第十八話 怖いから
祭りも終盤。そろそろ花火が上がる頃だ。
飲み物を買いに行く二人が見えなくなると、さっきまで楽しそうに笑っていた塚田さんが、ふと黙り込んでしまった。
「塚田さん?」
彼女は黙ったまま、少し身体を寄せてきた。ドキッとした。もう少しで手と手が触れそうだ。
「どうしたの?」
「……幸大くん」
「ん?」
「私、やっぱり幸大くんのことが好き」
彼女は顔を上げずに言った。また申し訳なさが込み上げて来る。
「……ごめん、俺は」
「分かってるよ。男の子が好きなんだもんね。分かってるよ」
そう言う彼女は、どこか怒っているようだった。
「ごめん」
「謝らないでよ。謝ってほしいんじゃないの」
「うん」
「でも、分かんないんだよ。納得できないんだよ」
「……ごめん」
俺は、ただ謝る事しかできない。それ以外、何を言ったらいいのか思いつかない。
「……じゃあさ、私が男の子だったら好きになってくれたの? 私は女の子だから、男の子じゃないから、好きになれないの?
それだけの理由で、私の想いは全部、届かないの?」
――ああ、同じだ。
この子は、俺と同じことを思ってるんだ。俺と同じ想いをかかえて、苦しんでるんだ。
申し訳なくて、可哀想で、切なくて、見ていられない。
彼女はこんな苦しみを知らなくていいはずの人間だったのに。好きになった相手が俺じゃなければ、俺でさえなければよかったのに。
「幸大くんは、私のことをどう思ってるの?」
そう聞かれて真っ先に浮かんだ言葉があって、でもそれを言ってはいけないと思った。
彼女にとってこの言葉がどれほど残酷か、俺には分かる。分かっているけれど――
「……すごく、綺麗な人だと思う。優しくて、強くて……」
俺は最低だ。この言葉が彼女を縛ってしまうこと、彼女にとって一種の呪いとなってしまうかもしれないこと、分かっていて口にしているのだから。
「……そっか。ありがとう」
彼女は顔を赤くして黙ってしまった。俺も何も言わず、空を見上げた。
俺たちはしばらく、空に咲く花火たちを眺め、その音を聴いていた。
「それでも……幸大くんには、届かないんだね」
彼女らしくない小さな声がして、俺は隣を見た。
暗闇にうっすらと浮かぶその輪郭は、綺麗としか言いようがなかった。
ドーン――
大きな衝撃音とともに、彼女の横顔が照らされる。
彼女は泣いていた。必死に涙をぬぐい笑顔を取り繕う彼女は、か弱くて綺麗な"女の子"だった。
好きな人に好かれることなんて、とっくの前に諦めている。涼太が誰を好きだろうと誰に好かれようと、そんなこと、俺には関係なかった。
ただ一つ、彼の恋が叶ってしまうこと。塚田さんと両想いになること。それだけは、どうしても耐えられなかった。
その恋が実ってしまったら、この気持ちは許されない。
だから俺は、彼女を縛る。苦しみを知っていながら、分かっていながら、縛ってしまう。
自分が吹っ切られるのが怖いから。――彼女が涼太を好きになる未来が、怖いから。