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第十二話 夏祭り

 夕方になると昼間の暑さは和らいで、過ごしやすくなってきた。僕と幸大は高校の隣にある公園のベンチに座っている。

 幸大の肌はすっかり黒くなっていた。水球部は、夏休みも毎日練習していると聞いた。


「おーい」


 浴衣姿の女子二人が、こちらへ向かってきた。手を振っている背の高い子は、おそらく美咲だ。僕らも二人の方へ歩き出す。

 美咲は青い浴衣に赤い帯を締めていた。隣の五十嵐さんは、明るい黄色の浴衣をふわりと身にまとっている。


「どうですか? 浴衣姿」


 美咲はくるっと一回転した。赤い帯の結び目が金魚の尻尾のようで、可憐だった。


「似合ってるよ、二人とも」


 幸大の言葉に、美咲は嬉しそうに笑った。


「行こう!」


 女子二人が歩き出し、幸大もそれについて行く。


 この四人で祭りに行こうと言ったのは、僕だった。


 美咲と幸大のことは、気にしないようにしようと思った。美咲と友達として接するためには、この四人でいるのが一番だと思った。二人きりになってはいけないと思った。二人にならないことで、友達でい続けようと思った。

 けれど美咲のその美しさに、僕はやはり心を奪われてしまう。僕はまた、彼女を好きになっていく。


 いろいろな屋台が立ち並んでいる。僕らはたこ焼きを食べて、射的をして、かき氷を食べた。

 楽しかった。けれど美咲はずっと、潤んだ瞳で幸大を見ていて、それを見るたびに胸が締め付けられる感覚があった。


 四人でぶらぶらと歩いている中、僕はある屋台の前で足を止めた。


「ねえ、金魚すくいしよう」

「……金魚すくい?」


 振り向いた幸大は、あまり興味がなさそうだった。


「いいね、金魚すくい。私、金魚好きだよ」


 美咲は嬉しそうに笑った。


「じゃ、やろ!」


 五十嵐さんが屋台に向かって歩き出すと、それに続いて他の二人も歩き出した。

 お金を渡すと、屋台のおじさんは一人一人にポイを渡してくれた。


 たくさんの金魚を前に、美咲はそわそわしていた。


「綺麗だね」


 そう言って、彼女は小学生のように無邪気に笑った。あの頃に戻ったような気がして、懐かしくて嬉しくて、少し切ない気持ちになった。


 僕はしばらく金魚たちを見つめて、それから一匹の金魚に目をつけた。

 金魚はゆらゆらと気ままに泳いでいる。静かにポイを入れて、隅へと誘導する。


 ――今だ。


 金魚がポイの上にきたその瞬間、優しく掬い上げる。ポイの上の金魚は、光に当たってつやつやと光っていた。


 ――やった!


 真っ先に美咲を見る。けれど彼女は、こちらのことなど見ていなかった。


「ふふ、なにやってるの。はい、私のあげるから、もう一回」


 彼女は、幸大の破れたポイを見て笑っていた。その横顔は、まさに恋する乙女のそれだった。


「早く入れてあげて」


 五十嵐さんの声にふと手元を見ると、金魚は苦しそうに紙の上で跳ねていた。

 僕はその金魚を、水槽の中に戻す。


「え、せっかく捕まえたのに」

「持って帰ったって、困るから」

「金魚すくいしようって、飛田くんが言い出したのに」

「僕は金魚すくいがしたかっただけ。金魚が欲しかったわけじゃない」


 ――違う。僕は、金魚すくいがしたかったわけでもない。

 僕が金魚を捕れば美咲が喜んでくれる。ただ、そう思っただけだった。


 金魚すくいを終えた僕らは、人込みを避けて集合場所だった公園へ向かった。


「花火、見えるといいね」


 美咲は軽い足取りで一番前を歩く。


「きっと見えるよ」


 幸大が答えた。振り向いた美咲はまた潤んだ瞳をして頷いた。


 公園に着いて、ひとまずベンチに座る。四人で座るには狭くて、美咲とのあまりの近さにドキドキした。


 しばらくして、五十嵐さんが立ち上がった。


「まだ時間あるし、飲み物買って来るね。飛田くん、一緒に行かない?」


 急な指名に、すぐに返事ができなかった。


「行っておいで」


 美咲は微笑みながら手を振る。


「飛田くん、行こう」


 五十嵐さんに促され、僕は仕方なくベンチを立った。

 歩きながら振り返ると、美咲と幸大は楽しそうに話していた。


 ――お似合いだな。


 美咲は、やっぱり幸大が好きなのだろうか。幸大は、本当は美咲のことをどう思っているのだろうか。

 考えれば考えるほど苦しくて、思考を放棄したくなる。それでも、あの二人のことを考えてしまう。


「ねえ、飛田くん」


 正直、五十嵐さんと二人きりは、まだ慣れない。けれど、五十嵐さんはそうでもないようで、いつも僕に話しかけてくる。


「飛田くんはさ、あの二人が付き合ってたのは知ってるの?」

「知ってるよ」

「知ってて誘ったんだ?」

「だって、それは過去のことだから。今の僕らには関係ないでしょう?」


 五十嵐さんは何も返さなかった。


 沈黙のまま自販機に着いた。彼女はジュースを二本買って、すぐに来た道を引き返した。

 僕も急いで二本買い、走ってその横に並ぶ。


「知ってる?」


 急な問いかけだった。


「えっと、何を?」

「みーちゃん、寺坂くんに告白したんだって」

「……え?」

「振られちゃったみたいだけどね。でも、最初から分かってたみたい」

「振られるって?」

「寺坂くんが、みーちゃんを好きじゃないって。だからほら、全然ショックそうじゃないでしょう?」


 確かに、幸大に笑いかける彼女に、気まずさは見られなかった。むしろ、この前の勉強会の時よりも親しげだ。


「美咲は……ずっと幸大のことが好きなの?」

「本人は自覚してなかったみたいだけど、別れてからも明らかに好きだったよ。ずっとずっと、寺坂くんだけを追いかけてるの」


 ――ずっと、か。


 美咲が幸大を好きなのは、今日の態度を見ていれば明らかだった。言われなくても分かっていた。

 それでも、胸が苦しくてたまらなかった。


「どうしてそんなこと、僕に言うの?」

「どうしてって?」

「わざわざそんなこと、言う必要ないじゃないか」

「だって飛田くんは、みーちゃんのことが好きだから」

「……僕はそんなの、知りたくなかった」

「叶わない恋なら初めから分かってたほうがいいじゃない。諦めがつく」

「美咲が僕を好きじゃないことなんて、ずっと前から知ってたよ。他の誰かを好きなのも分かってた。

それでもよかった。僕は友達として側にい続けるって、そう決めたから。

だから今さら、美咲が誰を好きだろうとどうでもよかった。どうでもよかったんだよ」


 なぜこんなにもむきになっているのだろう。覚悟していたことなのに。


「……それなのに、その相手が幸大だなんて、あまりにも辛すぎるじゃないか。あの二人が楽しそうにしているのを、どんな顔をして見てればいい?」


 五十嵐さんがどんな顔をしているのか、見ることができなかった。


「さっさと諦めるべきだよ。みーちゃんを好きでいて、いいことなんてない」

「……諦めるとか、そういうことじゃないんだよ。辛くても苦しくても、それでも僕は、美咲が好きだから」

「でも、飛田くんの好きは、みーちゃんを苦しめるんだよ?」


 ――分かってる。分かってる。


「みーちゃんは、飛田くんと友達でいたいの」


 全部分かってる。今さらそんなこと、言われなくたって。


「何がしたいの?」

「何って?」

「僕を傷つけて、そんなに楽しい?」

「違うよ」


 五十嵐さんが顔を覗き込んできた。思わず立ち止まる。彼女は僕の目を見て、少し微笑んでから目を逸らした。


「私が、飛田くんのことを好きだからだよ」


 ――は?


 ドーン――


 遠くで、大きな花火の音がした。

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