13 「レイナ、知らないのですか?」
「レイナ、知らないのですか?」
「ごめんなさい、わたし昨日すっかり寝込んじゃってて……」
「具合が悪かったのですか!?それでパレードを見に行けなかったとか?」
「いえいえ、なんと二十三時間もぶっ続けで寝ていました!自分でもびっくりです!」
「それはそれは……、何とコメントして良いのやら」
「はい、わたしもびっくりです。人間ってあんなに長時間目覚めずに眠れるんですねぇ……」
話ながら新聞に目をやる。
すると一面トップには「王太子の成婚パレードを妨害っ!商人の息子の横恋慕!!」とかいう見出しが躍っていた。
「え、えええええ?これって……」
記事を読み進めていく。
王太子殿下の成婚パレードで、王太子とその妻となったマラヤ嬢の乗る馬車の前に飛び出した男がいた。名はベリル・スーフォン。彼は二人の乗る馬車に向かって叫んだのだ。
「マラヤっ!君が本当に好きなのはこの俺だろう?迎えに来た。一緒に逃げようっ!」
……で、当然、ベリルは拘束され、今では成婚パレードを妨害した犯罪者として、牢に留置されている……云々。
パレードに乗り込めば、マラヤちゃんがベリルの手を取って、一緒に逃げてくれる……とでも思ったのかしら。お、思い込みの強い男って怖いなー。ストーカーレベルじゃない。ううう、拘置されてよかったね、マラヤちゃん。
ちょっと心の中でドン引きしていたら、今度はルイーゼ先輩がやって来た。
「おはようっ!ねえねえみんなっ!知ってる?昨日のねえ……」
にんじんみたいな明るいオレンジの髪が、そのまま性格を表しているよう。とにかく元気で話し好きな女性です。三人姉妹の末っ子だそうだ。女三人寄れば姦しいという言葉もあるけれど、ルイーゼ先輩お一人で、三人分くらいのパワーがありそう。
「おはようございますルイーゼ先輩。今日も元気でいらっしゃいますね」
「おはよう、ルイーゼ。今ちょうど、昨日のパレードでの事件、新聞記事でレイナと一緒に見ていたところですよ」
アウィンさんの返事にルイーゼさんは、首を横に振った。
「あー、違う違う。新聞のほうじゃなくて、もう一つの事件のほうよっ!王太子殿下と王太子妃になったマラヤ様の初夜のコト!」
「初夜……ですか?」
ルイーゼさんは王城内の情報通だ……というより噂好き。いろんな部署に資料を届けに行ったついでに、王城内の噂を一つ二つ拾ってくるからある意味凄い。情報屋さんとか出来そうなくらいだと、わたしはこっそり感心している。わたしにとってはほんとありがたい存在だ。いつも面白いうわさ話を教えてくださってありがとうぺこり。
ルイーゼ先輩は、わざとらしく周囲をきょろきょろと見回したあと、わたしとアウィン先輩をチョイチョイと手招きする。
わくわくしつつ、わたしはルイーゼ先輩さんに顔を寄せた。
「あのねあのね、これ、王太子妃付きの侍女の一人から、私の姉が直接聞いた話なんだけど……」
そう前置きして、ルイーゼ先輩さんがしてくれた話を纏めると、まず、結婚式そして成婚パレードまでは王太子殿下とマラヤちゃんはいつもの通り、仲睦まじい様子だったそうだ。ベリルによってパレードが邪魔された辺りから、マラヤちゃんの様子がおかしくなっていったらしい。王太子殿下はベリルのせいだって憤慨してたらしいけど。
どうもそうじゃないみたい。
「ええとね。『結婚式終わってエンディングなのに、どうしてあたしは帰れないの!?』ってね、意味分かんないんだけど、王太子妃様が泣き喚いてしまったんだって。あとは『ゲームは終わったのに!何で終わらないのよ!シナリオ通りに逆ハーしたし結婚式もしたのにっ!っどうして!?もう解放してよ、帰りたいのっ!』って……。意味わかんないねえ」
「え?」
エンディング……というのは『逆ハー王妃』のゲームとしてのエンディングってこと、だよね?うん、ゲームではそうだった。幸せいっぱい結婚式、その他四人の攻略対象メンズも「王太子と結婚しても、自分たちはマラヤを愛して支えていく」っていうあれだ。
でも……「どうして帰れないの」って……。帰るってどこに?まさか、日本?マラヤちゃんはゲームクリアしたら、ゲームが終わって日本に戻れると思っている……とか?そんな馬鹿な。
「で、ね。泣き喚く王太子妃様を何とかベッドに押し倒して、王太子殿下が初夜を行おうとしたんだけど……」
アウィン先輩が、嫌そうに眉根を寄せた。
「そんな状況で、致しますかねえ?女性が泣いているのですから慰めるのが先では?」
「だけどねえ。王族の婚姻でしょう?神官たちも国王陛下や王妃様も同室しているし、記録係の女官に護衛騎士に医者に……、まあ王太子殿下の寝室には初夜がきちんと行われたかどうか確認するために大勢の人間がいるわけなのよ」
……そうなんだよね。この辺りは乙女ゲームでは描かれなかったけれど、我が国の王族の婚姻は、初夜等々はしっかりと記録されるのだ。
もちろんベッドの周りはパーテーションで囲まれているし、護衛騎士や女官たちは、ベッドに背を向けて立っている。だけど音は聞こえるし、何をしているかはわかる。
あー、こういうのって現代日本人の感覚からすれば「何それ正気?」と言われそうだけど、結婚式の後、家長や聖職者が見守る中で初夜を執り行うっていう習慣なんかは、中世ヨーロッパとか、そっちのあたりでは普通にあったらしい。
下世話な趣味とかじゃなくて、血筋の正統性保持的な感じなのかな。
DNA鑑定なんてない時代に、生まれてくる子がきちんと自身の血統なのかどうか判断するにはそれしかないのかもだけど。
でも、そんなことマラヤちゃんにとっては、寝耳に水どころではないだろうなあ。あの子、王太子妃教育なんて受けていないだろうし。……一応わたし、学園ではね、マラヤちゃんや王太子殿下に言ったのよ。
「どうやらそちらの平民の方は王太子殿下のご寵愛をお受けのようですので、貴族としての常識程度は身につけていただきたいものですわね」ってね。
まあ、結果は分かりますね。
わたしの善意の忠告は、『悪役令嬢』からの虐めと取られました。ふう……。
真っ当に受け取って、教育を受けていたら少なくとも初夜の事情くらい教えて貰っていたのになあ……。
マラヤちゃんは公開初夜だけでなく、王家の常識なんてなーんにも知らないままだったんだろうから……、乙女ゲームのふわふわ夢いっぱいの世界からいきなりハードなアダルト世界へ変わったようなものに感じただろうねぇ。ま、逃げたくもなるよねえ。気持ちは分かる。




