第二話 雨が降ったら
放課後になっても雨は止まない。
昇降口を出たものの、雨の下に出るのを渋っていた。雨を眺めるのは好きだけれど、雨の中歩くのは嫌いだ。
「美咲?」
振り向くと、色白の背の高い男子が立っていた。
「……涼太?」
「やっぱり美咲だ。久しぶり」
涼太は小五のときに同じ小学校に転校して来て、それからよく一緒に遊んでいた。彼は小学校卒業とともにまた引っ越したので、それ以来会っていなかった。
「涼太もここだったんだ」
「うん。美咲もここだったなんて驚きだよ。ほんと偶然」
涼太はその綺麗な顔立ちと大人びた雰囲気から女子たちによくモテていた。今では背が伸びて、その容姿の端麗さにさらに磨きがかかっているように思えた。
「なんか、さらにイケメンになっちゃって」
「美咲は変わらないね」
「そこは綺麗になったとか言うでしょ、普通」
「違う違う、いい意味で。いい意味で変わらない」
このテンポの良さ。久しぶりだ。
「美咲は電車?」
「うん、電車」
「僕も。駅まで一緒に行こう」
「うん」
傘を開こうとすると、何やら四、五人の女の子たちが勢いよく駆け寄ってきた。彼女たちは私の前を素通りし、涼太の周りに固まった。
押し出された私は危うく雨の下に晒されそうになりながらギリギリ耐える。雨のせいで何を話しているのかは聞こえない。
しばらくすると、彼女たちはワラワラと去っていった。
「今の何? ファンか何か?」
「そんなんじゃないよ。ただ連絡先聞かれただけ」
「そういうのをファンって言うんじゃないの?」
「ああ、なるほど」
彼は初めて知ったかのような反応をした。とぼけているのか、天然なのか。
「待たせたね。今度こそ行こう」
「あ、うん」
雨足は少し弱まってきて、暗かった空もほんの少し明るくなっていた。涼太はわざわざ車道側に回って、私に歩幅を合わせてくれた。
涼太と話すのは三年ぶりだけれど、そんな感じは全くしなかった。あの頃と同じように、気楽に話せる。
「さすがモテモテですね、涼太くんは」
涼太は私の顔を見て少し笑った。
「よく言うよ」
「ん?」
「いや、なんでもない」
「さぞかし恋愛経験が豊富なんでしょうね」
「いや、そんなことない。僕彼女できたことないよ」
「え」
思わず立ち止まった。
「あんなにモテるのに?」
涼太は振り向いて、困ったように笑った。ほら行くよ、と背中を押される。
「美咲は、誰かと付き合ったことある?」
「……あるよ。一人だけ」
「そうなんだ」
涼太は少し遠くの方を見て、それからこっちを見て微笑んだ。
「美咲もモテるんじゃん」
「いや、私から告白して付き合っただけだよ。半年だけだし」
「告れるのすごいよ」
「勇気あるでしょ」
「うん、さすが。尊敬します」
それにしても、本当に背が高い。私も女子の中では高い方だが、それでも十五センチほどは違うだろうか。小学生の頃は同じくらいだったのに。
「涼太何組?」
「二組。美咲は?」
「五組」
「五組ってことは、担任って話長々の森じい?」
「そうそう。あのみんなを寝かしつける天才の、森じい」
涼太との会話は楽しい。楽しくて、心地いい。どんどん会話が弾んで、色々な話をしているうちにあっという間に駅に着いてしまった。
改札を入ってすぐ、涼太は振り向いた。
「ねえ、連絡先教えてよ」
「いいけど、他の連絡取ってる子たちとのトラブルに巻き込まれるのはごめんだよ」
「安心して。まだ女の子の連絡先ひとつも登録してないから」
「え、さっきの子たちの断ったの?」
「うん。仲良い人のしか登録しないことにしてるんだ」
「……それはそれで嫉妬されそうな気がするけど」
「そのときは僕が守ってあげるよ」
そういえば、あの頃も同じようなことを言っていた。三年経っても、涼太は涼太だ。なんだかそれが嬉しくて、口元が緩む。
「それは頼もしいや」
電車が来る音が聞こえた。窓から線路を覗く。私が乗る方面の電車だ。
「もう行かなきゃ」
じゃあ、と背を向けたが、手をつかまれた。
「ん?」
「雨が降ったら……部活がなくなったら、その時はまた一緒に帰ろう」
嬉しかった。涼太も楽しかったんだ、と。
「うん、分かった!」
「またね」
「うん、またね」
私は急いで階段を駆け下りた。足取りが軽い。
止まっている電車に乗り込むと、反対側のホームにちょうど涼太が下りてきたのが見えた。向こうもこちらに気づいて笑った。
ドアが閉まる。大きな窓から彼に手を振った。彼は小さく手を振り返してくれた。
一人で歩く雨は嫌い。だけど、誰かと並んで歩く雨は、こんなにも楽しい。
――明日も雨、降らないかな。