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あの雨に届かなかった僕たちは。  作者: 雀野ヒナ
【幸大 side ②】
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変な人

 恋は異性にするものだと、当時の俺は思っていた。そうとしか、教えてもらってこなかった。

 ”好き”がどういう感情なのか、俺は知りもしなかった。




 塚田さんとちゃんと話した最初の記憶は、あの雨の日だった。


「空が泣いてるね」


 中二の六月、雨の日。前の席の彼女は、突然そう話しかけてきた。


「え?」


 外を眺めたままの塚田さんは、いつも一人でいる、少し変わった人だった。彼女とは、まともに話したこともなかった。


「空が泣いちゃったから、今日は部活ができないの」


 そう言う彼女は、それほど残念そうでもなかった。

 窓の外を見る。確かに雨だ。無意識に触れた頬が、日焼けで少しヒリヒリする。


「ああ……そっか」

「君は、部活ないの?」


 塚田さんの方を見る。さっきまで外を見ていたはずの彼女はこちらを向いていて、目が合った。咄嗟に逸らす。


 女子と話すのは慣れなくて、少し緊張する。でも彼女がまとう優しい雰囲気は、嫌いじゃなかった。


「あったけど、こんなんじゃ俺もできないや」

「悲しいことでもあったのかな」

「悲しい?」

「だって、こんなに泣いてるから」


 戸惑った。何を言っているのだろう。やっぱり変な人だ。

 俺は窓の外の雨を眺めながら、何と返せばいいのか考えた。彼女を見ると、また目が合った。そして俺は、また逸らしてしまう。


「失恋かな。ほら、大泣きじゃんか」


 我ながら、変な答えだ。だが、塚田さんは平気な顔をしてそれに乗った。


「なるほど、かわいそうに。どうしたら泣き止んでくれますかね?」

「そっとしてあげるのが一番じゃない?」

「そうかな?」

「きっとそうだよ」


 もう一度塚田さんを見る。彼女はじっと俺を見つめて、ふわりと嬉しそうに笑った。

 本当に変な人だ。こんな俺にわざわざ話しかけるなんて。俺相手にこんなに楽しそうだなんて。


 女子とちゃんと話したのは、きっとあれ以来。




「好きな人だあれ?」


 幼稚園生の頃、同級生の女の子にそう聞かれた。


「好きな人?」

「うん。ドキドキするひと。ずっと一緒にいたいなって思う人。いないの?」

「いるよ」

「だれ!?」


 女の子は好奇心にあふれたその目を輝かせて、前のめりに詰め寄って来た。


「たつきくん」


 一番仲の良かった男友達だった。女の子はその名を聞いて、顔色を変えた。


「……たつきくんのこと好きなの?」

「そうだよ」

「……おかしい」

「え?」


 さっきまでキラキラしていたその目から光は消えていた。絶望とも軽蔑ともとれるような、怖い目をしていた。


「こうだいくん、おかしいよ」




 こういうのをトラウマと言うのだろう。あれから、女子の目が怖かった。女子と話すことを避けるようになっていた。


 けれど、塚田さんは特別だった。

 彼女はことあるごとに俺に話しかけてきた。俺が席に着くと、待っていたかのように決まって振り向いた。どんなにそっけない返事をしても、彼女はいつも楽しそうだった。

 彼女の目は怖くなかった。彼女が振り向くたび、話しかけてくれるたび、俺はむしろ嬉しかった。


「幸大くんって、面白いよね」


 休み時間、いつも通り振り返った塚田さんは、唐突にそう言った。


「ん?」

「もっとみんなに知ってほしいよ。幸大くんってこんなに面白くて、素敵な人なんだよって」

「恥ずかしいからやめてよ」

「でも」

「俺はこれでいいんだよ。俺を知ろうとしてくれる人、関わろうとしてくれる人がいれば……それでいい」

「そっか」


 彼女は一人でニヤニヤしている。


「なにニヤついてるの」

「ニヤついてないし! ただ……」


 顔を覗き込んできた。ばっちり目が合う。


「ただ、嬉しくて」

「嬉しい?」

「……わたしも、幸大くんにとって必要な存在なんだなって、思えたから」


 彼女は嬉しそうに笑う。相変わらず変な人だ。こんな俺に必要とされて、それで喜ぶなんて。

 だけど、俺はこの変な人のことをとても気に入っていた。


 彼女とのこういう日々が、いつまでも続けばいい。本気でそう、思っていた。

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