第3話 B 鬼ヤバふれあい水槽!
水族館は、意外にも普通に営業していた。
天変地異が起きようが、とりあえず身の安全があるうちは普段通りの業務を遂行する、日本的営業イズムの賜物である。
希海は普通にチケットを二人分買い、入場する。
こういうところで不正は働けない男である。
その正義の代償に、美来のいる画面を見せた窓口の人からは、凄い引き笑いをされてしまったようだが……。
「公衆無LANは……あるな。いけそうか?」
「分かんない……。でも……頑張ってみるよ!」
「ああ。 頼みがあったら何でも言ってくれ。俺は少々社会的に死んでも構わん」
「ありがと……。よし! サイバーウィザード・ミライ! 悪い触手はサイバーブレイクしちゃうんだから!」
美来のポーズと掛け声に合わせ、スマホの機内モードをオフにする希海。
そしてWiFiをオンにし、スマホを館内のフリーWiFiに接続した。
これにより、美来は館内の電脳に直接飛び込むことが出来るようになるのだ。
スマホの画面の奥に白い光が見え、そこへ美来が走っていく。
それを見届けると、希海はイソギンチャク水槽や、その周りにいる生物達の説明文に目を通し、敵の弱点を突き得るヒントを探しにかかった。
「ちょ!? 待って! 助けて! 助けてえええ!」
途端に、美来の悲鳴が聞こえ、希海に急を告げる。
見れば、彼のスマホ画面の奥から凄い勢いで走ってくる美来と、その後ろから凄い勢いで猛追してくる触手の群れが見えた。
「無理! 無理無理無理!! ここの電脳触手の海になってる!!! あんなとこ入ったら即堕ちアヘ顔苗床ピースさせられちゃう!!!」
希海は急いでスマホを機内モードにして美来を守ろうとしたが、何と機内モードのボタンが触手型のアイコンに遮られて押すことが出来ない。
設定から入っても、操作不能。
それどころか、あらゆるアイコンが触手に絡みつかれ、彼のスマホは完全に触手に侵されてしまったのである。
「いやあああああ!! 出して! ここから出して!!」
スマホの画面に張り付き、必死で外へ逃れようとする美来だが、彼女が現実と電脳を出入りできるのは、部屋のPCだけである。
必死の抵抗も虚しく、美来は触手空間と化した希海のスマホの中で、蠢くサイバー触手肉壁に囚われてしまった。
「うっ!! ぎっ!! 苦しい……くる……しぃ……」
「美来!! まずい……! どうしたら……!」
「サイバー……インパルス!!」
希海があたふたしている間に、美来は必殺の光線で迫る触手を薙ぎ払い、肉壁からの脱出に成功した。
だが、次から次へと襲い来る触手を前に2撃、3撃と放つうち、彼女の力は消耗していく。
「はぁ……はぁ……!! どうして……回復が……出来ないの……!?」
希海のスマホの中は、美来にとってセーフゾーン兼回復スポットであった。
しかし、今はその機能は全く果たせず、回復エネルギーの供給も途絶えている。
「サイバー……スコープ!」
美来は目にエネルギーを集め、彼女に向かうはずのエネルギーが滞っている箇所を探す。
襲い来る触手を掻い潜りつつ、彼女はその出所を掴んだ。
それは、バインダー型の収納スペース。
「希海!! 画像フォルダ! 画像フォルダが触手に閉じられてて、そこでエネルギーがせき止められてる!」
「画像フォルダって言われても! 俺からじゃどうにも出来ないぞ!?」
希海は画像フォルダのアイコンをタップしまくり、巻き付くサイバー触手を取り払おうとするが、指で弾いても弾いても、次の触手が巻き付いてきてキリがない。
「だったら私が! きゃあ!?」
画像フォルダ目がけてサイバーインパルスを放とうとした美来の足元に花のような模様が浮かんだかと思うと、その花弁が彼女の四肢を絡め取った。
「これは……イソギンチャク……!?」
四肢を拘束した触手は、美来の体を花弁の中心、即ちイソギンチャクの口へと引き摺り込んでいく。
「そうはいかない……! サイバー……うっ!?」
真下目がけてサイバーインパルスを放とうとした美来の体に激痛が走る。
同時に、彼女の体がピクピクと痙攣を始め、やがて、意志通りに動かなくなっていく。
触手から飛び出した刺胞が、彼女の体中につき刺されたのだ。
サイバー麻痺毒を注入された美来は、体の自由を奪われたまま、ゆっくりとサイバーイソギンチャクの口内へ沈んでいく。
「トラエル ノミコム ショウカスル」
彼女の体が胸まで飲み込まれた時、その口の中から、声が聞こえた。
(こいつが……怪人……! こいつを……倒せば……!!)
美来は痺れる体を無理やり動かし、残された最後の力を胸のクリスタルに込めて叫んだ。
「サ……イ……バー……イン……パル……ス!!!」
「!!!!」
美来の思わぬ抵抗に対処しきれず、イソギンチャク怪人の肉体……口部を覆う触手群が消し飛んだ。
その衝撃で吹き飛ばされる美来。
「やった……!」
右足はサイバー消化液によって消化されていたが、他はコスチュームが溶かされるに留まっていた。
あとは希海の画像フォルダを開放し、回復を待てばいいだけ……初の怪人単独撃破だ!
等と、美来が喜んだのも束の間だった。
「嘘……でしょ……!?」
吹き飛ばしたイソギンチャク怪人の肉体が縦に3つ割けたかと思うと、裂けたパーツのうち二つが、2体の怪人となって再生したのだ。
全身タイツのような肉体に、巨大なイソギンチャク頭を持つ異形。
それが怪人の全容であった。
「いやっ!? 来ないで!! いやあああああああ!!」
怪人は二人で美来の上半身と下半身をそれぞれ拘束し、イソギンチャクの頭部で挟むようにして彼女の体を飲み込んだ。
「んん!! んんんん―――!!!」
ドッキングしたイソギンチャクの頭部に飲み込まれ、必死でもがく美来。
しかし、どれほど暴れても、拘束は解ける気配がない。
サイバーインパルスで脱出を試みたが、力を使い切った彼女のクリスタルに、光線を放つ余力は残されていなかった。
暗い空間に滴る消化液。
美来はコスチュームと、自分が溶けていくのを感じる。
希海に助けを求めようとして開いた口に、大量の消化液が流れ込み、喉が焼け爛れるような苦痛に襲われる美来。
彼女は叫ぶような嗚咽を上げながら、希海の名を呼び続けた。
「コレハッ!!」
「テキダッ!!」
不意に、怪人達の恐怖に慄いたような声が聞こえた。
一瞬の浮遊感。
気がつくと彼女は、彼らの胃から脱出していた。
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「この水槽にイソギンチャクの天敵になる生き物っているんですか!?」
「え!? あ……はいはい。 ウミウシやヒトデなんかがイソギンチャクの天敵なんですよ。 このふれあい水槽にもたくさんいますよ」
何やら叫んだり、悲鳴をスマホから垂れ流していたヤバ目な男に突然話しかけられた係員は、一瞬怯えたような表情を浮かべたが、そこは流石のプロ根性。
何事もないかのように、ふれあい水槽の中身を解説し始めた。
今月は南の海特集とのことで、高知県の底引き網で取れた岩やサンゴ、ヒトデや貝などの底生生物達を入れているらしい。
「水から出さないように触ってあげてくださいね~」と言う係員さんを横目に、希海は状況を打破しうる、なるべく強力そうな生物を探した。
そして、見つけた。
「あぁっと!? 係員さんコレなんか変じゃないですか?」
希海は美来のため、係員の言ったルールを公然と破り、いかにも強そうな、トゲトゲとしたヒトデを水から掴み上げ、写真をパシャパシャと撮影する。
画面タッチは全滅していたが、幸いにも側面のショートカットボタンからのカメラ操作は生きていたのだ。
「お客様!! 水から出してはいけませ……お客様!? それは!!」
「やめてください!! 人命がかかってるんです!!」
「いやお客様!!! そのヒトデを触ってはいけません!!」
凄い形相で掴みかかってくる係員をあしらいつつ、希海はヒトデを360度ほぼ全面から撮影することに成功した。
そのヒトデ連続画像が画像フォルダに入った途端、群がっていた触手が凄まじい勢いで縮こまり、希海のスマホからの逃走を始めた。
希海が撮影したそのヒトデの名はオニヒトデ。
強力な毒のトゲで武装し、イソギンチャクやサンゴを食い荒らす最強のヒトデであった。
「コレハッ!!」
「テキダッ!!」
イソギンチャク型怪人は天敵の気配を感じ、頭部の触手を羽ばたかせながら、スマホの外へ逃げよて行く。
美来は体の半分以上を溶かされ、消滅しかけていたが、画像フォルダからの再生データ供給を受け、何とか一命を取り留めた。
「希海……! なにやったの!?」
「天敵の画像を撮影したら牽制できるかと思ってさ! 効果あったみたいで良かった!」
「ありがとう助かった……! さーて! 今度はこっちが攻め入る番なんだから! なんだから……」
何とか立ち上がれる程度に回復した美来が、両腕を再生させつつ、怪人達が逃げていった水族館の電脳へ踏み込もうとして、二の足を踏む。
やはり、溶かされて吸収される恐怖は、彼女の心に深いトラウマを植え付けたらしい。
「せめて身を守る防具か、触手特効の武器でもあれば……」と、美来は心細そうに呟いた。
その時突然、画像フォルダから光が放たれ、美来の両腕と頭に宿る。
「きゃっ!? いいいいいい!? なにこれキモッ!!」
美来の両手と頭には、オニヒトデがまるでヘルメットとクロー型武器のように組み付いていた。
「いいいいいいい!! なんか蠢いてるううううう!!」と叫びながら手と頭を振る美来だが、それらは完全に彼女と融合してしまっているようだ。
「美来! チャンスだ! それであいつらを捕食攻撃してやれ!」
「こんなの魔法少女の武器じゃないいいいいい!! でも行くしかないんでしょ―――!!」
半ばヤケクソになりながら、美来は水族館の電脳へと突っ込んだ。
オニヒトデアーマーの効果は覿面で、それまで空間を我が物顔で支配していた触手達が小さく縮こまり、まるで道を開けてくれるかのようであった。
「テンテキダ!」
「テンテキダ!!」
「よくもさっきは私を食べようとしてくれたなー!!」
「「ギャアアアアアアアア!!!」」
触手空間の奥地。
配信用定点カメラの電脳で身を潜めていた触手怪人の元へ、導かれるように到達した美来が、オニヒトデクローをお見舞いした。
直撃の瞬間、オニヒトデは分離し、怪人兄弟の体に取りついてその体を食い荒らし始める。
「サイバー!! インパルス!!」
オニヒトデに食われながら、2体の怪人は爆発四散した。
それに呼応して、電脳世界の触手達は消え、現実世界で暴れていたケーブルたちもその動きを止める。
騒ぎを起こした以上、長居は無用とばかりに、希海は水族館を速やかに退館した。
後には、オニヒトデをトングで掴んで立ち尽くす係員が残された。
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「謎の少年、ふれあい水槽に混入したオニヒトデを発見。名乗ることなく退出。変わったニュースもあるもんだね」
「ですねー」
事件解決の翌週の土曜日昼下がり。
希海はまた風車でそばを啜っている。
事件が起きる前、イソギンチャクを食材にするといって笑っていた店主だったが、驚くべきことに、イソギンチャク蕎麦を完成させ、提供するに至っていた。
有明海沿岸で食用とされる「イシワケイソギンチャク」を濃い目の出汁に漬けこんで唐揚げにしたものと、大根おろしがセットで乗った蕎麦だ。
「旨いかい?」
「旨いには旨いですが……。わざわざイソギンチャク使わなくてもって感じですね……」
「そうか~。いい感じにバズったんだが……」
イソギンチャクがバズる。
そのフレーズにギョッとした希海だったが、イソギンチャク蕎麦のバズりによる怪人が現れることはなかった。