第4話 A ミライ強化パッチ!
「おーい、今日の分のノート持って来たぞ」
「ん。置いといて」
「あとこれが課外学習旅行の行先予定表な」
「ん。置いといて」
「アイス買って来たんだが」
「ん。食べさせて」
希海が口に運んでくるドカ盛りピーチアイスをモシャモシャと頬張りながら、美来は作業を続けている。
何やら絵を描いたり、プログラムを組んだりと、希海が協力できなさそうな雰囲気だ。
しかも机の上にはエナジードリンク缶がゴロゴロ転がり、明らかに徹夜明けの様相。
今日のところは帰ろうかと、立ち上がろうとした彼のズボンの裾を、美来の手がむんずと掴んだ。
「スマホ貸して」
「お……おう……」
美来に言われるがまま、スマホを貸す希海。
美来のPCに接続されたそれに、いくつかのデータを送り込んでいく。
その容量は29GB。
殆どアプリも画像も入れていない彼のスマホですら、本体内蔵メモリー容量の4分の1が埋まるサイズだ。
転送予定時間は1時間半と表示されている。
多少は縮まるだろうが、それでも小一時間はかかるだろう。
「あ゛~! ひと段落~!」
伸びをしながら、希海の膝に倒れ込む美来。
そのまま目をつぶり、「疲れた~」と呟いて丸くなる。
「よく分からんけどお疲れさん。何やってたんだ?」
「ん~? 秘密」
「人のスマホ使っといてそれはないだろ……」
「んふふふ……。じゃあ秘密」
「じゃあって……」
そんなやり取りを何度か繰り返す二人。
美来の目の下には大きな隈ができ、昨晩風呂にも入っていなかったのか、髪からは少し汗の匂いがした。
「希海さ、私を回復させたり、エネルギーを与えてくれたものが何か分かった?」
「ん? いや、分からん。画像フォルダから回復データが送られてるってのはお前に聞いたけど」
「む~。本当に分からないの?」
「え? お前分かったの? つか、なんで怒ってんの!?」
「ふ~ん! 大事なデータが無くなっても分からないわけ~?」
希海の膝にゴンゴンと頭をぶつけながら、ささやかな怒りを発散する美来。
大事なデータ……その一言に、希海は思い当たる節があった。
「もしかして俺のスマホの中にあった美来の写真データ?」
「御名答~」
美来はニヤリと笑って起き上がり、未だデータ転送中のPCに向き直った。
そして彼女は希海のスマホの画像フォルダにある「美来」フォルダを開く。
懐かしいものから、ほんの数日前のものまで、彼ら二人の思い出がズラズラと表示される。
「最近パフェと撮ったセルフィ―があったよね? あれ8枚あったんだけど、この間の触手怪人と戦った後見たら5枚になってたんだ。それの代わりに同じ数破損したデータが格納されててさ、多分損傷した私を再生するための素材になってくれたんだなって」
「なるほどなぁ。俺のスマホの中でお前が回復できたのはそれか」
「多分ね。だって私さ……その……ほら、希海と一緒に戦ってるわけじゃない? だからきっと、希海と一緒に映ってる写真が力になってくれたんだよ」
「そう言われると少し照れるな……」
「だね……」
「もう何枚か撮っとく?」
「そうだね……。あ! 転送もう終わってるじゃん! 思ったより早く終わって良かった!」
美来が希海のスマホを手に取り、アプリをインストールする。
こちらはものの数分で終わった。
無駄なアプリを入れない主義の希海らしいスッキリしたホーム画面に、サイバーウィザード・ミライのアイコンが出現する。
希海がそれをタップすると「サイバーウィザード・ミライ支援アプリ」というアプリが立ち上がり、何やら煩雑なメニュー画面が表示された。
「これは……何をするアプリなんだ?」
「読んで字のごとく! 私を支援するアプリに決まってるでしょ!」
「えーっと……この“バズラス図鑑”っていうのは?」
「これまでに出現した“電脳怪人バズラス”のデータだよ。弱点のデータとかも入ってるから再生して襲ってきても楽勝ってわけ」
いつの間にやら、あの怪人達の呼称は“バズラス”になったようだ。
「バズラスて……。この“応援”ってのは?」
「押すと私宛に希海の応援ボイスが流れるの。これまで希海の声で力が湧いたことあったから、それを場所を選ばず出来るようにしたんだよ。図書館とか病院とかじゃ大声出せないでしょ?」
希海がそのボタンをタップすると「美来!」「美来頑張れ!」「お手柄だぞ!」などと、彼の声が再生された。
「これ意味あんの……?」
「分からないけど、あって困るものじゃなくない?」
「まあ……美来がそう思うなら……。んで、このフォームチェンジって何?」
希海が指差したのは、“フォームチェンジ”と書かれたひと際大きなボタン。
ただ、今は光が消え、タップしても反応がない。
「むふふ……それこそが今回の大目玉! 見てなさいよ~……サイバズダイブ! サイバーウィザード・ミライ!」
美来がPCにダイブし、そして希海のスマホへと侵入してくる。
すると、先ほどまで灰色になっていたフォームチェンジボタンが虹色に光り始めた。
まるで「押せ」と言わんばかりだ。
一度タップすると、赤、青、黄色、白の4つの服アイコンが出現したので、希海は赤い服をタップした。
「あっ! ちょっと私の掛け声に合わせて押してよ!」
と叫びながら、美来のコスチュームに赤いラインが走り、腰にベルトとアーマー、そして大型の剣が出現した。
「えーっと……。サイバーウィザード・ミライ! ファイヤーフォーム……。 もう!!」
腰から剣を抜き、とりあえずポーズを取る美来。
かなり不服な様子である。
「はぁ……。まあ、こんな感じだから、とりあえず次のバズラスとの戦いではこれ使うから……。今日はもう帰っていいよ……」
すっかり盛り下がってしまった美来は、PCから出てくるや否や、ベッドに入ってふて寝を始めてしまう。
希海はそんな彼女の寝顔を一枚撮影すると、「お疲れさま」と囁いて帰って行った。
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「なーなー! 昨日ヌコヌコチューブでやってた特撮特集生放送見たか?」
翌日、ソウマが朝から随分と高いテンションで希海に絡んできた。
「見てないよ。俺そういうのあんまり見ないんだってば」
「あれ? お前特撮作品とか結構好きじゃね?」
「いや好きだけど、基本的に本編見るのと主題歌聞くくらいのもんだよ」
「マジか~。 いや、その放送なんだけどさ、特撮のプロの人らが生で今の特撮技術披露しててさ、SNSでもその切り貼りムービーがバズってるぜ?」
「嘘だろ……」
「いや嘘じゃないって! ほら! ……あれ、これ消えてるな……。んじゃ……ほらこれ!今でもCGじゃない部分多いんだなぁ!」
希海はその呟きについたイイネマークの12.5万という数字を見て頭を抱えた。
その間にも、#好きな特撮技術貼れ 等のタグが付いた呟きが、画像、動画と共に増え続けている。
どこかで誰かの叫び声と、何かが壊れる音が聞こえた。