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あの雨に届かなかった僕たちは。  作者: 雀野ヒナ
【紗月 side ②】
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ここにいる

 夢を見た。

 どんな夢だったかはあまり覚えてない。ただ誰かがこっちを向いて笑った。その笑顔に救われた。

 そんな夢だった気がする。



 夏休みが明けてから一週間、あの祭りからは一ヶ月が経とうとしていた。

 みーちゃんは何もなかったかのように、変わらずわたしに話しかけてくれる。わたしはそれに甘えて、今日もみーちゃんに会いに行く。


 五組の教室に入るが、みーちゃんは見当たらない。ベランダに出てみると、端の方でポニーテールが揺れていた。


「みーちゃん!」


 振り向いた彼女は、目が合うと微笑んだ。


「紗月ちゃん」

「今日はプール、誰もいないね」

「お昼の練習は、水曜日だけなんだって」

「ふーん」


 みーちゃんは、今日もいつも通りだ。

 飛田くんは何も言わなかったのだろうか。みーちゃんは何も知らないのだろうか。


「紗月ちゃんさ、なんかあった?」

「え?」

「なんか、お祭りの夜から心ここにあらずって感じだから。涼太とジュース買いに行ったくらいからかな」


 鎌をかけられているのだろうか。それとも、本当に何も知らないのだろうか。

 ダメだ。何気ない仕草や言葉まで疑ってしまう。いつまでもこうしてビクビクしているわけにはいかない。

 わたしは深呼吸をして、思い切って尋ねた。


「みーちゃん、飛田くんから何か聞いた?」

「ん? 何かって?」


 みーちゃんは首をかしげる。彼女は何も知らないようだった。飛田くんは、何も言わなかったんだ。

 わたしは安堵した。けれど心のモヤモヤは、むしろ大きくなったような気がした。


「どうしたの、紗月ちゃん」


 みーちゃんは心配そうに顔を覗き込んでくる。

 彼女はどこまでも優しい。そんな彼女に、わたしは嘘をついて、気を遣わせて、困らせて……苦しめて。


――最低だ。


「わたしね、ほんとは……」


 わたしは、最低だ。だからせめて、彼女に本当のことを。


「……ほんとは飛田くんのこと、好きじゃなかったの」

「そっか」


 みーちゃんはそれきり何も言わない。怖くて、顔を上げられない。


「……みーちゃん、優しいから。だから、わたしが飛田くんを好きって言ったら、飛田くんから離れてくれるって思ったの」

「うん」


 口に出せば出すほど、自分は最低な人間だと思う。情けないと思う。


「どうして、涼太から離れてほしかったの?」

「二人は、すごく仲がいいから。わたしには敵わないから」

「うん」

「……みーちゃんがわたしのところからいなくなっちゃうって、そう思ったから」

「……そっか」


 みーちゃんは、またそれしか言わない。わたしはまだ、顔を上げられずにいる。


「薄々気づいてたよ。紗月ちゃん、嘘ついてるなって」

「え……?」


 言葉を失った。

 気づいてた? いつから?


「最初は、ほんとだと思ってた。でもだんだん、違うのかなって。紗月ちゃん、全然涼太のこと知ろうとしてなかったから」

「……気づいてたのに、飛田くんと距離とってたの?」

「だってわたし、紗月ちゃんのこと大好きだもん。ずっと紗月ちゃんの隣にいたいもん」


 思わず顔を上げた。みーちゃんは、いつもの優しい顔で微笑んでいた。


「大丈夫だよ。わたしはいつでも、紗月ちゃんの隣にいるよ」


 堪えていた何かが込み上げてきた。溢れて、溢れて、止まらなかった。


「ごめんね、みーちゃん。ごめんね」

「いいよ、大丈夫。素直に打ち明けてくれたから、今回は許しちゃいます」


 みーちゃんはわたしを抱きしめてくれた。心がじんわりと暖かくなっていく。満たされていく。

 わたしは、一人じゃない。みーちゃんは、ここにいる。


「……飛田くんにも、悪いことしちゃった」

「まあ、涼太は大丈夫だよ。そういうとこ、寛容だから」

「そうかなあ」

「でも、涼太とも仲良くしてあげてよ。ほんといいやつだから」


 仲良く……今からでも仲良くなれるのだろうか。

 いや、あんなことをしたんだ。きっと飛田くんは許してくれない。許されなくても仕方がない。

 だけど、みーちゃんに白状したことは報告しよう。それで、彼にも謝ろう。みーちゃんを傷つけてごめん、飛田くんの気持ち踏みにじってごめんって。


——それだけは、ちゃんとしなきゃ。


 チャイムが鳴って、みーちゃんに手を振りながら五組の教室を出る。


「うわっ」


 誰かとぶつかってしまった。


「ごめんなさい!」


 顔をあげると、四組から出てきた飛田くんだった。


「あ、飛田くん……」

「……ごめん」


 彼は背を向けてスタスタと歩いていく。やはり、避けられている。わたしに関わりたくないのだろう。

 でも、言わなきゃ。一言だけでも、謝らなきゃ。

 私は走って彼を追いかけ、その腕をつかむ。


「飛田くん」


 振り向いた彼は、明らかにわたしを警戒していた。


「さっき謝ってきた、みーちゃんに」


 飛田くんは目を見開いた。


「……美咲は、なんて?」

「大丈夫だよって、許してくれた。……みーちゃんは、やっぱり優しいね」


 飛田くんは安心したように、ほっと一息ついた。


「それで、飛田くんにも謝らなくちゃって」


 彼は何も言わない。何も言わずに、ただ目を合わせる。


「ごめんなさい。みーちゃんを傷つけて、飛田くんにも辛い思いさせて、本当にごめんなさい」


 わたしは頭を下げながら言った。


「……僕はいいよ。美咲がいいなら」


 顔を上げる。目が合うと、彼は背中を向けた。それから歩き出して、けれどすぐに止まって振り返った。


「また、四人で遊ぼうね」


 また目が潤む。これからも四人で遊べるんだ。遊んでいいんだ。


「……うん、遊ぼう……!」


 飛田くんは穏やかに笑った。その笑顔に、夢の中の誰かが重なって見えた。

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