主人公に謝れなかった幼馴染
初投稿です。文章もあまり上手ではありませんが、楽しめたら幸いです。
——駿はいつだって諦めない。
——私が交通事故にあったあの時だって。
『大丈夫!絶対に治るって、主人公である俺が決めたんだ!』
『だから、手術!絶対受けろよな!』
『西夏!』
——それなのに私はなんて、
——なんて馬鹿なことを言ってしまったんだろう。
『うっさい!治るかどうかも分かんないのにそんな事決めつけないで!』
『何が主人公よ!』
『駿なんて』
『ただ誰かの真似をしているだけの空っぽな人間じゃない!』
——あぁ
——その満面の笑みを瞬く間に曇り顔へと変えて
——静かに病室を去っていくその後ろ姿に。
——私はただの一言さえ発することもできなかった。
「タイム測りますねー」
放課後。吹奏楽部の澄んだ音色と体育会系部活動の唸り声が響き渡るグラウンドで、今日もまた私は風を切って走る。
走るのは気持ちがいい。あの時、手術をしてよかったと、心からそう思う。
見事100メートルを走り切った私は、タイムを計測していた後輩に声をかけようとする。
が、後輩はまるで私のことなど眼中に入れず、明後日の方向を向いている。
「ねぇちょっと。タイムは?」
私が声をかけると、はっと気づいた後輩は慌ててこちらのほうを向く。
「すみません!測ってません!」
「私を放っておいて、何を見てたの?」
そう私が問うと、後輩は恐る恐るといった感じで指をさす。
「駿先輩、今日もかっこいいなーって」
——駿。
その名前を聞くと、胸がズキズキ痛くなる。
「そういえば、駿先輩と西夏先輩って幼馴染なんですよね!いいなぁ、あんなかっこいい幼馴染!しかも性格までいいとか神ですかね!」
「そうね……」
後輩の発言に思わず相槌を打ってしまった。
後輩は私が聞いていると思ったのか、さらに駿の話をし始めた。
この前、テストで困っている生徒会長のために勉強会をしてあげただとか、
朝、登校しているときに困っているおばあちゃんを見かけて
助けながらもギリギリ遅刻はしなかったとか。
聞いていたのはそこまでだった。
どうしたって駿のことを考えると、あの日に結びつけてしまう。
私が駿に消えない心の傷を作ってしまったあの日を。
——あれは、およそ2年前。私と駿が中学の三年生だったころの話だ。
何気ない、当たり前が来るはずだったあの日。
私は、運命の瀬戸際に立たされた。
交通事故で、右足が動かなくなったのだ。
私が取れる選択は2つ。
治療をするか、しないかだ。
治療をすれば、半々で一生動かせなくなるか、動くようになるか。
治療をしなくても、歩くのに十分なほどには回復するだろうといわれた。
——私は走るのが好きだった。
治療を受けなければ一生走れない。
でも、治療を受けてしまえば歩くことすらできなくなるかもしれない。
その恐怖が決断を迷わせた。
そんな時だった。
毎日病室にお見舞いに来ていた駿が言った。
『大丈夫!絶対に治るって、主人公である俺が決めたんだ!』
『だから、手術!絶対受けろよな!』
『西夏!』
笑顔で言い切った駿にムッと来てしまった。
——私は、こんなに悩んでいるのに、なんでそんな事、軽々しく言うの?
私は、駿に、言ってはいけないことを言ってしまった。
『うっさい!治るかどうかも分かんないのにそんな事決めつけないで!』
『何が主人公よ!』
『駿なんて』
『ただ誰かの真似をしているだけの空っぽな人間じゃない!』
駿の笑顔が消え失せてしまったとき、私は
——あぁ、なんて取り返しのつかないことを言ってしまったんだろうと思った。
その足取りが重く、病室の外に向かい始めたとき、
——もう、何もかも、手遅れだって気づいてしまった。
駿が、誰よりも主人公という存在に憧れ、そしてなろうと努力していたのか知っていたのは私だったのに。
体が伸びる自由を追い求める青年に、信念の貫き方を教わり、
何もできない心優しい少年に、人を思いやることの大切さを諭され、
宿命を背負う仮面のヒーローたちに、正義と悪というものを伝えられた。
そんな彼が、どんなことにコンプレックスを持っていたのかを知っていたのも私だった。
——私は最低の人間だ。
手術は成功し、今は走れるようにはなった。
でも駿は、あの時から、自分が主人公だと言うのはやめてしまった。
——あれから2年。
私は駿にまだ謝れずにいる。
「先輩、聞いてますか?」
後輩に声を掛けられ、はっとして彼女のほうを向く。
「ごめんね、ちょっと考え事をしちゃって」
ごまかすように笑みを浮かべる。
「もうっ!先輩はいいですよね!家が近くですし、もしかして、付き合ってたりするんじゃないですかぁ?」
「そんなこと!?ないないない」
今、自分がちゃんと笑えているか、わからない。
——今でも、駿のことは好きだ。
——だめだ、だめだと抑え込んでも、想いはあふれ出しそうになってしまう。
——私に、そんな資格なんてないのに。
高校になってさらにモテ始めた駿はいつも周りにきれいな女の子がいる。
その光景を見て、私は良心の呵責と、そして後悔に苛まれるのだ。
——だからだろうか。
そんな私のことをじっと見つめる怪しい目があったことを私は気にする余裕もなかった。
部活動も終わり、一人帰り道を歩く。
最近日が落ちるのも遅くなっては来ているが、やはりこの時間は、真っ暗だ。
お母さんも、「迎えにこようか?」と聞いてくれてはいるが、あまり負担をかけさせたくないと思ってしまって、断ってしまっている。
「さて、そろそろ、家に……」
その時、突然に後ろから何かをかがされた。
「!?」
声を出そうとするも、すぐに意識が遠くなっていく。
あぁ、どうしてだろう。こんな時にも思い浮かぶのは。
——駿の——
目が覚めると、腕と足は椅子に括り付けられていた。
どうやら学校の用具置き場みたいだ。
「やぁ、目は覚めたかい?」
にやにやと不気味な笑みで声をかけてくる男。
「学生……?」
どう考えてもまだ未成熟の高校生の声だ。
足が震える。けど、一人で何とかしなくちゃ。
私は縄を何とか解こうと、腕を動かす。
「何が目的?」
私が刻然とした態度で聞くと、男は笑い始める。
「君じゃない!君じゃないのさ!僕はあいつにしか興味はないんだ!っはは!」
男は狂ったように笑い出し、ギロリとこちらを睨む。
そして突然静まり返ってつぶやき始めた。
「……僕はあいつを許しはしない……。こいつをどうにかしてでもあいつに復讐してやる」
正直言って何を言っているのか理解ができない。でも、わかることがある。
「あいつっていうのは駿のこと「うるさい!あいつの名前を口にするな!」っ!」
私が駿の名前を口に出した途端、男は逆上して私の頬を叩いた。
「あいつの名前を聞くだけでも虫唾が走る!あぁ、嫌だいやだいやだいやだ……」
男は自分の体をかきむしっている。目は見開き、「嫌だ」とずっとつぶやく姿は、きっと見るものすべてを恐怖させるのには十分だろう。
私も寒気に体を震わせていると、男がつかつかと歩いてきた。
「おい女!携帯をよこせ!」
男はそういうと、私がそれを許す間もなく、カバンの中を探って携帯を取り出すと、
駿へと電話をかけた。
幸か不幸か、駿は電話に出たようで、何やら怒鳴りあいをすると、すぐに男は携帯を切り、地面にたたきつけた。
そして、こちらをニタニタとした目で見て、気味の悪い笑い声をあげて話しかけてきた。
「すぐ来るとよ。仲の良いことで」
——うれしい。
少しでもよぎってしまった考えを私は霧散させようとする。
この期に及んで、なんて都合の良いことを考えてしまうのか。
あいつは、私が、自ら、拒絶してしまったのだ。
今更、もうあいつとの関係なんて——
「西夏!」
扉をガラガラと開けて、駿が飛び込んでくる。
全身に汗をかいて、ここまで全力疾走してきたことが分かる。
私は口を開いて何かを言おうとする。
だが、言葉が出てこない。
私が何かをしゃべるより早く、男は薄気味悪い声で笑いながら言った。
「よく来たねぇ、へへッ。僕が誰だかわかるか「西夏を解放しろっ!」」
駿は男が話し終わる間もなく、怒鳴り声を散らす。
こんな駿は初めて見た。
昔、喧嘩をした時でさえ、こんなに激昂はしなかったはずなのに。
がしかし、望む答えを出さなかったことに、男の顔色が変わった。
「僕は!お前を!絶対に!許したりはしない!」
どう考えても様子がおかしい。
私は駿に向かってようやく叫び声をあげる。
「駿!逃げて、こいつ、何をするかわからない!危険だよ!」
「でも!」
「あぁ、逃げたらどうだ?お前の大切な彼女がどうなるかは保証しないがな」
男は高笑いをあげると、さっと無表情に変わる。
「お前が俺にしたことを後悔させてやる」
駿は焦りながらも、相手をなだめるようにしゃべる。
「落ち着け!お前が俺のしたことで傷ついたのなら俺は謝るから!」
駿がそう言うと、男は激昂する。
「あぁ!?お前のような男に何がわかる!?いっつも女をはべらせて!まるでハーレム主人公のように!お前なんて主人公でもなんでもないただの薄っぺらな男のくせに!」
あ……
『駿なんて』
『ただ誰かの真似をしているだけの空っぽな人間じゃない!』
駿は何か思うところがあるみたいに、顔をゆがませる。
駿のつらそうな顔が、あの時の表情に重なる。
「おぉ?図星かぁ?ざまぁない」
私は思わず叫んだ。
「違う!!!」
駿と男の目線が私に集まる。
「なにが違う?——あぁそうか!お前もハーレムメンバーか。でもどうせ捨てられるさ!
こいつはそういう男だ!」
「ち、違っ」
駿が否定する。でも、私はそれを無視して言う。
「駿は主人公だ!!誰かの真似をしてる?薄っぺら?だから何だ!駿は主人公になろうと頑張ってきたんだ!私は一番近くで見てきたから知ってる。誰が何と言ったって!その努力を否定することはゆるさない!お前だって!私だって……!」
私はすぐ近くにいた男に向かって、うまくほどいた腕を使ってつかみかかろうと手を伸ばす。
私の顔は涙だらけで無我夢中になった。
しかし、腕はから回る。
「へへっ。残念だったな……」
男は不気味な笑い声をあげる。
うっすらと反撃しようとする男の姿が見える。
私はバランスを崩して、よけることもままならない。
と思うと、男のうしろにうっすらと影が……。
「西夏に手を出すなっ!」
駿が男をつかんで投げる。
「ぐえっ!」
男はそのまま伸びてしまった。
駿は私に駆け寄って足の縄をほどく。
「ごめんね……」
私は今まで言えなかった謝罪の言葉を口にする。
「ずっと私の言ったことで苦しめてきたよね……」
「……」
「ずっと謝りたかったけど、駿に嫌われるのが怖かった」
——そうだ
「私って卑怯者だよね」
——これでいい
「でも、私の言ったことなんて気にしなくていい。私のことなんて——」
——忘れてもいい。
そう言おうとしたはずなのに。
涙が止まらない。
ちゃんと、言わなきゃ
「わ、私の、ことなんて、綺麗に、忘れて、そして」
——嫌だ!
こころの中では、駿とずっといたいと思う私が悲鳴を上げている。
でも、自分のしたことには、ちゃんとけじめを——
「嫌だ」
「え……?」
駿は強い否定を口にした。
「俺だって、卑怯者だよ」
駿は続けた。
「俺だって、あの時から、西夏に声をかけるのを避けていた。
もし、もう一度、拒絶されたらって思ったんだ。怖かったんだ」
続ける。
「だけど、お前が帰ってないって連絡、聞いて、お前を誘拐したって電話が、来て、
このまま、西夏が帰ってこなかったらって……」
縄をほどいた駿は、私をぎゅっと抱きしめる。
「そっちの方がもっと怖いってことに気づいたんだ」
私を強く抱きしめる、その温かい手に。
「いいの……?」
——駿に、あんなひどいこと言った私なのに。
——ずっとずっと、「ごめんね」が言えなかった私なのに。
「あぁ、いいんだ。西夏だって、俺でいいのか?」
俺でいいのかって、まるで自分が悪いことしたかのような言いぐさ。
悪いのは、私なのに、謝るのは、私なのに、って。
言いたいことがあふれてきて、言いたいことがまとまらない。
だから、駿の背中に腕を回して、一言だけ。
「ダメなわけ、ないじゃん……」
あれから、一週間。
私たちはまた幼馴染に戻った。
だからって、何かが大きく変わったわけじゃない。
私は陸上部で駿は帰宅部。
いつものように授業を受けて、いつものように部活をして帰る。
あ、でも、変わったことが一つ。
「西夏!一緒に帰ろう!」
「うん!」
私が駿と一緒に帰るようになった。
——互いに指を絡ませあいながらね!
5/26改稿しました!
・『——だからだろうか。
そんな私のことをじっと見つめる怪しい目があったことを私は気にする余裕もなかった。』
という文章を西夏が悩んでいるところに入れました。
・『あ、でも。』という文章を『あ、でも、変わったことが一つ』と書き換えました!
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!