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魔物と旅人

魔物と旅人5: 星祭りと魔物夜行

作者: 河辺 螢

「スリだー! 誰か捕まえてくれー」

 走り去る男を、通りすがりの男がさらりと投げ飛ばし、すられた財布をさっと手に入れると、追いかけてきた人に手渡していた。

 礼を、と言われてもさらりと辞退し、何もなかったかのようにその場を去って行った。

 倒された男は、あとで村の警備隊に連れて行かれていた。


 その夜、食堂にあの人がいた。

 僕の他にも昼間の騒ぎを見ていた人がいたようで、

「さっきはお手柄だったな。ここは奢らせてくれ」

と、ビールを1杯、机の上に置いた。

 男の人は軽く会釈をして、喉を潤わせていた。

「兄さんも星祭り見に来たのかい?」

「ええ、まあ」

「宿は取れたのかい?」

「少し来るのが遅かったようです。野宿は慣れているので…」

「普段は静かないい街なんだけどな、星祭りの時期はどうしても人が集まってくるからな」

「兄さんは腕は確かなようだが、この時期は結構荒くれ者もいるから、気をつけてくれよ」

 心配する町の人に、笑いながら頷いて、ふと見ると、手にしていたビールに黒い魔物が顔を突っ込んでいた。

「わわっ」

「すみません、僕の連れです」

 旅の人がゆっくりとコップから魔物を引っ張り上げると、魔物はぶらんぶらんと揺れていた。

「ぷきゅ」

「ちょっと落っこちただけだって?」

「あはははは、この村じゃあ、魔物は歓迎だ。今じゃ星祭りの方が有名だが、元は魔物の夜行の祭りだ。他はどうか知らないが、このあたりはおとなしい魔物が多くて、みんなそんなに魔物を警戒していない。だから兄さんも安心してくれ」

 落っこちただけにしてはそこそこの量を飲んだ魔物は、ちょっと陽気になって、机の上のナッツの入った皿に入り込むと、ナッツをジャグリングしながら、時々口に放り込んでいた。

 周りの人も怖がりもせず魔物の大道芸に見入り、たくさんのチップを集めていた。

 そして近くの宿が、従業員用の屋根裏で良ければ、と、旅の人と愉快な魔物のために1晩の寝床の提供を申し出た。

 旅の人は感謝してその申し出を受けていた。

「兄さんも、会いたい誰かがいるのかい?」

 誰かが声をかけた。

 星祭りに参加する人の多くは、故人に会いたいと願っている人だ。

 星祭りの夜には、湖から星のような銀色の光が浮かび、その光の中に死んでしまった人の姿が見える、と言われていた。

 会えるのは5人に1人くらいで、誰でも会えるわけじゃなかったけれど、故人に思いを寄せる人の中にはいつかは会えるのではないか、と何年もこの村に通い続ける人もいた。

 旅の人は特にはっきりとは答えることもなく、別の誰かが、俺のところは、と大きな声で語り始めると、次々とここに来た目的を語って、中には泣き出す人もいた。

 ほろ酔いの魔物はそのまま寝てしまい、旅の人はそっと両手で包み込むと、しばらくの間自分の服のポケットに自分の片手と魔物を入れていた。


 祭りの本番は夜だったけれど、朝には巫女様の湖の清めの儀式が始まり、魔物の格好をした村の子供達のパレードがあった。遠方から来た商人の店や、食い物の屋台も繰り出され、多くの人で賑わっていた。

 夕暮れが近づくと、村中のランタンが灯され、湖は岸に近いところだけ淡い光が当たり、遠くはわずかな波が銀色に光りながらも、闇のように暗かった。

 新月で、月明かりがなかった。

 祭りが始まる。

 巫女様の祈りに合わせて、湖には銀色の光が浮かび上がる。

 光は弧を描いて、岸にいる人のところまで飛んでいく。

 見た人には判るらしい。それが、かつてこの世にいて、自分を慈しんでくれたものであると。姿形が見える人、声だけが聞こえる人、両方見聞きできる人、そして光さえも感じない人。様々だった。

 光が飛ぶ方に人が集まり、湖の向こう側はうそのように真っ暗だった。

 その暗い対岸へと続く森の入口辺りで、旅の人は木にもたれて立っていた。

 

 何人かの集団が、森に向かって歩いていた。

 手に布袋を持ち、そろり、そろりと森の奥へと進んでいく。

 1人が何かに飛びかかった。

 袋の中身を見ると、にやっと笑って

「捕まえたぞ」

 と低い声で言った。

 続けて別の人が狙いを定めた途端、持っていた袋が半分に切れた。

「魔物に手を出すな」

 旅の人の剣が光っていた。

「なんだお前は」

「たった一人で何ができるもんか」

 男達が一斉に飛びかかった。

 1分もしないうちに辺りは静まりかえった。

 旅人1人にコテンパンにやられた連中は、袋を投げ捨てたまま、どこかへと走り去った。

 旅人は、袋の中に押し込められていたものを外に出すと、解放され、じっと見つめる魔物にこくりと頷いた。

 魔物は、少しづつ連なり、列に紛れていく。

 旅の人の肩に乗っていた丸くて黒い魔物も、列へと飛んでいった。

 旅の人はそれを黙って見守っていた。

 人間が銀色の光に目を奪われているすぐ近くで、ひっそりと魔物の夜行が始まった。

 森を抜け、空に向かい、黒い列がずっと続いて、その中には銀色に光る人間のような形をした者も混ざっていた。

 死んだ者は、魔物と一緒に遠い黄泉の道を歩いて行くのだと、村では言われていた。

 旅の人はしばらく魔物の列を見守り、その後は剣を胸に抱えて、その場に座り込んだ。

 まるで、魔物の夜行を守る騎士のようだった。


 真夜中を過ぎて、湖の岸ではランタンの光も消え、空には川のような星が戻ってきた。

 あれだけいた人はほとんどいなくなっていた。

 そして、魔物もいなくなっていた。

 誰もいなくなっても、旅の人はまだ誰かを待つように、森に座り続けていた。


 翌朝、食堂に現れた旅の人は、軽く食事を済ませると、持っていた荷物を背負って村から立ち去ろうとしていた。

 その頭上を大きな鳥が飛び抜け、そこから黒くて丸い魔物が降ってきた。

 ふらふら、ふらふら、と、旅の人を目指して落ちてくるのを、旅の人は両手でそっと受け止めた。

「きゅい!」

「みんなと行かなくて、良かったのか?」

「きゅい!」

 すり寄る魔物を肩に乗せ、旅の人は笑顔を取り戻してまた歩き出した。

 

 村の誰かが旅の人に話しかけたところでは、魔物を他の魔物に会わせようと魔物夜行へ連れて来たのだという。

例年、祭りの最中に魔物を連れ去る者がいると聞いた旅の人は、無事魔物夜行が終わるまで、魔物達を守っていたのだそうだ。

 自分の連れていた魔物が楽しそうに参加する姿を見て、この森で仲間と一緒に暮らすのも魔物のためかと思い、それでも離れがたくて朝まで待っていた。

 しかしやはり現れなかったので、ここで別れるのだと決意し、森を離れてきた、と。


 だけど、魔物は戻ってきた。

 魔物は、空を飛び、旅人の元に戻ってきた。


 旅の人の話を受け、翌年から星祭りだけでなく、魔物夜行にも警備が回るようになり、片手では足りない人数が捕えられた。

 おとなしいうちの村の魔物は、街で高値で売られていたらしい。

 魔物達のお礼なのか、その年から故人に会える人は3人に1人に増えた。


 死んでなお、会いたいと思ってもらえる人は、幸せだ。

 だけど、会いたいと願う、生きている者に会えるのは、もっと幸せだろう。

 例え魔物であっても。


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