24 辛いことをね、考え続けていると、
辛いことをね、考え続けていると、自分がぎゅーって縮こまっていくような気になるの。
もしくは……そうね、大きなビニール袋を体にすっぽりと被せられて、そのビニール袋の中の空気がだんだん減って、窒息していくような感じ……かな。
このままじゃ、わたし、駄目になる。辛くて、心がしぼんでしまう。
そんな時に、ホントふっと思い出したのよね。
アオイねーちゃんのハマっていた乙女ゲーム。
「きたー☆婚約破棄からの、悪役令嬢断罪!逆ハーエンドまでまっしぐらっ!」
なんてきゃあきゃあ叫ぶアオイねーちゃんの声も。
「逆ハーだあ?ばっかじゃねえの?女一人に男が複数?で、ヒロインを共有?破綻するに決まってんじゃねえか。今アオイがやってんのって『逆ハー王妃』っての?王太子も商人の息子も公爵家の息子も王太子の護衛も神官もみんなヒロインに惚れて、そのあとどーすんだよ。特に王太子の護衛なんて、王太子に命じられたらヒロインに近づけもしないんじゃねーの?商人の息子だって平民だろ?王妃になったヒロインとは接点できないんじゃなねぇの?も、その設定からして攻略対象全員に愛されたまま一生幸せなんて無理だろ?」
揶揄い半分、嘲り半分のタクマにーちゃんの声も。
「何よお、ファンタジーだもんいいじゃない。それなら男が主人公の異世界転生者だって、女の子に囲まれてエロいハーレム築く話なんていーっぱいあるじゃない!所詮人間、自分一人が大勢にちやほやされる話が好きなのよ!」
「物語なら良いけどなあ?現実には破綻するじゃん。話はハッピーエンドで終わってもさあ。ストーリーが終わったあとの未来は不安しかねえよなあ。ヒロイン巡って泥沼の愛憎劇の予感しかしねえ。昔の皇帝とかがハーレムだの後宮だの持っていられたのは、金と権力があるからだろ?単なる恋愛関係だけで、一人の人間が複数の相手を抱え込でいられるかよ」
「ちょーっとタクマ兄っ!夢の無いこと言わないでよお」
その時のわたしは、ポテチかじりながら姉と兄の会話を聞いていたんだよね。
それで、逆ハーエンドのヒロインは、複数の攻略対象に愛されたまま、一生を送れたらすごいなー……なんて、ぼんやりと。
その乙女ゲームの世界に転生して、そんな転生前の他愛のない会話を思い出して。
……そうして、わたしは、せっかく乙女ゲームの世界に生まれ変わったのなら、それ、実地で見てやろうって気分になってきたのよね。うん、そうやって、そんな考えをするようになって……辛さが、薄らいだの。
どんな辛いことがあっても、この世界の家族に駒扱いされても、婚約者にひどい態度を取られても。
平気よお、だってわたし乙女ゲームの『悪役令嬢』だもん。それでもって、婚約者から断罪を受けたあと、ヒロインと攻略対象たちがどうなるか、楽しみで仕方が無いんだもん!
婚約破棄?らっきーっ!ハラショー!ヒロインの愛され幸せ逆ハーエンディングバンザイ!イェーイ!さあ、続きはどうなるのかな?請う、ご期待!
……そんなふうに、テンション上げてさ。楽しんでいれば、辛さを忘れる。
最初はね、楽しんでいるフリだった。
そのうち本当に、辛くなくなった。
辛いよりも、ゲームのエンディングのその先を知りたいって楽しみのほうが、気持ちの中で大きくなっていった。
何かに熱中していれば、辛いことを忘れていられる。
多分、逃避。
だけど、帰れないって嘆いて絶望するよりはマシだと思うんだ。
「うん……そうして、日本に帰ることなんて、ほぼほぼ忘れたように……ううん、忘れてはいないけど。辛さを、段々薄くしていって……、今、ようやく幸せになったんだよね」
もしもアウィン先輩がショーヤ・アダチでなければ。
きっとこんなにも急速に好きになるなんてこと、無かったのかもしれない。
「尊敬するフィギュア神っていうだけじゃなくて……。日本人だった過去を、共有できる人なんだよね、アウィン先輩は。まさかこっちの世界で日本の話ができるなんて、思いもしなかった……」
出会えてよかった。
日本の、元の家族と離れ離れになってしまったことは、思い出せば今でも悲しい。あちらに帰れないのは寂しい、辛い、苦しい。
だけど、こんなふうに転生して、それでも、アウィン先輩に出会ったことは。
「それは、最大の幸福だって、神様に感謝する」
出会わせてくださってありがとう。
日本のこと一緒に話せる相手と出会えたなんてきっと奇跡だ。
元の日本に帰れないのなら、せめて、日本のことを話せる相手とこの先の人生を歩んでいきたい。
異世界転生なんてマイナスを差し引いても、アウィン先輩と出会えたのは幸運だ。
だってね……。
世界中にたった一人。
誰も、異世界転生なんて知らない。日本なんて知らない。日本のことが記憶にある自分がおかしいんじゃないの?
辛くて、わたし、気が狂ったんじゃないの?
そんなふうに考えることすらあったんだ。
そんな思いは、アウィン先輩のおかげで無くなったの。
「……もしかして、マラヤちゃんもわたしと同じだったのかな?」
知らない世界でたった一人。
それほどの孤独に、耐えきれるはずはない。
「耐えようとして、耐えきれなくなって……、で、わたしはふと思い出した乙女ゲームの逆ハーヒロインが本当に幸せになるのかなー、わたしは悪役令嬢だし、って……。遊びに熱中する子どもみたいに、それだけ考えて、不安とか孤独から目を逸らして……。マラヤちゃんもそうなのかな?もしかしたら、本当には信じてなかったけれど、逆ハーすれば日本に帰れるはずって、そう思い込んだっていうか、それに縋りついたのかもしれない。本当は日本に帰れるなんて思ってなくても……、縋りつかなければ気が狂いそうになったのかもしれない」
わたしは、幸運にもアウィン先輩に出会えた。
本当は好きっていうよりも……安心感のようなものを抱いているだけかもしれない。
だけど、そうでも、やっぱり、わたしはアウィン先輩と生きていきたいよ。
一人じゃない。
わたしを理解してくれる人がいる。
それだけで、絶望しそうな思いが希望に満ちる。
だけどマラヤちゃんは、逆ハーして日本に帰れるって希望も砕かれて、世界にたった一人きりって絶望を感じたままなのかもしれない。そしてずーっとずーっと……悪夢の中に閉じ込められている気分を、これからも味わい続けるのかもしれない。
マラヤちゃんのせいでわたしは、婚約者を奪われ、侯爵家の令嬢の地位も奪われ、国外追放までされた。
わたしはマラヤちゃんに「ざまぁっ!」って叫んでもいいのかもしれない。
だけど……。
わたしは書いた手紙を見る。
「うん……違う。わたしがマラヤちゃんに伝えるべきことは、これじゃない」
手紙を破く。
「わたしも日本人の転生者だよ。辛いのはマラヤちゃんだけじゃないよ」
伝えよう。
マラヤちゃんがどう感じるかはわからないけれど。
マラヤちゃんだけが転生者なんかじゃないよ。
同じ日本を知っている人間がここに居るよ。
偽善かもしれないとは自分でも思う。
ふつうなら、『悪役令嬢』から婚約者を奪った『ヒロイン』が、結果として不幸になってなにが悪いのって思うよねえ。
『悪役令嬢』がフォローしてあげるなんて、親切通り越してお節介?
わたしは別に善人じゃない。
だけどね……「どうして日本に帰れないのよっ」っていう叫びは、わたしにも理解できるから。
異世界でたった一人になって、元の世界に戻りたくても戻れないのって……辛い。
だからね、マラヤちゃん。助けてあげるなんて高慢なことは言わないけど。
ちょっとだけ、同郷のよしみって程度だけ、貴女に関わろうと思うのよ。
辛い思いを抱えた女の子、放置して、わたし一人だけ幸せになるのも目覚めが悪いから。
「だけど問題は……。伝えたいって思っても、伝えることができる伝手がないってことなのよね」
どうしよう……。わたしは「うーん」と唸り、口を「へ」の字に曲げて、天井を睨んだ。
お読みいただきまして、ありがとうございます!
誤字報告、ホント感謝しておりますm(__)m
次回26話は 15日の朝10時を予定しています!夜から朝にチェンジ!
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さて昨日、
【タイトル】
「寄越せと言ったのは賠償金であって花嫁ではないっ!」と、初恋の君に拒絶されましたが、溺愛目指して頑張ります!!
【あらすじ】
……と、思ったのだけれど。侮られたので、その初恋の君であるレオンに喧嘩を売ってしまったディアの話。
溺愛の前に、わたくしがいかに有能な者なのかを貴方に示してあげましょう!ふんっ!負けるものですかっ!
という2万字程度の短いお話を投稿しております。
https://ncode.syosetu.com/n4711ia/
よろしければこちらもあわせてお読みいただけると嬉しいです。こちらは完結済です。




