ここにいる
夢を見た。
どんな夢だったかはあまり覚えてない。ただ誰かがこっちを向いて笑った。その笑顔に救われた。
そんな夢だった気がする。
夏休みが明けてから一週間、あの祭りからは一ヶ月が経とうとしていた。
みーちゃんは何もなかったかのように、変わらずわたしに話しかけてくれる。わたしはそれに甘えて、今日もみーちゃんに会いに行く。
五組の教室に入るが、みーちゃんは見当たらない。ベランダに出てみると、端の方でポニーテールが揺れていた。
「みーちゃん!」
振り向いた彼女は、目が合うと微笑んだ。
「紗月ちゃん」
「今日はプール、誰もいないね」
「お昼の練習は、水曜日だけなんだって」
「ふーん」
みーちゃんは、今日もいつも通りだ。
飛田くんは何も言わなかったのだろうか。みーちゃんは何も知らないのだろうか。
「紗月ちゃんさ、なんかあった?」
「え?」
「なんか、お祭りの夜から心ここにあらずって感じだから。涼太とジュース買いに行ったくらいからかな」
鎌をかけられているのだろうか。それとも、本当に何も知らないのだろうか。
ダメだ。何気ない仕草や言葉まで疑ってしまう。いつまでもこうしてビクビクしているわけにはいかない。
わたしは深呼吸をして、思い切って尋ねた。
「みーちゃん、飛田くんから何か聞いた?」
「ん? 何かって?」
みーちゃんは首をかしげる。彼女は何も知らないようだった。飛田くんは、何も言わなかったんだ。
わたしは安堵した。けれど心のモヤモヤは、むしろ大きくなったような気がした。
「どうしたの、紗月ちゃん」
みーちゃんは心配そうに顔を覗き込んでくる。
彼女はどこまでも優しい。そんな彼女に、わたしは嘘をついて、気を遣わせて、困らせて……苦しめて。
――最低だ。
「わたしね、ほんとは……」
わたしは、最低だ。だからせめて、彼女に本当のことを。
「……ほんとは飛田くんのこと、好きじゃなかったの」
「そっか」
みーちゃんはそれきり何も言わない。怖くて、顔を上げられない。
「……みーちゃん、優しいから。だから、わたしが飛田くんを好きって言ったら、飛田くんから離れてくれるって思ったの」
「うん」
口に出せば出すほど、自分は最低な人間だと思う。情けないと思う。
「どうして、涼太から離れてほしかったの?」
「二人は、すごく仲がいいから。わたしには敵わないから」
「うん」
「……みーちゃんがわたしのところからいなくなっちゃうって、そう思ったから」
「……そっか」
みーちゃんは、またそれしか言わない。わたしはまだ、顔を上げられずにいる。
「薄々気づいてたよ。紗月ちゃん、嘘ついてるなって」
「え……?」
言葉を失った。
気づいてた? いつから?
「最初は、ほんとだと思ってた。でもだんだん、違うのかなって。紗月ちゃん、全然涼太のこと知ろうとしてなかったから」
「……気づいてたのに、飛田くんと距離とってたの?」
「だってわたし、紗月ちゃんのこと大好きだもん。ずっと紗月ちゃんの隣にいたいもん」
思わず顔を上げた。みーちゃんは、いつもの優しい顔で微笑んでいた。
「大丈夫だよ。わたしはいつでも、紗月ちゃんの隣にいるよ」
堪えていた何かが込み上げてきた。溢れて、溢れて、止まらなかった。
「ごめんね、みーちゃん。ごめんね」
「いいよ、大丈夫。素直に打ち明けてくれたから、今回は許しちゃいます」
みーちゃんはわたしを抱きしめてくれた。心がじんわりと暖かくなっていく。満たされていく。
わたしは、一人じゃない。みーちゃんは、ここにいる。
「……飛田くんにも、悪いことしちゃった」
「まあ、涼太は大丈夫だよ。そういうとこ、寛容だから」
「そうかなあ」
「でも、涼太とも仲良くしてあげてよ。ほんといいやつだから」
仲良く……今からでも仲良くなれるのだろうか。
いや、あんなことをしたんだ。きっと飛田くんは許してくれない。許されなくても仕方がない。
だけど、みーちゃんに白状したことは報告しよう。それで、彼にも謝ろう。みーちゃんを傷つけてごめん、飛田くんの気持ち踏みにじってごめんって。
——それだけは、ちゃんとしなきゃ。
チャイムが鳴って、みーちゃんに手を振りながら五組の教室を出る。
「うわっ」
誰かとぶつかってしまった。
「ごめんなさい!」
顔をあげると、四組から出てきた飛田くんだった。
「あ、飛田くん……」
「……ごめん」
彼は背を向けてスタスタと歩いていく。やはり、避けられている。わたしに関わりたくないのだろう。
でも、言わなきゃ。一言だけでも、謝らなきゃ。
私は走って彼を追いかけ、その腕をつかむ。
「飛田くん」
振り向いた彼は、明らかにわたしを警戒していた。
「さっき謝ってきた、みーちゃんに」
飛田くんは目を見開いた。
「……美咲は、なんて?」
「大丈夫だよって、許してくれた。……みーちゃんは、やっぱり優しいね」
飛田くんは安心したように、ほっと一息ついた。
「それで、飛田くんにも謝らなくちゃって」
彼は何も言わない。何も言わずに、ただ目を合わせる。
「ごめんなさい。みーちゃんを傷つけて、飛田くんにも辛い思いさせて、本当にごめんなさい」
わたしは頭を下げながら言った。
「……僕はいいよ。美咲がいいなら」
顔を上げる。目が合うと、彼は背中を向けた。それから歩き出して、けれどすぐに止まって振り返った。
「また、四人で遊ぼうね」
また目が潤む。これからも四人で遊べるんだ。遊んでいいんだ。
「……うん、遊ぼう……!」
飛田くんは穏やかに笑った。その笑顔に、夢の中の誰かが重なって見えた。




