それはおかしい。涼太を憎いだなんて、思うわけがない。
「そうだね、おかしい。そんなので憎いとはならないよね」
「でしょ」
「でも、ずるいとは思う」
「ずるい?」
「努力なしに、無条件で幸大くんに好かれて、ずるいなって」
幸大くんはチラリとわたしを見て、前へ視線を戻した。
「そっか」
「それで、幸大くんはどうなの」
「どうって?」
わたしはそれ以上、言わなかった。幸大くんには分かるはずだと思った。
答えないわたしを見て、幸大くんは下を向いたまま、口を開いた。
「俺は、憎いともずるいとも思ってないよ。塚田さんのこと」
「どうして?」
「俺は、塚田さんには敵わないから」
「……何それ」
「涼太とお似合いだって認めざるを得ないくらい、塚田さんは素敵な人だからだよ」
――なんだ、それ。
「んー。分かんないなあ」
分からない。分からなかった。何かが込み上げてきて、必死でこらえる。
「幸大くんは、こんなにわたしを褒めてくれる。好いてくれてる。それでも……幸大くんは、わたしを好きになってはくれない。わたしが欲しいのは、幸大くんだけなのに」
声が震えている。ダメだ。こんなところで泣いたら、負けだ。
幸大くんを見る。幸い、彼は向かいの窓の外を見ていて、私の今にもぐじゃぐじゃになりそうな顔に気づいてもいなかった。
「俺は、男が好きだから」
――まただ。またそう言うんだ。
「いつも、そればっかだね」
零れてしまった。とうとう、泣いてしまった。私は涙をぬぐい、なんでもない顔をしてみせる。
「まあ、でも、そうか。わたしは男じゃないからね」
電車がホームに着く。よかった。これ以上は耐えられない。
「じゃあね」
わたしは立ち上がる。向かいの窓に映る幸大くんは、やっとわたしの顔を見たようだった。
わたしは目を合わせなかった。
電車を降りて、立ち止まる。後ろでドアが閉まって、電車の走り出す音がする。
わたしは振り向かない。振り向いたら、この涙に気づかれてしまうから。
わたしがすぐ泣く"女の子"だと、分かられてしまうから。




