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第2話 B 怒りのスイーツ(仮面)!




「はぁ……」



 翌日の昼下がり、希海は浮かない顔をしていた。

 あの後、美来の家にその日のノートを渡しに行ったのだが、彼女は希海が来るや否や電脳世界に引っ込み、「べー!」と舌を出してどこかへ行ってしまったのだ。

 彼女的に、昨日の希海の行動はよほど気に食わない事だったらしい。



「おーっす。どした? ユキにフラれたか?」


「なんでそうなる……。昨日甘いもの食べすぎて胃がもたれてるんだよ……」


「へぇ! お前らしくもない! それはそうとさ、なんか今日、町全体が甘い匂いしないか……?」


「ん? ふん……。確かになんか風が甘ったるいような……」



 ソウマに言われてクンクンと鼻を動かす希海。

 彼らの教室の窓からそよいでくる夏風は、確かに何か甘さを含んでいる。

 それは生クリームのような……果実のような……。



「大変大変! なんか凄いことになってるよ!?」



 「パフェ的な……?」「アイスみたいでもあるな……」等と匂いの正体を考察する希海とソウマのもとに、ユキが血相を変えて走ってくる。



「なんか町中のお店がドカ盛りスイーツメニュー出してて、しかも凄い量の食べ残しが捨てられてるの!」


「な……!? なにぃ!?」


「しかも作ってる人も、撮って食べてる人も、みんな何かにとり憑かれたような顔してて……なんかおかしいよ!」



 この時、希海は思い当たる節があった。

 つい先日の電脳怪人の一件である。

 町中の信号機を狂わせる怪人がいたのなら、町中のパティシエやスイーツ好きを狂わせる電脳怪人がいても不思議ではないからだ。



『また怪人が出たかもしれない』



 美来にSMSを飛ばす希海。

 そして即つく既読。

 しかし、彼女からの返事はない。



「あいつまだいじけてるのか……」と希海が小言の一つでも言ってやろうかと通話ボタンを押しかけたその時、一枚の画像が送信されてきた。

そこには……。

 絵描き歌のコックのような姿をした怪人の自撮り画像と、その背後で昨日のドカ盛りパフェに氷漬けで拘束され、今まさにディスポーザーで粉砕されようとしているサイバーウィザード・ミライの姿が映っていた。




////////////////////




「うわぁ……やっぱりいる……」



 美来は希海たちが異常に気付くよりもずっと早く、事態を察知していた。

 日がな一日ゲームとSNSで時間を潰している彼女ならではの情報察知力だ。


 「近所の喫茶店が狂ったんだがwww」とか、「めっちゃ映える! タイ焼きタワー!」とか、「駅前のドカ盛り映えスイーツショップ さらに倍盛り!」とか、普段とは明らかにおかしい熱量でつぶやきがが増えていく近隣のトレンドを見た彼女は、一人、そのトレンドの出どころへと向かい、そして、遭遇した。


 駅前のスイーツショップ、それすなわち、昨日希海たちが行った店の電脳に立つ絵描き歌のコック型のような姿をした怪人は、巨大なスイーツを作っては、ディスポーザーへと廃棄を繰り返している。

 そして、そのたびに電脳世界に流れていく、ドカ盛りスイーツとの自撮り画像データたち。



「怪人って……機械だけじゃなくて人間も狂わせるの……?」



 美来はそう呟きながら、昨日希海から送られてきた画像を思い出す。

 そして募る苛立ちをごまかすかのように、彼女は全身に力を込め、駆けだした。



「お前を倒して! 希海をもとに戻す!!」



 盛大な誤解を含み、美来と怪人の戦闘の火ぶたが切って落とされたのだった。

 だが、幕引きは早かった。



「きゃっ!? 何!?」



 怪人へ必殺の光線を放とうとした美来の体が、突然腰まで沈み込んだのだ。

 怪人の周辺は、サイバー生クリームの海に覆われていたのだ。



「バエバエ~」



 怪人が美来に振り返る。

 無表情のその顔は、かえって異様な不気味さを放っていた。



「バエッ!! バエッ!!」


「あう! あぐぁ! うあああ!!」



 怪人は身の丈ほどもあるパレットナイフで美来の体を激しく打ち据える。

 美来は腕で必死にガードをするが、上から、そして左右から飛んでくる激しい乱打を防ぎきることはできない。



「バエッ!!!」


「きゃあああ!!」



 今度はゴムベラで美来の体を掬い上げると、電脳の空中へと放り投げた。



「バーーーーエ!エ!エ!エ!エ!エ!エ!エ!」


「ああああああああああ!!!」



 怪人が吐き出した冷凍クラッシュイチゴマシンガンを全身に受けた美来が悲鳴を上げる。

 彼女の華奢な体がはじけ飛び、パンケーキの並ぶフライパンの上に叩き落とされた。



「あっ! いやああああ!! 熱い! 熱い!!」



 上から降ってきたフライ返しに抑えつけられ、パンケーキと共に焼かれる美来。

 二度、三度とフライパンの上で返された後、怪人の待つ皿の上に放り落された。



「う……くあぁ……」


「バエ~」



 怪人が美来の髪の毛をむんずと掴み、持ち上げる。

 散々に痛めつけられた美来は、それに抵抗する力を残していなかった。

 怪人は「バエバエ~」と言いながら、巨大なサイバーパフェの山に飾り付ける。


 すると、まるで触手のようにサイバーアイスクリームが波打ち、美来の四肢を飲み込んで拘束した。

 パフェの飾りに替えられた美来の体が、アイスから伝わる冷気によって、徐々に、徐々に凍り付いていく。



「ひっ!? 嫌っ……寒い……冷たい……!」



 歯をカチカチと鳴らしながら、氷のオブジェに変えられていく美来。

 体を揺すって逃れようとしても、固められた四肢は動かない。



『また怪人が出たかもしれない』



 不意に、希海からのSMSが着信してきた。



(助けて……助けて……希海……)



 美来はその通知に向かって必死に声を出したが、凍えた口では、彼に伝わる声を発することは叶わない。

 怪人がそのメッセージに合わせ、自撮りをしているのが見えた。



「バエタラ ハイキ」



 怪人の冷酷な処刑宣告と共に、激しい金属音が足元で唸るのを感じる美来。

 そして、その金属音にゆっくりと自分諸共パフェが沈んでいく。

 ガリガリと音を立て、自分が足から削られていくのが分かった。



(嫌……! 嫌っ!! やだやだやだ!! 死にたくない!! 死にたくないよ!! 希海!! 助けて! 助けて!!)



 美来は必死に助けを求めたが、その声が希海に聞こえることはなかった。

 ただ、聞こえなかったからと言って、届かないわけではない。



『美来!! こっちだ!!』



 突然聞こえた希海の声、そして、頭上に感じる温もり。



『美来! 大丈夫か!? 頑張れ! 戻ってこい!』



 不思議なことに、希海の声が聞こえる度、体に力が戻ってくる。



「希…海! んんっ! はあああああああ!!」


 渾身の力を振り絞り、自らを凍てつかせる冷凍データを分解する美来。



「バエナイ!!」



 すかさず再度冷凍しようと、冷気のブレスを放ってくる怪人。

 美来は寸前のところでそれを避け、サイバー世界の上空に見える、希海のスマホへ飛んだ。



////////////////////




「美来! 大丈夫か!?」


「希海ぃ……私……もうダメかと思った……」



 店の前まで走ってきた希海のスマホへと脱出した美来が、氷漬けの体を再生させながら泣きべそをかく。


「一人で無茶するなよな……。まあ、俺にできることは限られてるかもしれないけど……」


「だって私……希海がこの店の怪人に中てられておかしくなっちゃったと思って……」


「俺はそうそうやられないっての……。ただの友達付き合いだよ」


「うぅ……。よかった……」



 しばらくすると美来の体は希海のスマホの中で癒え、削られた足も元通りに修復された。

 二人は行列でごった返す駅前を避け、高架下へと一時撤退した。



「それでどうするよ? あの怪人強かったんだろ?」


「強かった……すごく……」


「前の信号怪人みたいに、弱体化させる方法とか無いかな?」


「……もしかしたら。だけど……」


「ん? なんでも言ってみ。協力するぞ」


「あのね……」



 美来は、この怪人が見せた特性を逆手にとれるかもしれないと希海に打診し、そして、希海はそれを快諾した。



////////////////////



「映えなきゃ……映えなきゃ……」


 駅間のスイーツショップでは、店長兼パティシエの男が、何かにとり憑かれたように生クリームをホイップしていた。



「店長やめてください! 16人分どころか24人分なんて誰も完食できません!」


「映えなければならないんだ! 映えなければ!!」


「店長!! 映えるよりも皆さんに美味しく食べきってもらう方が大事です!」


「違う! 映えなければならないんだ! 見たまえ! 席のお客さんたちを! 食べるよりも映え優先! 味など分かってはくれないんだ!」


「店長!!」



 怪人の毒電波に中てられた店長は、鬼のように巨大なパフェを作り続けている。

 そしてその電波はパフェの画像から神城市のネットに伝搬し、神城市内のあらゆるスイーツショップが、そして客たちがドカ盛り映えの呪いをかけられていた。



「待てーーーーーーい!!」



 突然、店内に響き渡る怒号。

 皆の視線が、その声のする方へ集中する。

 そこには、全身タイツに怒った表情の面をかぶった謎の男がマントをはためかせて仁王立ちしていた。



「ワガハイの名は“スイーツもったいない仮面・怒り”!! みだりなドカ盛りで無用なフードロスを起こさんとする者たちよ! 怒りの鉄槌を食らうがよい!!」



 そう叫ぶと希海……いや、スイーツもったいない仮面・怒りはマントから取り出した強力ゴムバンドでドカ盛りを注文した客たちを椅子に拘束していく。

 あまりの早業に、誰も反応することが出来ない。



「注文したからには全部食う! これ、鉄則!!! 貴様ら今日は完食するまで帰さぬぞ!!」


「いや! 困ります! だってこれテレビの取材で……んぶぅ!?」


「黙れ黙れ! 人命がかかっている! お前たちもだ!!」



 偶然来ていたテレビクルーを筆頭に、完食出来ないにも関わらず巨大メニューを頼んだ人々が、まるでフォアグラを作らされるガチョウのごとくパフェを詰め込まれていく。

 瞬く間に、店内の廃棄見込みはゼロとなった。



「貴様ら! もし食いきれぬ量を頼んでみろ! ワガハイが再び成敗に参るぞ!! フハハハハハハハハ!」



 希海は行列の人々目掛け言い放つと、いかにも怪人といった雰囲気の声を出しながら宙に飛び上がり、その足でドカ盛りにとり憑かれた他の店を駆け巡った。

 瞬く間に、SNSはスイーツもったいない仮面・怒りと、その所業で埋まっていく。

 特にテレビクルーがローカルの人気番組の生中継だったため、その広まりは早かった。


 あまりにも強引なやり方ではあったが、SNSでの反応はなんと良好。

 無用なドカ盛りと、完食できないにもかかわらず注文する者のあり方に疑問を覚えていたものは、少なからずいたらしい。



「バエッ!? バエバエ~!」



 突然、パワーの源である加熱した映え欲の供給が停止し、全身から火花を散らし、狼狽えるコック怪人。

 サイバー世界から人の心に影響を与えるということは、人の心を動かせばダメージ、ないしエネルギー供給の停止が狙えるのではないか、という美来の読みが当たったのだ。

 食品廃棄データの供給も止まり、怪人自慢のサイバーディスポーザーも、その機能を停止する。

 すかさず、美来が攻勢に出た。



「はあああああ!! サイバー・インパルス!!」


「バエエエエエエエエ!!」



 怪人は美来の胸のサイバークリスタルから放たれた光線をバックに自撮りをしつつ、爆散した。




////////////////////




「ママー! あの大きいの食べたい~!」


「あんなに二人で食べられないでしょ! 残したらスイーツもったいない仮面・怒りが来るわよ!」


「やだあああああ!!」


「分かればよろしい。でも今度、お友達と一緒に食べに来ましょうね」


「わーい! やったぁ!」



 そんな話をしながら、希海たちの横を歩いていく親子。

 スイーツもったいない仮面・怒りは、この町に強い教訓を残したらしい。

 ネットでは生放送していたテレビ局のヤラセではないかという説も出ているらしいが、未だその正体は謎のままである。



「凄かったよね! あの怪人!」


「まあな。あんまりフードロスが多いから、誰かが義憤にかられたんだろう」


「でも本当に怪人だったんじゃないかって噂もあるんだぜ。だってアレ50mくらいジャンプして車より早く走ってたっていうんだから」


「マジ? やっべー……。アタシのSNSにアップしてたパフェ画像がごっそり消えてたのもそいつのせいかな?」


「それよりさ! 今日も行かない? ドカ盛りハーフっていうのが出来たんだって! 持ち帰りも始めたらしいよ」



 ユキがスイーツショップを指さしながら言う。

 あの事件以降、あの店は色々と考えた末、人数による注文制限をかけたらしい。

 あくまでも、美味しく食べきれる量で楽しんでもらおうとなったようだ。

 長蛇の列こそなくなったものの、店は繁盛しているらしい。

 希海は自分たちの行いの結果に、胸を撫でおろしたのだった。




////////////////////




「うーわ……。希海が映えバエになった……」


「嫌な言い方すんなよ……」



 希海が買ってきたドカ盛りパフェクォーターサイズに、美来が蔑称を吐く。

 ドカ盛りクォーター……。

 ただの2倍サイズだが、ドカ盛りの看板は外したくなかったらしい。



「まあ、量はともかく旨いから食ってみなよ」


「まあ、飾られたときはおぞましく思えたけど、よく見たら綺麗に作られてるねこれ」


「お前この辺に居たもんな」



 希海が美来が拘束されていた辺りをスプーンで突つこうとすると、美来がそれを制止した。



「その前に、私とツーショットのセルフィー撮ってよ」


「へいへい……」



 二人は角度を変え、位置を変え、大盛りのパフェ相手の自撮りを楽しんだ後、のんびりと午後のスイーツタイムを楽しんだのだった。


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