終着駅はよく知らない
いつもの帰り道、彼女が唐突に言った。
「そういえば終着駅ってどんな場所なんだろうね?」
言われてみてよく知らないなと思いスマホを取り出した。
「あっ! そんなズルはしないで見に行こうよ!」
「え?」
手に取っていたスマホはカバンの中に戻され、手を引かれていつもとは反対側の駅のホームへと引っ張られる。
「嫌ならやめるけれど、どうする?」
終着駅への興味というのはそれほどない、けれど、活動範囲外に出るという、ちょっとした非日常には興味がそそられていた。
「いいよ」
「やったー!」
喜んでいる彼女を見ていると、自然と口元が綻んでしまう。
「それじゃあ出発だ!」
手を引かれる力が強くなり、それでいて歩みは軽く跳ねる。
しばらく待って到着した電車に乗り込むと、景色はいつもと反対側に流れていく。
ちょっとした旅行気分になりつつも、流れていく風景を見つめる。
住宅地の景色が減って行くごとに乗っている人も少なくなり、目的地である終点が迫る頃にはほかの乗客の姿は見えなかった。
「貸し切りみたいだね」
いつもの場所が二人きりになっただけで、なんだか別の空間のように思えた。
長い間揺れていた振動も止み、到着を告げた。
「やっと着いたね」
「思っていたよりも時間がかかったね」
明るかったは茜色が支配していて、夜が見え始めていた。
「さあ、ここからが本番だよ」
またもや手を引かれながら駅を出る。
人気のない大きくはない駅、外に出るといつもとは違う空気が肺を満たす。
行き先など最初から決めていなかったので、道が続く方向へと歩いていく。
いつもと違う風景を眺めながら歩き続け、道が開けて来た所で気が付いた。
「あれ、この匂いって……」
「多分そうだよね!」
そう言って彼女が小走り気味になったので、つられて歩く速度が上がる。
強くなっていくこの匂い、そして姿が映る。
「海だー!」
潮のにおいに誘われて、たどり着いた先は海岸沿いの道から見える海だった。
砂浜系の海ではなく、岩礁系だったので遊びに来たことがなく知らなかった。
「こんな簡単に来られたんだね」
「そうだね」
ひたすらに電車に揺られていただけとはいえ、待ち時間は結構あったんだけどね、などという無粋な言葉は飲み込んでおく。
なんてことはない海岸沿いの道、そこをゆっくりと歩いていく。
鼻をつく潮のにおい、耳に届くさざ波、繋いでいる手からは彼女のぬくもりが伝わり、奥に見えている海からは夜の姿が濃くなって行く。
このまま歩き続けたなら今度はどこへと繋がるのだろう?
そんな小さな疑問は今しがた頬を撫でた冷たい風と彼女の一言で吹き飛ばされる。
「うぅ、思ったよりも寒いしもう帰らない?」
いつもながら人のことを振り回すなぁ、と小さくため息で応じた。
「そうだね」
寒いことには同意だったので来た道を戻って行く。
空を覆っていた茜色はいつの間にかに消えており、薄暗くなっている道を進み駅が見えてきた。
「ちょっとした旅行みたいで楽しかったね」
そんな彼女の笑顔は薄暗い中でも輝いて見えた。
「今度はちゃんと計画を立てて出かけよう」
「えぇ~突発的だから楽しいじゃん!」
そんなことは知らないとてもばかりに、今度は彼女の手を引いて駅へと進む。
「ちゃんと計画を立てて出かけた方がもっと遊べるよ」
もっと一緒に居たいと伝えるのが小っ恥ずかしくて、彼女に顔を見られないように先を進む。
すると引いていた手から重さが消えて、逆に引っ張られた。
「素直に一緒にお出かけしたいって言ったらいいよ」
いたずらっぽい表情でこっちを覗き込んできたので、思わず目をそらしてしまった。
「考えておく」
「もう~素直じゃないんだから」
にしし、といたずらに成功して楽しそうな声が聞こえた。
手を引いていたはずなのに、いつの間にかにまた引かれていて、そのまま駅に入った。
人気のないホーム、やってきた電車に乗り込んでイスに座った。
肩にもたれかかってきた彼女の方を思わず向いていた。
「楽しかったね」
「うん」
簡単な会話、けれど心は満たされていた。
程よい重さが心地よくて、同じように体重を預ける。
電車に揺られながら帰宅する。
少ししか滞在しなかった終着駅はよく知らないままだが、それでもいいかと思っていた。こうして二人で一緒に楽しめたのだから。