表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/45

第十七話 しょうもない世界

 中三の十月、交際五か月記念日の朝、塚田さんからメッセージが来た。


『これからもよろしくね』


 彼女はよく笑う、明るくて素敵な恋人だった。彼女と過ごす時間は楽しかった。ただただ、楽しかった。


 その日、家庭科の授業で性的マイノリティに関するビデオを見た。

 画面には、手を繋ぐ男性同士のカップルが映っていた。教室に笑いが漏れる。俺はなぜか目を逸らしたくなった。

 どうしてこんな授業があるのだろうと思った。

 

 授業のあと他クラスの友達数人と話していると、あのビデオの話になった。その話題に入るのは気が引けて、俺は黙ってその会話を聞いていた。


「正直さ、男が男を好きとか、やっぱちょっと引くよな」

「だよなあ。桜木、おまえどう思う?」


 思わず顔を伏せた。桜木がなんて言うか、聞くのが怖かった。


「僕は、全然いいと思うよ。そういう人もいると思う」


 その言葉を聞いて、心の底からほっとした。


 その瞬間、俺は初めて自分の気持ちに気がついた。俺が好きなのは、塚田さんじゃない。男である、桜木だった。



 それから一か月ほどして、塚田さんから別れを切り出された。申し訳ないことをした。罪悪感でいっぱいだった。


 それでもやっぱり桜木のことが好きで、その好きは自覚した途端に次々と溢れ出していった。

 嬉しくて、苦しくて、楽しくて、切ない。これが恋なのかと思った。人を好きになるって、こういうことだったのか、と。


「寺坂くん、塚田さんと付き合ってたって本当?」


 卒業間近、桜木は突然そう尋ねてきた。胸がキュッと締め付けられた。


「……うん。本当だよ」

「そうなんだ」


 そう言う彼はどこか切なげで、そんな表情も好きだと思ってしまう。


「かっこいいもんね、寺坂くん。筋肉質で、男らしくて」


 鼓動が速くなる。こんな一言で、簡単に舞い上がってしまう。


「俺は、桜木の知的な感じもいいと思うよ」

「でもやっぱり僕は、寺坂くんみたいになりたいよ」

「……そう?」


 その時の俺は真っ赤だったに違いなかった。恥ずかしくて、嬉しくて、たまらなかった。

 桜木は、ふっと笑って言った。


「僕が女の子だったら、きっと寺坂くんを好きになってた」


 ――ああ、そういうことか。


 胸が張り裂けそうだった。彼は、とても残酷だった。

 彼の目に、俺が魅力的に映っているのは間違いなかった。そのうえで、俺は彼の恋愛対象には入っていないのだ。


 どうして俺を好きになるために、彼は女でなくちゃいけないのだろう。男は女を好きになって、女は男を好きになる。それが普通? それが当たり前?

 ――そんな観念、くそくらえだ。


「俺は男だけど、桜木のことが好きだよ」

「……え? あ、友達として?」

「違う。恋愛として、好き」


 桜木は顔を曇らせた。それから言葉を探すように目を泳がせて、それからまともに俺の顔も見ずに言った。


「……勘違いさせちゃったなら、ごめん。僕は、そういう系統の人じゃないんだよ」

「……そういう系統ってなんだよ」

「僕は女の子が好きだし、そういうの困るっていうか……正直、気持ち悪い……っていうか。ほら、男同士でキスとかスキンシップとか、ほんと……無理だから」


 視界が暗くなった。世界が暗くなった。苦しかった。辛かった。泣きたくなった。

 でもこの気持ちはちゃんと伝えたいと、届けたいと思った。


「でも好きなんだ……桜木のことが」

「……悪いけど、ほか当たって」


 彼はそう言い残して、逃げるように去っていった。


 ――ほかってなんだよ。


 誰でもいいわけじゃない。付き合えるとも思ってない。ただこの気持ちを伝えたくて、受け止めてほしくて……それだけだったのに。


 俺が女だったらよかったのか。そうしたら、せめて”告白されてもいい相手”になれたのだろうか。この気持ちを、認めてもらえたのだろうか。


 しょうもない。たかが性別が違うだけで、こんなにも苦しくて切ない思いをしなければいけないだなんて。


 ――本当に、しょうもない世界だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ