水源を目指して
遅ればせながら、私、四条凛。
社会人一年目にして、早速転職先を考えないといけないかもしれません。
同じ時間の流れなのか、浦島太郎なのか、はたまた戻ったら時間は過ぎてないだとか、どれも今わかるものでもないので目下の課題、水源を目指して、村の奥の山に来ている。そう、雨乞いした山だ。
とても神聖な雰囲気で、どこかの神社の御神体が思い起こされる。さて、この山だが入るのはいいが、決して山を越えてはいけないと言われている。
そのため、村人も山を登るのは中腹まで、と決められていた。
大きな山なので、中腹まで行くのも大変だろうけど、とにかく1日で登って降りれる距離だけ進もうと今朝から前進中である。
昨日、ウィスタル神の話をしていた奥様のアンさんと、村長のとなりの、となりの家の叔父さんのケビットさんが山に詳しいということでついてきてくれていた。
2人とも痩せてはいるがガリガリではない。
平均体重より少し軽めの人間が、1週間風邪で寝込んでましたって感じの体付きだ。
そんなわけで、村の貴重な戦力を借りてしまったからには、なんとかそれらしいものを掴みたい。
こんなに山の木々が青々と生い茂っているんだから、水がどこかに蓄えられているはず…なのだ。
そして、登ること3時間。
太陽はとっくに真上に来ていて木々の合間を縫った木漏れ日がキラキラと伝い落ちる汗を照らしている。
水が、ない。
本来、山の麓に湖があって、そこから村に細い川が下っていたそうだ。それが、ここ数ヶ月で枯れてしまったと。もっと上までいけば何かわかるかもしれないと2人に伝えても返ってきたのは渋い顔。
「ウィスタル神のお怒りに触れちまうよ。この山はね、かつてウィスタル神が一番愛した娘を閉じ込める為に作ったといわれてるのさ。山頂からの景色を見たものは誰一人として居ない。なんせ誰も帰ってこないからね。神の宝を盗もうとしたなんてみなされちゃ、この国のおしまいだよ!いくら聖女様でもそんな危ない真似はやめておくれ!!」
そう、信心深い彼らに必死で諭され、山を降りることになった。
どのみち、山中泊するつもりはなかったので、今から降りないと日が暮れる。
収穫なしか、と落ち込みながら足元に気をつけながらゆっくり降りる。
2人とも山菜とか摘みながら下りているからすごいなと後ろ姿を見ながら、疲労でガクガク震える膝を前に出した時、踏ん張っていた足が滑ってあっという間に2人を追い越し獣道を外れ一段下までずり落ちてしまった。
「…、は、び、びっくりしたー。死ぬかと思った…。」
「大丈夫か?聖女様!」
「怪我はないかい?気をつけておくれ、寿命が縮まっちまったよ!」
慌てて駆け下りて来てくれたアンさんとケビットさんに、私も死ぬかと思いました、と半笑いで差し出された手に捕まるべく岩に手をつき上体を起こした時だった。
「ん?どうした?聖女様?」
なんだか少し、涼しい気がした。
岩、というか岩の壁?水が垂れてるわけでもないけれど、なんか、こういうの神社とかで見たことあるような気がする。たしか…
不思議そうにこちらを窺うふたりまで気を回す余裕はない。もしも、これがそうであったなら…!手近にあった葉っぱをちぎり取り、岩のくぼみ、というか割れ目に手にした葉っぱを祈る気持ちで置いた。
チョロチョロ…
はっと、息を飲んだのは2人だろうか。私は2人の代わりに詰めていた息をホッと吐いた。水だ。これで田んぼに水を引きます、とかいうレベルではないかもしれないけれど、間違いなく水だ。それも湧き水、良質の水で。葉っぱを伝い流れ出るそれを両の手いっぱいに受け渇ききった喉に流し込む。冷たく、とても美味しい。まるで御神水だ、と感じた。
私たちは、持って来ていた水筒がわりの瓢箪…のようなものに水をたっぷり入れ、目印を残しながら急いで村を目指す。よかった、水があった…!
溢れ出る感謝のあまり、下山するやいなや、山に向かいニ礼二拍手一礼し手を合わせひとまず私を救ってくださった、全く存じあげないウィスタル神?と我らが天照大神さまにお礼申し上げていたら、(アンさんとケビットさんは、私がなかなか動かないから先に行くよ、と走り去った。)話を聞いた村の衆が砂漠でオアシスを見つけた旅人のように一直線に山へ駆け抜けていった。
その夜。身を置かせていただいている村長の家にて。
この家、大丈夫かなというほどの大雨が降った。
はるか遠くで落雷した音まで聞こえる。なんだか不安になって部屋の隅で丸まっていたら気付いたら眠れていたみたい。
意外と図太い自分の神経に感謝しつつ、部屋の扉を開けたら、何やら興奮しきった村人が大勢押しかけて来た。両腕を取られ、家の外へ連れ出される。
なにか、やらかしてしまったのかと朝から青ざめた私とは裏腹に、村はお祭り騒ぎで、連れられるまま冷静に耳を傾けていると、どうやら、水が、流れ出したらしい。
村人が多く集まるそこに混ざり込むと、チョロチョロとまだ流量は少ないが、たしかに水が流れていた。ああ、これが言ってた干上がった川、か。と漠然と思っていたら、気付けば皆、手を組み膝をついて私を拝んでいた。
「え、いや、なんで!?」
どうやら昨日、麓で合掌しウィスタル神と天照大神さまに感謝申し上げていたら、恵の雨を呼んだのだと盛大に勘違いされたようだ。