変な人
恋は異性にするものだと、当時の俺は思っていた。そうとしか、教えてもらってこなかった。
”好き”がどういう感情なのか、俺は知りもしなかった。
塚田さんとちゃんと話した最初の記憶は、あの雨の日だった。
「空が泣いてるね」
中二の六月、雨の日。前の席の彼女は、突然そう話しかけてきた。
「え?」
外を眺めたままの塚田さんは、いつも一人でいる、少し変わった人だった。彼女とは、まともに話したこともなかった。
「空が泣いちゃったから、今日は部活ができないの」
そう言う彼女は、それほど残念そうでもなかった。
窓の外を見る。確かに雨だ。無意識に触れた頬が、日焼けで少しヒリヒリする。
「ああ……そっか」
「君は、部活ないの?」
塚田さんの方を見る。さっきまで外を見ていたはずの彼女はこちらを向いていて、目が合った。咄嗟に逸らす。
女子と話すのは慣れなくて、少し緊張する。でも彼女がまとう優しい雰囲気は、嫌いじゃなかった。
「あったけど、こんなんじゃ俺もできないや」
「悲しいことでもあったのかな」
「悲しい?」
「だって、こんなに泣いてるから」
戸惑った。何を言っているのだろう。やっぱり変な人だ。
俺は窓の外の雨を眺めながら、何と返せばいいのか考えた。彼女を見ると、また目が合った。そして俺は、また逸らしてしまう。
「失恋かな。ほら、大泣きじゃんか」
我ながら、変な答えだ。だが、塚田さんは平気な顔をしてそれに乗った。
「なるほど、かわいそうに。どうしたら泣き止んでくれますかね?」
「そっとしてあげるのが一番じゃない?」
「そうかな?」
「きっとそうだよ」
もう一度塚田さんを見る。彼女はじっと俺を見つめて、ふわりと嬉しそうに笑った。
本当に変な人だ。こんな俺にわざわざ話しかけるなんて。俺相手にこんなに楽しそうだなんて。
女子とちゃんと話したのは、きっとあれ以来。
「好きな人だあれ?」
幼稚園生の頃、同級生の女の子にそう聞かれた。
「好きな人?」
「うん。ドキドキするひと。ずっと一緒にいたいなって思う人。いないの?」
「いるよ」
「だれ!?」
女の子は好奇心にあふれたその目を輝かせて、前のめりに詰め寄って来た。
「たつきくん」
一番仲の良かった男友達だった。女の子はその名を聞いて、顔色を変えた。
「……たつきくんのこと好きなの?」
「そうだよ」
「……おかしい」
「え?」
さっきまでキラキラしていたその目から光は消えていた。絶望とも軽蔑ともとれるような、怖い目をしていた。
「こうだいくん、おかしいよ」
こういうのをトラウマと言うのだろう。あれから、女子の目が怖かった。女子と話すことを避けるようになっていた。
けれど、塚田さんは特別だった。
彼女はことあるごとに俺に話しかけてきた。俺が席に着くと、待っていたかのように決まって振り向いた。どんなにそっけない返事をしても、彼女はいつも楽しそうだった。
彼女の目は怖くなかった。彼女が振り向くたび、話しかけてくれるたび、俺はむしろ嬉しかった。
「幸大くんって、面白いよね」
休み時間、いつも通り振り返った塚田さんは、唐突にそう言った。
「ん?」
「もっとみんなに知ってほしいよ。幸大くんってこんなに面白くて、素敵な人なんだよって」
「恥ずかしいからやめてよ」
「でも」
「俺はこれでいいんだよ。俺を知ろうとしてくれる人、関わろうとしてくれる人がいれば……それでいい」
「そっか」
彼女は一人でニヤニヤしている。
「なにニヤついてるの」
「ニヤついてないし! ただ……」
顔を覗き込んできた。ばっちり目が合う。
「ただ、嬉しくて」
「嬉しい?」
「……わたしも、幸大くんにとって必要な存在なんだなって、思えたから」
彼女は嬉しそうに笑う。相変わらず変な人だ。こんな俺に必要とされて、それで喜ぶなんて。
だけど、俺はこの変な人のことをとても気に入っていた。
彼女とのこういう日々が、いつまでも続けばいい。本気でそう、思っていた。




