お金持ちで世間知らずのスーパーお嬢様は相撲部のメイドマネージャー(♂)と無人島で二人きりになって回るベッドで既成事実をお作りしたいそうですよ!!
波の音と頬に当たる砂の感触。
西山はじめが目を覚ました時、目の前に横たわる人の姿に驚き右脚をつってしまった。
「ええっ!? えっ!? えーっ!?」
戸惑う声で目を覚ましたのか、はじめの目の前で横たわっていた身なりの良い女が、ゆっくりと起き上がった。
「う、うう……ん。あ……助かったんだ……」
「えっ? どういう事!? なに? 何が起きたの!?」
要領を得ないままのはじめ。
目の前に座る青髪の、如何にもお嬢様と言った姿に、自分の身に何が起きたのかさっぱりだ。
「……もしかして、記憶がないの?」
「えっ? ええっ!? そうなの……かな」
記憶が無いと言われ、何故自分が倒れていたのか分からない理由に合点がいく。
海岸沿いの砂浜は見覚えも無く、遠くまで見渡しても人工物の気配がまるで感じられなかった。
「……ここは?」
「恐らくは無人島かと」
「なぜ?」
「やっぱり覚えてないのね……私のことは覚えてるかしら?」
「え、うん……一応」
はじめは目の前で流木に凛と座る女子──満天星朝霞について、ゆっくりと思い出し始めた。
「同じ高校の……同じ学年の……隣のクラスの満天星さん。お父さんが満天星製薬の社長さんで……」
「ええ、そこまで覚えているのなら大丈夫だわ。で、肝心の何故ここに居るのかは、忘れてしまったのね?」
「…………そうみたい」
はじめは後頭部に鈍い痛みを感じ始めた。
手を当てると、大きなコブが出来ており、かなり激しくぶつけたように感じられた。
「あなたの誕生日プレゼントに、クルージングをプレゼントしたのだけれども、私が運転するクルーザーが事故で転覆してしまって……その時に頭をぶつけてしまったのね。申し訳ない」
「そ、そうだったんだ……」
はじめはゆっくりと立ち上がり、全身の砂を払い始めた。服は海水で濡れ、肌がヒリヒリと痛んでいる。
「しばらくしたら助けが来るはずよ。それまでの辛抱ね」
「……うん」
海岸線は遥先まで続いており、無人島の外周がそれなりにあることだけはすぐに分かった。
砂浜から歩き出すと、すぐに岩だった崖があり、そこに洞穴が開いていた。
「行ってみましょう」
「大丈夫かな?」
朝霞は躊躇うこと無く洞穴へと歩を進めた。
中は緩やかなカーブとなっていて、入口へ差す光が無くなると、何故か奥から鈍い光が見えた。
それは洞窟内に設置された間接照明だった。
洞穴の最奥地にはピンク色の、大きなハート型のベッドが置いてあり、シーツも清潔に保たれていた。
「なぜ!?」
「見て! クーラーボックスもあるわ!」
朝霞がベッド脇に置かれた小さなクーラーボックスの蓋を開けると、そこには赤マムシドリンクが大量に入っていた。
「これで飲み物と寝床には困らないわね! 早速寝ましょう!」
「えっ!? えっ!? ええっ!?」
鼻息荒く、朝霞が寝るようにはじめを促した。
「いやいやいや、何でベッドがこんな所に!? それもこれって回るやつだよね!?」
「えっ? そうなのかしら? あなた、詳しいのね」
「いや、た、多分! 多分だよ! そ、そそそそれに海の水で汚れてるから、このままベッドは入れないよ!?」
はじめが声を大に戸惑うと、朝霞は岩の壁の一部へと手をやった。
「あら? これは何かしら?」
それはシャワーヘッドだった。
壁から生えるようにシャワーヘッドが頭を出しており、手を取り引き出すとお湯がシャワーヘッドから出始めた。水圧もそれなりにあり、海水を洗い流すにはもってこいだった。
「偶然シャワーがありましたわ! これで大丈夫ですわね! ささ、服をお脱ぎになって! さ! ささ! 」
「いやいやいやいや!! どう見てもこれは──って脱がないでよ!!」
「大丈夫ですわ。見られても差し支えない下着。通称見せパンってやつですわ」
朝霞が下着姿でシャワーを浴び始めた。
海水でベトベトになっていた身体があっと言う間に綺麗になってゆく。
「あら!? ベッドの下にネグリジェが!!」
「は?」
ハート型のベッドの下から、結婚五年目のマンネリ夫婦が着るようなネグリジェが出て来た。
妙にわざとらしい透け感で【残業疲れの旦那もこれでハッスル間違いなし!】と書かれたタグをこっそりと引きちぎり、朝霞は満足げにシンデレラフィットのネグリジェを着てクルリと回った。
「どうかしら?」
「あ、はい。宜しいかと……」
はじめのお世辞的な褒め言葉に、朝霞は少しムッとした。
抜群一歩手前のプロポーションにセクシーネグリジェを装備したのに反応は今一つ。朝霞は女としての価値を認められていないような気がしたのだ。
ハート型のベッドへ朝霞が潜ると、はじめは身体のベトベトに耐えきれず、恐る恐るシャワーヘッドをゆっくりと手に取った。
まるで硫酸が出るのではないのかと、出てくるお湯に指先だけを触れ、それが安全であると分かると、全身の汚れを落とし始めた。
そしてシャワーを終えると、ベッドで待ち構えるようにしている朝霞に声を掛けた。
「僕はクーラーボックスで寝るよ」
「はあっ!? いけませんわ! 風邪をひきますわよ!! ささ! こちらへ!!」
「じゃ、じゃあ外で寝るよ! ベッドは使っていいから!」
洞穴の外へ走り出すはじめを、朝霞は慌てて追い掛けた。外でするのも悪くないと思ったからだ。
どうせ誰にも見られないのだから、少しくらい大ハッスルしても差し支えないだろう。朝霞の頭の中はハッスル祭りで染まりきっていた。
朝霞が洞穴の外へ出ると、はじめは水平線の彼方を見つめるように、黄昏れていた。
砂浜へ小石を投げ、そっと朝霞を見た。
「どうして僕の誕生日を祝ったの?」
「…………」
朝霞はこたえなかった。
いや、正確にはこたえられなかった。
真っ当な理由が無かったからだ。
「僕のお父さんが満天星製薬で働いていたのは当然知ってるよね? それも三年前にリストラされたのも……」
「…………」
朝霞は質問を沈黙で返した。
無論、朝霞はそれを知っての事だった。
「僕が相撲部でマネージャーしてるのも、相撲部主将のお父さんが所長を務める鉄工所で、ウチのお父さんが働いているから」
「…………」
「主将は僕が女の子みたいな顔だから、メイド服を着せて部員のまわしを洗わせたりしたんだ。僕は嫌とは言えなかった」
「…………」
「君は、僕のことが好きでこんな事をしているんじゃない筈だ」
「そ、そんなことは……」
「親への反抗心。そうだろ?」
「…………」
朝霞は図星を突かれ、反論が出来なかった。
何かにつけて制限を付けたがる父親への、せめてもの反抗。それがかつてリストラした社員の息子との淫行計画だった。
はじめとの交わりが父親に露見すれば、絶縁は間違いない。清々する。朝霞はそんな風に考えていた。
「僕は君に利用されるつもりはないよ」
「……どうやっても、私としてはくれないのね?」
夕焼け空に風が強く吹き抜けた。
ヤシの実に隠していたスッポン鍋は、とうに食べ頃を過ぎている。
──プルプルプル
朝霞がバナナの木の中へ手を入れた。
バナナ型の携帯電話を、そっと耳へと当てた。
「もしもし? セバスチャン?」
電話の相手は屋敷の執事だった。
「ええ、計画は失敗よ。私はこのままお父様の言いなり人形になるしか──え? 倒産?」
二人が無人島でアホをしている間、満天星製薬は新薬をラムネとすり替えで信用を失い、あっと言う間に倒産をしていた。
既に屋敷は差し押さえられ、執事もハローワークから電話を掛けてきた。
「……うちが潰れたわ」
「…………そう、なんだ……」
「島の裏にゴムボートがあるから、それで脱出してくれって連絡があったわ」
「…………」
バナナ型の携帯電話をしまい、朝霞は夕焼け空にため息を投げた。穏やかな波が、規則正しいリズムで優しい音を奏でている。
「……する?」
「しないよ。でも、泣きたかったら胸を貸すよ」
「……ええ、是非お願い」
その日、二人はワイングラスに赤マムシドリンクを注ぎ、ハート型のベッドで語り明かした。