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第十四話 好きだから

 祭りらしい笛の音が、この公園までかすかに聞こえる。


「僕を傷つけて、そんなに楽しい?」


 暗い中でも、飛田くんが怪訝な顔をしているのが分かった。


「違うよ」


 私は顔を覗き込むと、彼は立ち止まった。その動揺する目を見て、私は少し微笑んでみせた。


 ――そう、これでいい。


「私が、飛田くんのことを好きだからだよ」


 遠くで、大きな花火の音がした。飛田くんは何も言わず、そこに立ち尽くしている。


「ねえ、何か言ってよ。女の子が勇気出して告白してるんだから」


 止まったままの飛田くんは、暗闇に溶け込んでいた。けれどその目だけが、不気味なほど光って見えた。


「……どうして、そんなこと言うの?」

「だから、好きだって――」

「どうして、嘘をつくの?」


 彼は真っ直ぐに私を見ていた。何もかもを見透かすような、冷たい目で。


「質問の意味が……よく分からないな」

「五十嵐さんは、僕のこと好きじゃないでしょ」


 また、花火の音。次々と上がる花火が、私に言い訳をさせる隙を奪っていく。


 飛田くんが、こちらへ歩いてくる。胸の鼓動が早まる。

 なぜか、追い詰められているような気がした。逃げ出したいのに、足が動かなかった。


 飛田くんは私の横を通り過ぎるとき、歩みをわずかに緩めた。


「これ以上、美咲を苦しめるな」


 耳元で囁かれたその言葉は、花火の爆音よりもずっと重く、心臓の奥まで響いた。血の気が引いた。


 彼はすべてを分かっていた。私が、みーちゃんと飛田くんについた――嘘。




 みーちゃんはあの日から、いつも側にいてくれた。けれど決して、私を"側に置く"ことはしなかった。

 私には彼女が必要なのに、彼女には私は必要なかった。あの息苦しい教室で、彼女だけは誰にも頼らずに生きていけたから。


 悔しかった。でもそれが彼女なのだと、彼女はそうやって強く生きていく人間なのだと、自分に言い聞かせて無理やり納得していた。


 だから高校に入って、みーちゃんが見せたあの横顔に、私は打ちのめされた。


 飛田くんは間違いなく、彼女にとって"特別"だった。三年間私が手に入れられなかった特別を、彼はなんなく手にしていた。

 いや、違う。みーちゃんの「特別」は、最初からずっと彼のものだったのだ。私には入り込めない絆が、二人の間にはあった。


 許せなかった。認めたくなかった。彼がみーちゃんの"特別"であること。私が彼女の"特別"になり得ないこと。

だから嘘をついた。


 私は飛田くんのことなど好きではない。飛田くんを彼女から引き離すため、私の大事なみーちゃんを守るため、それだけだった。




「私が、みーちゃんを苦しめてる? ……そんなわけない。ありえない」


 ――だって私は、こんなにもみーちゃんのことを想ってるのに。


「……みーちゃんには、言わないで!」


 遠ざかっていく背中に向かって、私は言った。

 彼は立ち止まり、振り返る。


「お願い。嫌われたくないの」

「なら、どうして嫌われるようなことするんだよ」


 言葉に詰まった。

 “好きだから”。そう言えばいいだけなのに。なぜか、口が動かなかった。


 飛田くんは軽蔑するような目で私を見た。そして、背を向けた。

 大きな黄色い花火が空に広がり、彼の黒いシルエットをくっきりと浮かび上がらせる。


「お願い、飛田くん……!」


 私は泣きながら叫んだ。けれど、彼はもう振り返らなかった。

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