5年分の魔法
勇志は目覚めた。彼は病院の白いベッドにいる。それなのに健康な具合だ。どうしてかと体を起こせば、彼は簡単に起き上がれた。そして辺りを見回した彼は、恋人の涼香と目が合った。涼香はショートボブ姿で冷房のせいか長袖だ。
「涼花。俺はどうしてこんなところに?」
「いいの。ねぇ今日花火見る約束だったでしょ。行こう!」
「でも、服が」
「気にしないで。行こう!」
勇志は病院服のまま、涼香に右手を引っ張られてベッドから立ち上がる。もう蛍光灯が輝く時間だ。外からは花火の音が聞こえる。二人は病院の通路を駆けていく。途中ですれ違った看護師は、二人を止めることなく会釈を返す。
二人は病院を出た。勇志の記憶がだんだん鮮明になっていく。彼は、二人で貧しい生活の寒さを暖め合うように生きてきたことを思い出す。花火は鳴り止まない。毎年二人は少し高台にある公園で花火を遠巻きに眺めるのを楽しみにしていた。
「涼香。外は暑いね」
「走っているからだよ」
「俺、魔法で冷やそうか」
「体が透明になってっちゃうからだめだよ。誕生日限定だって」
「そうだ。そうだよなぁ」
誰もが花火を見に行ってしまったのだろう。人の気配のない上り坂を二人は駆けていく。熱帯夜の蒸した風が二人の頬を撫でていく。二人は汗をいっぱいにかきながら公園にたどり着いた。
「ねぇきれい!」
公園にたどり着いて、涼香は前へとさらに駆けていき、勇志の前で花火を背に笑った。その笑顔を見ていると、彼は、はやく消えたいと泣いた涼香の泣き顔を思い出してしまう。
「なぁ、涼香。俺、やっぱり生きたいよ」
「……思い出したんだ」
「あぁ。俺の病気、魔法で治したんだろ」
「……うん。五年分だけ」
花火を背にして彼にそう言う涼香の瞳には涙がある。
「涼香」
「なに?」
「五年間週末に一緒に、たい焼きを食べよう」
「……勇志ってずるい。勇志って私が自殺したとき魔法で助けてくれたの覚えている?もう五年使っちゃった」
涼香の体がだんだん消えていく。涼香の体も服も透けて後ろの花火が散っていく。待ってと叫び彼は魔法を使った。光が去ってみると二人は生きていた。
「生きているね」
「あぁ生きている。いつ死ぬんだろうな」
「さぁ?でもたい焼き食べようよ」
「あぁ」
二人は穴だらけの体で花火に背を向け、たい焼きを探す旅に出る。