11話 冒険者見習いロン
「あの…ラルドさん」
「なんだ?」
「すみません…色々と」
「お前に謝られる筋合いはねぇよ。あいつらとは一年くらいしか付き合いねぇし俺の人を見る目がなかっただけだ。気にすんなって何回も言ってんだろ」
「…それでも僕が二人に合わなければ貴方はいつも通りパーティーで効率よく依頼を出来るはずだったので…」
「やっちまってるやつはどんなに取り繕ってもいつかはボロが出る。むしろお手柄だ。これ以上被害が出ずに済んだんだからな」
朝日が門を華やかに染めている。ロンはここ数日で何回も謝りその度にラルドに同じようなことを言われていた。二人はこれからジェンガル王国に戻るところだ。入国する時もいた門番であるはずのこげ茶の髪色の青年は併設された窓付きの小屋でうたた寝をしていた。
「おし!じゃあそろそろ行くぞ!!」
「あ、少しだけ待ってもらえますか?数分で戻ります!」
「あんな事あったばかりだから気をつけろよ!」
ラルドの返答に応えてロンは小走りですぐ近くの脇道に向かった。
(あの髪色は…!)
さらりと風に靡く銀髪は朝日にあたり暖かなピンク色に染まっている。初めて会った時とは違い、白のワンピースと簡素な服を着ている。ローブを着ていないため美しい赤い目が見えた。
「シャルロットさん!」
「ロンさん…」
数日ぶりに会ったシャルロットはロンを申し訳なさそうに見る。
「…ごめんなさい」
「えっと…うん」
ロンはシャルロットが何を謝っているのかわからなかったが「何が?」と聞くのも野暮なので素直に謝罪を受け入れた。
「シャルロットさんも元気そうでよかったよ…」
「ロンこそ…でも、やっぱり知り合いのお二人があんな風になるなんで…体が健康でもしばらくは休んだほうがいいと思うわ」
「もう何日も休んでるよ。それにあの二人は僕にそっけなかったし知り合ってそれほど経ってないから。そんなに気にしてないよ」
ロンはベルトに刺してある剣の鞘を撫でた。目を閉じれば今でも思い出せるあの決断ーー。
ーーー ーーー
ザンっと音が響き、赤が散った。ローラの体が前に倒れる。少ししてパサリ、と落ちたのはローラの赤茶色の髪だ。ローラを剣で殴る時に切られた髪は炎を反射して赤かったがローラの魔法も収まり、地に落ちた時には元の色に戻っていた。
「ロンさん…どうして…」
「…拘束してるなら殺さなくても大丈夫ですよね」
「いやでも…!この人たちは人を殺してるのよ!しかもやむを得ぬ事情があってのことじゃない!自分たちのために殺してる!それに…剣で殴るくらいじゃすぐに目を覚ますわ!」
「何度だって、僕が彼らを止めます!」
ロンが強い眼差しで真っ直ぐシャルロットを見つめる。
「……彼らをどうするつもりなの?」
「門番は一日中いますよね。彼らにこのまま引き取ってもらいます。シャルロットさんは拘束魔法使えますから、それで運びましょう」
「私、そんなに魔法を上手く扱えないわ…」
シャルロットとロンが話しているうちにも、レイズの意識が戻り始めた。
「う…うぅ…」
「私の魔法で二人一気に運ぶとか無理なのよ!ロンさんも1人運ぶとしてもすぐ目を覚ましてしまう。目を覚ますたびに気絶させるなんてこと上手くいくとでも思ってるの?何度も繰り返すわけにはいかないわ!」
「…二人を門番のところまで運べないなら二人を戦えないようにすればいいんですよ。それで門番を呼べばいいです」
「どうやって?」
「ちょっと残酷ですけど…動けないように彼らを傷つけます。二人とも魔術師なのでそれほど体術は良くないはずです。それが僕ができる最大限の譲歩です!」
シャルロットはしばしの間思案した後、ロンの案を受け入れた。
「納得したわけじゃないけど…いいわ。この人たちが罪なき人を殺しておいて生きていけるのには納得がいかない。でも貴方がどうしても殺したくないと言うなら…どうせ罪に問われて罰が下るもの」
ロンが小さく「ありがとう」と言って恐る恐る剣を構えた。魔法を発動するのに必要なのは向きを定めることである。攻撃をする場合には手を相手の方に向けなくてはならないし、防御する場合には手のひらを広げなければいけない。
ロンはまずレイズに近寄り、レイズの二の腕あたりを切り裂いた。レイズは激しく呻き声をあげ、ロンは声と人を切った感触に思わず顔を顰めた。何しろロンは人を剣で切ったことなどないのでかなりこたえたようだ。そして恐る恐る腕が持ち上がらない程度に切った。次に逃げられないように足も少し切る。
「…貴方が殺したくないと言うのだからこの方法をとってるの。流石に止血くらいはしてあげるわよ」
シャルロットの癒しの魔法がレイズの腕の血を止める。無論魔法を使えるようになってしまっては本末転倒なので完治などとは程遠いものだが。
ロンとシャルロットはローラにも同様のことをした。ロンは憔悴した様子で「門番のところに行ってくる。シャルロットさんはここで待ってて」と言った。
「いいえロンさん。私がいくからロンさんはもう一人のお仲間のところに帰って。その人はきっと大丈夫よ。私の方がこの森に慣れているからすぐに門に辿り着けるわ。それに血の匂いで獣や魔獣が寄ってくるかもしれないわ。ここに残るのはあまり賢明とは言えないわ。私は門へなるべく早くいくけどもしこの二人が獣に襲われて死んだとしてもそれは貴方のせいじゃないしここは譲歩してちょうだい。私のことを知っているでしょう?私が後処理をするから疲れる貴方は帰って」
ロンは小さく「うん…」と呟きゆっくり歩いて行った。シャルロットは駆け足で門に向かった。
結局ロンはそのあとラルドの居る宿に戻った。ラルドは起きていた。というのも、寝ている時に気配に気付けなければBランクになれないらしい。ロンが出て行ったのには気がついたものも、何も言わずにそのままでいたが散歩にしては長い時間戻らなかったので起きていたのだ、と。
ロンは一生懸命ラルドに事情を説明した。ラルドは「とりあえずお前は休め」と言った。ロンは起きていた方が良いと主張したがラルドに強制的にベッドに放り込まれた。なかなか眠れなかったがいつのまにか眠っていたようで気がついたら朝、というか昼になっていた。
ロンも前にしたように、備え付けの机にはラルドの荒々しい字で「ロード地区に行ってる。詳しいことはロード地区の前の門番に聞け。来ても来なくてもいい」と書いてあった。
ロンはのそのそと準備をし、宿から出た。
(ロード地区…城に向かっていけば大丈夫か)
昨日と全く変わらない街だが、どこか違って見えた。暗い空気でもないが、明るい空気でもない。周りの雑踏が遠く感じられた。
(誰だっけ…殺された人の好きな人…パン屋って言ってたっけ…)
ウォート地区の住人ではないかもしれない。
ロンは考えるのをやめて真っ直ぐ前を向きロード地区に向かった。
ロード地区の門にたどり着いた。門番の青年は森の方の門番と同じ人だった。
(…門番は場所を交代してるのか…?)
「こんにちは!どういったご用件で?」
「ええと…なんて言えばいいんだろう…。…昨日の…シャルロットさんの…いや…ジェンガル王国のCランク冒険者二人が起こした事件って言えば分かります…?」
「ああ!んーちょっと僕の管轄外なんで、人を呼びますね!」
門番の青年は古谷の奥の方へと行ってしまったのでロンは手持ち無沙汰になった。剣を手に取り、鞘を外す。昨日は布で血を拭き取る以外のことをしなかったので、落ち着いたら手入れをしなければ、とぼんやり考えていた。鈍く刃が光を反射する。数打ち物だがロンにとっては大切な剣だ。
「はい!お待たせして申し訳ない!」
「あ、はい…」
反射的にどうも、と言おうとして振り返る。
「えっ!えっと、すみません、お名前なんでしたっけ…」
さらさらとした金髪、丸い眼鏡にメイド服。
「リチェ、と申します。私がご案内いたします」
リチェはくるりと身を翻し城の方に向かう。
「えっと、お城なんですか?留置所か問場所ではなく?」
「ええ、裁判所…ジェンガル王国で言う問場所は別にあるのですが、今回は諸事情で城にて対応させて頂きます」
リチェはロンを一瞥もせず足早に歩いて行った。
城には入ったことがあったのでそこまでキョロキョロとすることはなかったが、やはり珍しいのでロンは細かいところを見ながらもリチェについて行った。
初めて体験する上下に動く小部屋を使って上の階へ向かい、暫く歩いた後にやや大きめのドアの前で止まった。
リチェは数回ドアをノックしたあと、「スカイ様、入ってよろしいでしょうか」と尋ねた。ドアの向こう側から「どうぞ」と声がかかり、リチェは美しい所作でドアを開けた。
まず見えたのはラルド。跪いている。その向かい側には不思議な髪色の女性がいた。濃紺と純白のグラデーション。ラルドと数日前にあった貴族の女性だ。
「あら、こんにちは。貴方がロンさんね。私の名前はスカイ・フルーレットよ。貴方もそこの方の隣に来て」
穏やかな声でスカイは言った。まるで『争いとは無縁です』とでも主張しているかのような柔和な顔立ちだが、有無を言わせない力強さがあった。
なるべく足音を立てないように慎重に移動する。ラルドの隣までくると同じように跪いてみる。スカイを見てみるとにっこりと微笑んでいた。
「貴方が来るまでに割と色々決まってしまっていて…当事者として確認してもらうに留まるわ。まずあの2人だけれども聖国側で対処させてもらうわ。国民が殺されているのでこれは揺るがない。ラルドさんはジェンガル王国のギルドに報告してもらって。それから」
スカイは一息区切ってから続きの言葉を発した。
「あまり深く考えないで」
沈黙が場を支配する。隣に居るラルドの気配すら薄く感じられた。耐えきれずにロンは「深く…とは?」と聞いた。
「貴方は知っていると思うけどこの件にはシャルロットが深く関わっているわ。詮索してほしくないの。あの2人の今後のことも、色々と、ね」
含みをもつ笑みを浮かべられてしまい今度こそ何も聞けなくなってしまった。ラルドの方をチラリと見ると首を振っていた。おそらくこれ以上何もするなということだろう。2人のことを考えるなーーとは、ロンのことを気遣って言ったことなのか、何か知られたくないことがあって言ったのか。
スカイが「リチェ!お客様を返して」と言うと、リチェはロンとラルドの方にやってきて退室を促した。大人しくリチェにラルドとロンはついて行く。
リチェが扉を開ける時に後ろを振り返って確認すれば、スカイは窓の方を見ていた。つられて見ると、バルコニーには2つの人影があった。カーテン越しでシルエットしか分からないが1人は見覚えのあるふわふわとした長髪をしていた。
(…もしかして、マリア、さん…?)
マリアらしき人物は隣のショートカットの女性と話しているようだ。
「おい、行くぞ」
前にいるラルドに話しかけられて慌てて足を進める。リチェが扉を閉めるその瞬間までマリアらしき人物を見ていた。彼女も此方を見ている気がした。
そのまま聖国を去る日まで何事も無かった。
ーーー ーーー
今、目の前にはシャルロットがいる。いつも浮かべるニコニコとした笑顔はない。
「…貴方も、私も、大概だわ」
「え?」
「いえ、なんでもないわ。…気を付けてね。ああ、これからも冒険者を続けるの?」
「一応…続けようとは思っています。でも母のところに一度戻ろうかと」
「そう。周りの人を大切にしてね」
「?はい。言われなくても」
シャルロットは「じゃあね」と小さく手を振りながら細い路地に消えていった。
ロンも後ろを振り返ることなくラルドの方へと向かった。
朝日が静かに昼の姿へと近づいていった。




