拗らせ義弟が流行ってるって義弟に教えたら、なんか拗れた。
定番の拗らせ義弟です。え?なんか違う?
最後修正しました…
「ただいまフォレス」
「おかえり、エリスねえさん。『読書好き乙女のお茶会』は楽しかった?」
「ええ、とても!今日は流行りの娯楽小説の話をしたのだけど、お友達の皆さんの推しは『拗らせ義弟』ものなのだそうよ!」
「こじらせおとうと……?」
「姉に恋した義弟が、可愛らしい弟という立場を巧妙に利用して立ち回って、他の男に取られないように外堀を埋めて、義姉を甘やかしに甘やかして依存させてしまうの」
「……へぇ」
「なんでも、執着系ヤンデレ?が多くて、ラストは監禁だったり軟禁だったり、大体が姉には気取らせずに成し遂げてしまうらしいのよ」
「なにそれ怖っ!」
「だからフォレスは気をつけてねって」
「気をつける対象がわからない」
フォレスは私の一つ下の15歳。
南北に広い我が国の、暑い南部生まれの母様譲りの褐色の肌に、寒い北部生まれの父様譲りの淡いふわふわの金髪と水色の瞳。
とても美形なのに可愛らしい印象を受けるのは、くりっとした大きな目と長いまつ毛、微笑みを絶やさない桃色の唇のせい。
我が義弟ながら、なんて可愛いの……!
「だって去年社交界で流行った舞踏会での婚約破棄だって、彼女たちが推してた婚約破棄小説が元だったのよ?」
「え、アレそうなの?」
「そうなの!きっと今年は義弟溺愛系監禁が流行ってしまうから、婚約者候補には義理の弟がいない方を選ばなきゃダメよ!?」
「ああ、そっちか。貴族家の養子は多いからね。気をつけるよ」
珍しく顔をこわばらせていたフォレスが、ほっと息を吐いて表情を和らげる。
そう、この年齢の嫡男には珍しいことに、フォレスには婚約者がいないのよね。候補はきっと義父様が探していらっしゃるだろうけれど。
「ところで、『そっち』ってなぁに?」
「『おとうと』っていうから義理の弟だと思ってなくて。俺も姉さんのこと大好きだから、俺が拗らせないように気をつけろってことかと」
「まぁ!ありがとう。私も大好きよ、フォレス」
ここ数年で一気に背が伸びたフォレスに飛びつき、首の後ろに腕を回して抱きしめると、ぷらんと足が床から浮いてしまう。
私一人の体重(+フリル多めのアフタヌーンドレス)などどうということもないようで、びくともしないでそのまま私を抱え上げるなんて、可愛いのに逞しいのよね。
「……確かに、義弟なら拗らせるよね」
「え?」
フォレスの筋肉と温もりを堪能していると、少し低い声でそう呟かれた。首を傾げてすぐ側にあるフォレスの顔を見ると、困ったように眉を下げて逸らされた。
ふふ、恥ずかしがり屋なのよね。
「だって、本当の姉弟なら拗らせることすらできないだろ」
「それはそうね。禁断すぎてハッピーエンドにならないもの。あくまでも私たちみたいに義理の姉弟で、義弟を異性として意識していない鈍感系義姉だから成立するみたいだし」
文学的な小説ならハッピーエンドじゃなくていいけど、娯楽恋愛小説はハッピーエンドしか認めん!って皆さんおっしゃってたものね。但しメリバは別腹だとか。
「ふぅん。ところで確認だけど」
「うん?」
「俺って義理の弟なの」
「え?」
思いがけない質問に目を瞬く。
フォレスが私の腰に両手を回したまま身を屈めたので、私の足がすとんと床に着いた。
「知らないんだけど、それ」
「…………そうなの?」
あら。これってもしかして、地雷っていうやつかしら?
違うわね。ただの私のうっかりだわ。私の16歳で成人になる前日に聞いたばかりだし、まだフォレスには教えていなくてもおかしくないものね……。
「うん初耳。母さんが後妻で俺は連れ子かなんかってこと?」
「違うわ!私が養女なの。あなたは侯爵家の正統な血筋よ」
「え、マジで。じゃあ姉さんの親って」
「私の父親は執事のマシューよ」
「え、なに。予想外に知り合いすぎる。待ってなんで」
寸の間痛ましそうな顔をしたフォレスの顔が無になった。
ああ、私の両親がもう亡くなっていると思って心配してくれたのかしら。優しい子だわ。
感動してふわふわの頭を撫でながら、家庭の事情を説明する。と言っても平和なお話しなのだけど。
「義父様の妹のシェラザード様がマシューとの結婚を前当主様に反対されて、貴族籍を抜けてでもマシューと結婚するって既成事実を作った時にできたのが私なの」
「マシューの嫁……って、うちのメイド頭のシェラ?シェラが姉さんの母親で父さんの妹?シェラザード叔母さん?」
「そうよ」
前当主であるお義祖父様はそのショックで義父様に家督を譲り、今は領地で隠居なさっている。
と言っても、シェラ……シェラザード母様がそこまでマシュー父様を想っていたことに気付かなかったことを反省なさっただけで、二人の結婚はすぐに認めてくださったのだけどね。
「そもそも、既成事実をシェラにけしかけたのは義父様だったのよ。義父様は妹に乳兄弟のマシューを婿入りさせて一緒に暮らすつもりでいたらしいの。
だけどマシューはほら、真面目堅物の頑固親父でしょう?嫁入り前に仕える家のご令嬢に手を出して……まぁシェラの押しかけだったらしいけど……当主様に不義理をしておいてそんなわけにいかないでしょう?
家を出て行くと言い張る二人を、義父様が三日三晩泣き落とした結果、平民夫婦として住み込みの使用人になることで手を打ったのですって。私を養女にしたのは二人が出て行かないよう……いわば人質ね」
「待って情報が多すぎる。実は俺、シェラは父さんの愛人だと思ってたんだけど」
「まぁ……それは義母様とマシューには内緒にするべきね」
「そうする」
フォレスの母様はシェラともうまくやっていらっしゃるけど少し悋気持ちだし、マシューもずっと焦がれていたシェラを手に入れた途端に独占欲を爆発させてしまっているから、誤解であってもすごく怒ると思うわ。
両家庭の安穏のために、ここだけの話にしておきましょう。
「……じゃあ、姉さんはほんとは俺の従姉妹ってこと」
「ええ、そうなるわね」
「結婚、できるってこと」
「そうね。義父様がいいって言えば」
「マジか」
にっこり笑って答えると、ようやくフォレスの質問攻めが止んだ。
なぜか頭を抱えたフォレスのふわふわの金髪に絡む指が、記憶にあるよりも太くてがっしりしているのに気付いて目を瞬く。あら?いつの間にこんな端くれだった大人の指になったのかしら?手の大きさもずいぶんと……
「…………待って。ちゃんと考える。許されるとか思ってもなかったことだから混乱してる」
「大丈夫?難しく考えなくても今のままでいいじゃない」
「黙って、エリス」
「はい」
思わず返事をしたけど、あら?あらら?
なんだかすごく低い声で名前を呼ばれたわ!?
目を丸くして見上げたフォレスの水色の瞳が、真っ黒に見えるぐらい瞳孔が全開を超えて開いているわ!?
「なんだっけ、執着して囲い込む?」
「あの、フォレス?落ち着いて?」
「てか執着して囲い込んでるのってオヤジじゃね?二人ともの見合いの申し込み断りまくって婚約者も探さねぇとか、可愛い妹の娘を息子の嫁コースまっしぐらじゃね?外堀埋めるまでもねぇわ。過保護かよ」
あらあら!?ダメよフォレス、言葉が乱れているわ!
……なんだか怖いのに、どうして心臓がドキドキしているのかしら!?
「好きだよ、姉さん。俺とずっと一緒にいてくれる?」
いつもみたいにふわりって優しく笑うフォレスは可愛くて、声はひどく甘いのに、私の手を握る力は少し痛いぐらいに強い。
……だからどうして、胸がきゅうって苦しくなるのかしら?
「ーーーーっ、わ」
「えっ」
「その顔は反則……」
「え?」
「っ、今日のところはここまでにしとくけど!」
顔を真っ赤にしたフォレスがパッと私から離れた。
側にあった熱が霧散して、握られていた手がふらりと彷徨う。
「明日はもっとだから!」
「フォレス……?」
「じゃあね!おやすみ!」
「はい……おやすみ?」
慌ててそっぽを向いて部屋を出て行くフォレスを見送って、私はぼうっとしたまま呟く。
「……明日は、もっと……?」
もっと、なんだというのか。
ドキドキしながら窓の外に目をやり、綺麗な夕焼けに目を細める。
同じぐらい赤くなっていたフォレスの赤い耳。
そしてーー
「っ、これが、拗らせ義弟……!」
気をつけるのは、義姉の方だ。
すっかり熱く火照った頰を押さえて、私は声にならない悲鳴をあげたのだった。
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