雨と初恋
窓際、後方の席。わたしは先生の話もまともに聞かずに、外を眺めていた。
ここ一週間、ずっと雨。今日も部活は中止だろう。教室の窓を叩く細かな雨音が途切れない。それを聞いているだけで、懐かしい感じがする。
「空が泣いてるね」
中二の梅雨の時期だっただろうか。降り注ぐ雨を眺めながら、後ろの席だった幸大くんに、そう言った覚えがある。
「え?」
急に話しかけられて、彼は驚いたようだった。あまり女子とは話さなくて、わたしともあまり目を合わせてくれない人。それが、当時の幸大くんだった。
「空が泣いちゃったから、今日は部活ができないの」
変な言い回しをしすぎたかな、と思った。「空が泣いている」なんて、自分に酔っている痛い人と思われるかもしれない。でも、どこか不思議な空気をまとう彼の気を引くには、普通の言葉じゃダメだと思った。
わたしの言葉を聞いて、彼は少し焼けた頬を触りながら、窓の外を見た。
「ああ……そっか」
返事をもらえたのが嬉しくて、わたしは前のめりになりかけ、ギリギリで耐える。こういう口数の少ない人には、段階を踏んで近づくべきだ。
「……寺坂くんは、部活ないの?」
わたしは、がっついている感じを出さないように気をつけながら、質問を投げかける。
彼は一瞬、わたしの目を見て、すぐ逸らした。
「あるよ。けど、こんなんじゃ俺もできないかな」
——なんだ、女子ともちゃんと話せるじゃない。
もっと早く話しかけてみればよかった、わたしは思った。
「悲しいことでもあったのかな」
特に考えることなく、そんなことを走ってしまう。
「悲しい?」
彼は、不思議そうに首を傾げる。
もう後戻りはできない。こうなったら、とことん痛い人でいこう。
「だって、こんなに泣いてるから」
わたしがそう言うと、彼は少し考えるように外を見た。それから、こっちを見て、また逸らした。
「失恋かな。ほら、大泣きしてるし」
彼は平気な顔をして言った。優しさだろうか。それとも、本当に変な人なのか。
いずれにしても、こういうときの沈黙はよくない。わたしは平気な顔をして、それに乗った。
「なるほど、かわいそうに。どうしたら泣き止んでくれますかね?」
「そっとしてあげるのが一番じゃない?」
「そうかな」
「きっとそうだよ」
そんな何にもならない会話をして、彼は笑った。こんな可愛い顔をして笑うんだと、わたしはそのとき初めて知った。
カツカツと、チョークの音がかすかに聞こえる。
過半数の人が、食後の睡魔と闘っていた。高一の春とは、もう少し緊張感のあるものだと思っていた。それなりの進学校なはずなのに。
急に廊下がざわつき始めた。時計に目をやる。チャイムが鳴る二分前。隣の四組は少し早めに授業が終わったようだ。
教室内のほとんどが、わたしと同じように顔を上げた。隣の席の男子は、まだ机に突っ伏して眠っている。彼だけが、この教室の中で時間を止めたようだった。
そのとき、廊下からのざわめきの中、聞き慣れた低くて心地いい声が聞こえた。反射的に目をやる。その主はすぐに見つかった。
すっとした立ち姿。柔らかそうな茶髪。鍛え上げられた肩回り。あの日よりは、まだ少し白い肌。やっぱりかっこいいなと思う。
ここから見えるのは、いつも横顔だ。わたしはいつも、その笑顔を横から見ている。
その横顔は以前から好きで、むしろ横顔が何よりもかっこいいと思っていた。でも今は、正面から見たいと思ってしまう。
その男らしい体つきには似合わない愛らしい笑顔を、真正面から見たい。
こっちを向いた。とっさに目を逸らす。気づかれただろうか。
――もう、話すことすらないんだろうな。
あの頃に戻りたい。幸大くんと笑い合えた、あの頃に。けれど。
――もう、戻れない。
そんな当たり前なことを、今日も自分に言い聞かせる。
まだ好きだとか、そういうわけではない、と思う。それでも、切なさとか虚しさとか、そういう気持ちは消えない。
だからわたしはこうやって、雨を見つめている。あの日と変わらないものが一つでもあると、確かめようとする。
チャイムが鳴った。みんな急に姿勢を正し、教科書やノートを片付け始める。先生はそんな様子に、顔をしかめつつ言った。
「終わります。委員長、号令」
わたしはいつも通り、熟睡している隣の男子を叩き起こしながら、声を張る。
「起立! 礼!」
飛び起きたばかりの隣の男子。彼以外の誰もが、清々しい顔で礼をした。




