6 王都中央通りにある人気のカフェ
王都中央通りにある人気のカフェなんだけど、大きな店舗だから、それほど待たずに席に座れた。パンケーキにフルーツと生クリームがのっかっているのとコーヒーを注文してしばし待つ。
さすが乙女ゲームの世界。異世界だっていうのにカフェメニューは日本のそれとあまり変わらない。チーズバウムが土台で特製クリームにイチゴがのっかったタルトなんてのもあったりする。インスタ映えしそうなカフェメニューてんこ盛りよ。明日またここに来て何か食べよっかな?
……とかなんとか考えながら、カフェのメニューを眺めていたら……なんと、隣の席にベリル・スーフォンがやって来た!向日葵色の髪をしたちょっとやんちゃな感じの商人の息子で、ヒロイン・マラヤちゃんを愛する攻略対象メンズのうちの一人。
わわわ、バレないかなと焦ったけれど、頼んだメニューが来ないうちにいきなり席を立つ方が目立つと考え直し、わたしは座ったままベリルの様子をそっと窺う。
そのベリルの前の席に座ったのが、不機嫌な顔つきをした女の子。
えーと……この子は……、ちょっと待ってね思い出すわ。
確か……乙女ゲーム『逆ハーエンドで幸せ王妃!!』での、ベリル・スーフォンの婚約者だった子じゃないかしら……?所謂ベリル・ルートでの悪役令嬢っていうか、平民だからライバルキャラ的な感じ?
「……で?何よベリル話って」
女の子がわざとらしくため息をつく。
「聞いてくれよアガットっ!おかしいんだよっ!」
「……何がよ」
「学園を卒業してからってもの、全然マラヤに会えないんだ」
「へー……」
ああ、そうそう、この女の子、アガットって名だったわ。アガット嬢はどうでも良さげに返事だけはした。
「学園に居る時は毎日会えたのに。どうして今は会えないんだ」
はあ、とアガット嬢が盛大にため息をつく。
「マラヤ・コラーラル嬢……じゃなくて今はオブシディアン侯爵家の養子になって、それで王太子殿下の婚約者にもなったんでしょ?学生の時のお友達なんて、会っている暇なんかないの当然でしょ?」
「友達じゃないっ!俺はマラヤの恋人だっ!」
「へー……」
「だって好きだって言ってくれたんだ」
「友達としての好きじゃないの?」
「違うっ!婚約指輪だって受け取ってくれたっ!」
「貢物、貰った程度の認識なんじゃないの、あっちは。学園ではベリル、アンタのお家の商品、お菓子だの学用品だの、マラヤ嬢にだけじゃなく、クラスメイト全員にとか、大勢の皆様に配っていたじゃない。店の宣伝だよ、試供品だよとか言ってさあ」
「それと婚約指輪は違うだろっ!」
「まあ、違ってもいいけどね。じゃあ、指輪受け取ってくれた時は恋人で、今のアンタはフラれたってことじゃないのー?だってどう考えても中流商人の息子でしかないアンタより、王太子殿下の方が良いでしょうに」
ベリルの顔が赤黒く膨らんだ。目をカッと見開いて「マラヤはそんな女じゃないっ!アレクセル様の命令を拒否できなかっただけだっ!本当は俺のことが……っ」と大声を出した。
カフェの客たちが、ベリルの怒鳴り声に顔を顰める。アガット嬢は怒鳴りつけられても平然としていた。
「ベリル、アンタねぇ。アタシ、これでも一応アンタの婚約者だったんだけど?その女に向かって別の女に婚約指輪贈っただの、言う?」
「……アガット、お前は親が勝手に決めた婚約者でしかない」
「へー、で、愛しのマラヤちゃんに会えないよーって、その親の決めただけの婚約者に泣きつくの?どういう神経してるんだか」
「……幼馴染み、でもあるだろ。愛はないけど、俺のことよくわかってるの、お前しかいないし……」
アガット嬢は嘲るように嗤った。
「そんなこと言えばアタシが絆されるとでも思ってんのかしらねー……って、まあ今までは甘い顔してあげてたけど、もう、それ、終わり」
「は?」
アガット嬢は、今度はにこやかに笑った。
「小父様か小母様から聞いてないの?アタシとアンタの婚約は解消されました!」
「は、あっ!?なんだよそれっ!うちの商会とお前んとこの商会を一つにまとめるために必要な婚約だろお前と俺の婚約はっ!」
「そうよ?スーフォン商会とアタシのところのフォンダー商会を合併して、事業拡大ってそういうための婚約だったわよね」
「なら何で解消なんて……。合併取りやめになったのか?」
「合併は止めないわよ。なくなったのはアタシとアンタの婚約。具体的に言うのなら、アタシの婚約者はアンタの弟に変更になったの」
「へ?イズル……?」
「そ、このアタシ、アガット・フォンダーはイズル・スーフォンと結婚式挙げて、それで将来的にイズルが合併後の商会のトップに立つのよ」
何を言われたのかわからないとばかりに、ポカンとしているベリル・スーフォン。
ふふんと、ベリルを見下しているかのように笑うアガット嬢。
その二人の席に、ゆっくりと近づいてきた年若い青年がいて、その青年はするりとアガット嬢の隣の席に座った。
「やあ、ベリル兄さん。ひさしぶりだね」
「イズル……」
「アガットから聞いた?ボクとアガットの結婚式ね、十日後に決まったんだ。兄さん、全然家に帰ってこないから、知らせることも出来なくてごめんね」
おおおおおっ!なになになになにっ!どういうこと?
わたしはわざとらしくバックから本を取り出して、それを読むふりをする。だけど意識はもちろんベリルたちに集中!わたし以外のお客さんたちも、みんな聞き耳を立てているよ!
うわー……まさかこんなところで、乙女ゲームのエンディングのその後の展開を、聞けるとは思わなかったーっ!
ちょっとわたし、コーフンしてきましたよ!
うはははははーい☆
やっぱり、その後ヒロインは攻略対象たちと一緒に幸せになりましたなんて幻想よねー!
やってきました愛憎渦巻くどろどろ展開!
トップバッターは商人の息子、ベリル・スーフォンさん!
さあ、この後はどんな展開が待っているでしょうかっ!?
下世話趣味かもしれないけれど、ドキドキワクワクしながらわたしは続きの展開を見守った。いや、聞き耳を立てた。
お読みいただきありがとうございました。
続きはまた明日!