第十五話 お日様の笑顔
あれから一週間、私は抜け殻のように過ごした。ご飯とお風呂以外、部屋から出なかった。
みーちゃんに、私の嘘が伝わったのかは知らない。飛田くんが、何をみーちゃんに言ったのか、何も言わなかったのかも知らない。
ただ、私は考えることを放棄して、漠然と、公園で遊び回っていた小さいころの思い出に浸っていた。
――コンコンコン。
私はベッドに寝転がったまま返事をしなかったが、ドアを開けて誰か入ってきた。
「紗月、なんかあった?」
お姉ちゃんだ。私は枕に顔を埋めたまま、返事だけをした。
「……怒られた」
「誰に?」
「飛田くん」
お姉ちゃんは何も言わない。何も言えないのかもしれない。きっと、知らない名前が出てきて返事に困っているのだ。
「私ね、その飛田くんって子に好きって言ったの。好きでもないのに、好きって言ったの」
「それで怒られたの?」
私は顔を上げずに頷く。
「それは、紗月が悪いでしょ」
私はやっと頭を上げ、ベッドに座った。お姉ちゃんも横に腰かけた。
「そうなんだけどね。そうなんだけど……でも飛田くんは、嘘をつかれたから怒ったんじゃないの。
彼は、私がみーちゃんに嘘をついたことを、怒ってたんだと思う」
「みーちゃんって、あんたがよく話してる子だよね?」
「そう。みーちゃんと飛田くん、すごく仲がいいの」
「いまいち話が見えてこないんだけど」
「みーちゃんはね、優しいの。だから、私の好きな人とは、不必要に仲良くしないの」
お姉ちゃんは少しだけ黙って、考える仕草をした。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「……飛田くんのことが好きって嘘ついて、みーちゃんが飛田くんと仲良くできないようにしようと思ったの?」
「うん」
「なんでそんなこと」
「だって、みーちゃんのこと大好きだから。大事だから」
お姉ちゃんは理解できないという顔をして、また考える仕草をした。
「紗月はその……みーちゃんのことが好きなの?」
「大好きだよ。さっきそう言ったじゃん」
「そうじゃなくて。その……恋愛的な好きなの?」
「ううん。違うよ」
「もしそうなら言ってくれていいんだよ。お姉ちゃん、そういうのあり派だから」
「違うの。みーちゃんのこと大好きだけど、ドキドキするわけじゃないし、キスしたいとか、そういうのじゃないの」
「……そう」
お姉ちゃんは相変わらず理解に苦しんでいるようだった。
私は構わず続ける。
「それに、寺坂くんには嫉妬したりしないし」
「寺坂くん?」
「みーちゃんね、寺坂くんって人に片想いしてるの」
「寺坂くんへの恋愛感情は許せるけど、飛田くんとの友達関係は許せないんだ?」
「うん。……だってね、みーちゃんが一番大切に思ってるのは、私でも寺坂くんでもなくて、飛田くんだから。
私はね、みーちゃんの一番になりたかったの」
お姉ちゃんはやっと納得したような顔をして、それから険しい顔をした。
「紗月。だとしたらあんた、最低だよ」
「……どうして?」
「紗月は、みーちゃんから大切な飛田くんを奪おうとしてたってことでしょ」
「でも、みーちゃんには私がいる。誰かが必要なら、それが私でもいいじゃん」
「それは、違う」
お姉ちゃんはきつい口調で否定した。
――ああ、どうして。どうして、お姉ちゃんも飛田くんも、そうやって怖い顔をするのだろう。私は、そんなに悪いことをしたのだろうか。
「人には、その人にしか埋められないものがあるの。みーちゃんには、飛田くんじゃなきゃダメな理由があるんだよ。
あんたが、そんなにもみーちゃんに執着してるみたいに」
――分かってるよ。分かってる。だから、許せないんじゃないか。
「説教しに来たなら帰ってよ」
「紗月」
「帰って」
お姉ちゃんはため息をついて部屋から出て行った。
考えたくない。考えてしまったら、何かに気づいてしまう気がする。気づきたくない、認めたくない、何かに。
一人になった私は、またベッドに寝転がって思い出に浸る。
よく一緒に遊んでいた、あのお兄ちゃんは元気だろうか。いつも私のことを褒めて慰めてくれた、ようくん。
笑顔がお日様みたいに眩しくて、私はそんな彼のことが大好きだった。
小さい頃の私は気が弱くて、おもちゃもブランコも砂場も、貸してと言われたら断れなかった。
お気に入りのおもちゃを貸して壊されても、私は何も言えなかった。
「さっちゃんは優しいね」
いつもようくんはそう言って、泣きじゃくる私の頭をなでてくれた。
ああ、そうか。なんでみーちゃんの笑顔にあんなに安心したのか、やっと分かった。
似てたからだ。みーちゃんの笑顔は、ようくんのお日様の笑顔と、よく似ていたんだ。
「さっちゃん。大事なものは大事だって、言っていいんだよ。ちゃんと守っていいんだよ」
ようくんの言葉が繰り返される。
私は、間違えてしまったのだろうか。守り方を間違えて、大事なものを傷つけてきたんだろうか。
分からない。私には分からない。
――ようくん、教えてよ。