7 「どういうことだ……、どういうことだよっ!」
「どういうことだ……、どういうことだよっ!」
ベリルがダンッ!とテーブルを叩いた。
「どういうことも何も、兄さん、学園を卒業してから商会の手伝いをするわけでもなく、王城の周りとかオブシディアン侯爵家の近くをぐるぐる徘徊してるだけでさ。何やってんのってこっちが聞きたいくらいだね。で、アガットがきちんと説明してくれたんだ。『王太子の婚約者であるマラヤ嬢に横恋慕して、そのまま手を出すことも出来ずに、付きまとい行為を繰り返している』ってね」
「徘徊……って……、付きまとい行為って何だよ……。俺はマラヤに会いたいだけで……。だって俺からの指輪、受け取ってくれたんだ……」
「過去にどういう状況であったとしても、ベリル兄さんは単なる平民、あっちは元平民とはいえ今は侯爵家のお嬢様。しかも王太子殿下の婚約者になったんだよ?いくら学園では友人扱いだったとはいえ、そんな不審行為繰り返して投獄とかされたら、ウチの商会なんてひとたまりもない。だからね、はいこれ父さんから。兄さん宛の手切れ金。今後一切ウチの商会には近寄らないでねってさ」
「え?」
「学園卒業後は即座に商会で働くはずが、三週間、何も言わずにさぼり続けてるんだから。クビになってもあたりまえ。家族だったからって甘い顔はしないよ?」
カフェのテーブルの上に、布袋が置かれた。
「そういう訳で後は自己責任で好きにして。憲兵とかに捕まっても、身元保証人にはならないから。じゃ、アガット行こうか。ウエディングドレス、届いたんだ」
「ホント?」
アガット嬢の顔がぱああああああっと華やぐ。
「結婚式、急いだから、ドレスがオーダーメイドじゃなくて既製品になってごめんね」
「ううん、良いのよそんなこと。イズルと小母様が選んでくれたことが嬉しいの」
「アガットをお嫁さんに貰えるって嬉しくなって、頑張りました。既製品だけど、質は一級品だよ!それに何よりあのドレス見た時にピンと来たんだ。絶対にアガットによく似あうって」
「ふふふ、嬉しいっ!」
アガット嬢とイズルさんは、呆然としたままのベリルを放置して、カフェから出ていってしまいました……。
ベリルは手切れ金を見つめたままブツブツと何かを呟いている。こわっ!
で……、今聞いた会話とまとめると……。
つまりはあれね。卒業パーティの婚約破棄から三週間。その間わたしは王都散策を楽しんでおりましたが、攻略対象のうちの一人、ベリル・スーフォンは、愛しのマラヤちゃんにも会えず、悶々としていて、それからお家の人には絶縁されて、幼馴染み兼婚約者は弟のモノになってしまいましたー……ってコトよね。
あらまあ……。いつまでもヒロインを愛し続ける攻略対象であるはずの男がこんなことになって……。ベリルはマラヤちゃんのことを恋人と思っているし、ベリル本人の言葉からすると、婚約指輪だと思って贈った指輪をマラヤちゃんは受け取ってくれたらしいけど。でも、それ、マラヤちゃんにとっては単なるプレゼントとしてしか受け取れてないのかもしれないわよね。
うーん、マラヤちゃんがゲームの通りの「ストレートに告白されるまで気がつかない鈍感主人公」であるならそれもありかな。まあ、ヒロインちゃんの心情はわたしにはわからないけど。何せなるべく関わらないように避けていたもんなー。わたしの元婚約者である王太子殿下とマラヤちゃんが仲睦まじくしていてもスルーよスルー。寧ろ、二人がくっつくように陰からこっそり画策もしたけどね。
例えば、そう……ね、ベリル・ルートの告白イベント、わたし、わざと潰したものねぇ……。
わたしは店員さんが運んできてくれたコーヒーをちょっと口に含みながら、乙女ゲーム『逆ハーエンドで幸せ王妃!!』のベリル・ルートのストーリーを思い出す。
ゲームの中のベリルはもちろんヒロイン・マラヤちゃんに恋をしている。王太子殿下に勝てるわけはないと心のどこかで諦めつつも、平民同士なのだから、マラヤちゃんの本当の気持ちは自分しか理解できない……って思っているキャラだ。
マラヤちゃんも学園に入学した当初はすっごくベリルのことを頼りにしていた。だけど次第に王太子だの神官の息子だのと親密になっていく。そうして段々とベリルとは疎遠になっていくのだ。
それで焦ったベリルはクラスメイトたちにプレゼント攻撃をしていくのよね。外国から取り寄せたチョコレートとか、ちょっと可愛い学用品とか。みんなにあげてるやつだから、マラヤも気軽に受け取ってなーんて、本当はマラヤちゃんにだけ、プレゼントとか渡したいのに、断られるのが怖いから、そんなふうに予防線張って。
クラスの委員長とかも引き受けて、面倒な雑事とか全部やって。
お役立ちキャラですよーって感じに、いつもへらへら笑ってて。
王太子殿下もねえ、ベリルのことは便利重宝に使ってた。
授業が自習になった時とかにね、課題はベリルにやらせておいて、王太子殿下は授業をサボってマラヤちゃんと学園内デート……とかね。あ、これはゲームの中だけではなく、今のこの現実の中でもやってたわね。あのカス王太子。
そんなふうに使えるから、ベリルは学園では王太子殿下の取り巻きにも入れてもらっていた。
だけど、それってねえ……。お友達とか側近候補とかではなくて……、単なるパシリとして重宝されてただけ、だよね。都合のいい下僕?そもそもあの王太子殿下は、身分の低い者が身分の高い者のために力を尽くすことなんて、当たり前のことって思っているからね。ベリルに感謝なんてこれっぽっちもしていないでしょうね。
ああ、ゲームのベリルはそれでもマラヤちゃんの愛を得ようと頑張っていた。
ゲームでは、学園の文化祭で、よくある青年の主張っての?あんな感じで秘めた想いを告白するイベントがあるの。
壇上から観客に向かって叫ぶのよね。
「アガット・フォンダー、親の決めた婚約者である君にはすまないが、俺はマラヤを愛してしまった。君との婚約は解消し、俺はマラヤに愛を告白したいっ!マラヤっ!愛しているっ!俺と結婚してくれっ!」
感激してベリルの胸に飛び込むマラヤ。
涙ながらに許すアガット・フォンダー。
そうしてベリルとマラヤは学園の公認カップルとなるのだ。
これがゲームでのベリル・ルート。
でも逆ハーメインのこのゲームでは、添え物程度で人気はなかった。わたしも一回しかやってない。
それにゲームでは文化祭での告白イベントがあったけど、実際にはそんな企画は流れて行われなかった。
……というか、わたしが潰したんだけどね、文化祭。
わたし、マラヤちゃんにはキチンと攻略対象全員を落としてもらって、逆ハールートに進んでもらいたかったから。
個別ルートに向かう選択肢は潰しまくったのよね。ベリルだけではなく、他の攻略対象のほうも全部フラグ折りまくった。
文化祭を取りやめて、ダンス交流会に変更したの。そういう提案を王太子殿下にしたのよ、このわたしが。
ブクマしてくださる方が100人を超えました。皆様ありがとうございます。
閲覧数もすこーしずつ増えてきておりました、本当に感謝です。
諸事情がありまして、感想欄は閉じておりますので、評価やブクマやいいねを頂くと感激します。
ありがとう。
1月1日を除き、しばらく毎日更新しますので、引き続きお読みいただけると嬉しいです。m(__)m