最終話 C ミライへのノゾミ
「サイバーボルケーノ!!」
「「「グギャアアアアアア!!」」」
美来の胸から噴射した電脳の火炎が、バズラスの一群を焼き尽くす。
その隙に突撃してきた別の一群の攻撃を躱し、美来は希海のスマホへと飛び込む。
「フォームチェンジングコール! スパーク!!」
「了解! スパークフォーム! プットオン!」
「サイバーショット・ナパームストーム!」
今度は黄色いエネルギーを纏った美来が、雷のエネルギー弾丸を高速連射する。
嵐のように吹き荒れた電光の弾丸が晴れた跡に、無謀なバズラスの群れは一匹たりとも残っていなかった。
「美来! 残りの奴らは散らばってるぞ!」
「任せて! フォームチェンジングコール! アクアーーー!!」
「了解! アクアフォーム! プットオン!」
青い光を纏った美来が、その薙刀を電脳の地表に突き立て、両腕を広げて渾身の力を送り込んだ。
「サイバー・タイダルウェーブ!!」
突如として電脳世界に噴き出した電脳海水が、辺りに散ったバズラスを大渦に巻き込んでいく。
一纏めになった敵を美来の薙刀がX字に斬り捌き、敵は一体残らず爆発四散した。
「どうよー! 今更苦戦する私じゃないんだから!」
希海に向かって残心を決めて見せる美来。
彼はその姿に一瞬見惚れたが、即座に周囲を見回し、討ちこぼしが無いことを確認した。
「よし! お疲れ様! バズラス軍団殲滅完了だ!」
「ありがと!」
2人はハイタッチの代わりに熱い視線を交わし合い、そして、希海は小さくなって倒れ伏せるプラズノイドに目線を移した。
美来も希海の視線に合わせ、プラズノイドのいる方を見つめる。
「その子……私のあの記憶を必死で否定してた」
「ん?」
「私はあの日、希海とほんの些細な一言で繋がれたおかげで救われた。それを『ネットハ ヒトヲスクワナイ』 『ソンナコトハ オキナイ』って、何度も、何度も妨害してきてたんだ」
「駄々っ子みたいだな……」
「きっとその子、善良とか、邪悪とかじゃなくて、まだ善悪の区別もつかないような子供なんじゃないかな……?」
「それで、思い込んだままに、人同士が傷つけあうネットを取り上げようとしてた……と」
希海は美来の言い分が、ストンと腑に落ちたのを感じる。
思えば、この生き物は行動も感情も終始単純明快だった。
腹が減れば食う。
助けられれば恩を返す。
弱いものを労わる。
そして、間違っていると思ったことには、自身の総力で立ち向かう
純朴な少年のような、打算を伴わない行動。
このバズラス騒動の元凶とも言える存在ではあるが、希海はその全ての非をプラズノイドに着せて終わる気にはなれなかった。
「バズラスを吐いたのはこの子だけど、バズラスを生み出したのは俺達人間なんだよな……」
プラズノイドは空腹のままに、もしくは誰かを助けようとして、バズリや炎上データを貪り食った。
だが、中には消化することが出来ず、ドロドロの汚泥となって吐き出されたものがあった。
それが、バズラスとなって人間社会を襲った。
あまりに理不尽なバズラスもあったが、人間のネット上での悪意を擬人化したようなバズラスが存在したことは紛れもない事実である。
「ノゾミ……ダメダッタ……プラズノイド……ワルイネット……ナクセナカッタ……」
意識を取り戻したプラズノイドが、希海を見上げて悲しそうに言う。
全く悪びれていない様子だが、彼からすれば、悪意など何もない行動だったのだろう。
「プラズノイド……って名前なんだな? 君たちの種族がどうかは分からないけど、人間はこのままの方がきっといい」
「ドウシテ……?」
「人はネットが有ろうが無かろうが傷つけあうし、ネットの繋がりに救われる人もいる。その繋がりの中で人は生きていく。それは人類が選び続けた道。俺達がこの先、何十年も、何百年もかけて向き合っていく希望と絶望なんだよ」
「ツライコト……ナイホウガイイ」
「辛いことは起きる。でも、繋がりがあれば乗り越えられる……でもその繋がりがまた辛いことを生むことがあって……? でもそういうのも現実なりネットなりで繋がってれば案外平気で……あー……俺説明下手なんだよなぁ……。でも、でもさ、俺達とか、俺達の次の世代とかが、きっともっといい形で繋がれる世界にしていけると思うから、その芽を今摘むような真似をしないでくれないか! もっとよくして行けるから、多分!」
何か良いことを言おうとして、どうにもうまく言葉に出来ないまま、結局強引な論理に持っていく希海。
プラズノイドはそんな様子の彼を見て、柔らかな笑みを浮かべた。
「ワカッタ……ノゾミノイウコト……ワカッタ。ノゾミ ネットヨクスル プラズノイド ナニモシナイ」
微笑みを浮かべ、希海の言い分をかなり簡略化して理解した旨を語るプラズノイド。
希海は一応説得成功したことに安堵し、腰を下ろした。
流石に深夜から街を駆け続け、さらに数十万ボルトの電撃を立て続けに食らったとあっては、息も上がるというものだ。
深呼吸しながら下へ移動した希海の視界に、サラサラと舞い散る黄色い粒子が映る
「お……おい! なんか消えてるぞ!」
その粒子は、プラズノイドの体から噴出していた。
同時に、その体がぼんやりと薄くなっていく。
「プラズノイド……チカラ ナクナッタ キット キエル」
「そんな!」
「ノゾミ プラズノイド ノゾミノセカイ オカシクシタ キット ムクイ」
悲しそうな目をしながら、その体積を減らしていくプラズノイド。
体に蓄積された電気信号の殆どを吐き出したために、現実世界での存在を保てなくなっているのだ。
それに呼応し、段々と暗くなっていく地下の電線メンテナンストンネル。
希海はどこか、電気を補充できるものを探すが、モバイルバッテリーは先ほど握りつぶしてしまっている。
「ノゾミ……プラズノイド……コノセカイデ イッパイタベタ……モウ……イイ……」
「そういうわけにはいかない! せっかく分かり合えたのに、みすみす死なせるわけにはいかないんでね!」
希海が何か電力を探そうと地上に上がると、激しい雨に打たれた。
ゲリラ豪雨である。
例によって、最近の神城市名物、高頻度落雷も発生しており、雷鳴がゴロゴロと鳴り響いていた。
『希海!! 電脳世界の上の方に、何か異常な電気信号が見える!! 何あれ!?』
スマホから聞こえた美来の声に、希海は空を見上げた。
夜が明けたのか、街は随分明るくなっている。
分厚い雲の向こう、朝日の光が……。
「いや違う! 何だアレ!?」
希海はその異様な光景に、声を上げた。
空を白ませていたのは朝日ではなく、空を埋めるほど巨大な、黄色い光の塊だったのだ。
その黄色い光の中、プラズノイドのそれを思わせる顔が、無数にこちらを覗いている。
突如、光の中から、幾重もの雷光が走り、辺りの鉄塔やビル、避雷針に命中した。
「まさか神城市の落雷頻発現象の正体ってアレなのか!?」
「プラズノイド……サガシニキタ……デモ……モウウゴケナイ……」
「そういうアテがあるなら早く言え! ちょっと美来、離れてくれ!」
『え!? ちょっと希海!?』
希海はスマホを放り投げ、作業トンネル内に転がっていた送電ケーブルの束を拝借し、その先端に壊れたモバイルバッテリーを縛ると、思い切り上空へと投げ飛ばした。
フランクリンの雷実験の要領だ。
瞬く間に街のあらゆる建造物の高度を抜いたそれに、狙い違わず雷が命中する。
ケーブルを伝ってきた電撃を、希海は自分の体で中継し、その指先から倒れ伏せるプラズノイド目がけて放った。
それもまた、狙い違わずプラズノイドに命中する。
「アア……ミンナガ……ヨンデル……!」
瞬間、プラズノイドは叫びながら眩く輝き、希海の元へ飛び込んで来たかと思うと、「ノゾミ……アリガトウ……プラズノイド……プラズノイドノ セカイニカエル……」という言葉を残し、遥か上空へ浮かぶプラズノイドたちの元へと飛んで行った。
その瞬間、希海は確かに見た、無数にあったプラズノイドの顔がドロドロと溶け合い、一つの巨大なプラズノイドと化して、彼へ微笑みを向けたのを。
その巨大プラズノイドは、ゆっくりと上空へ、上空へと昇っていき、やがて朝日の光と区別がつかなくなるほど透き通り、消えて行った。
希海は空のプラズノイド達が消え去ったのを確認し、「これで……多分良かったんだろう……」と呟くと、意識を失い、再び暗い作業用トンネルの底へと落ちて行った。
こうして、延べ2カ月に渡った神城市の異常気象騒動、及び、データ連続喪失事件は、呆気ない幕引きとなったのだった。
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「希海! 希海!!」
希海は自分を呼ぶ美来の声で目を覚ました。
その声は妙に高音質で……。
何より、希海の体を包む質量があった。
「希海ぃ……よかった……」
「美来……お前……何でここに……」
「何でって……希海がまたバカみたいな無茶するから……! 希海電撃には滅法弱いくせに無茶苦茶して……! 私……希海が怪我でもして動けなくなってるんじゃないかって……!」
美来は彼女の部屋から飛び出し、希海の元に駆け付けてきたのだ。
暗い地下トンネルに、小さな懐中電灯の明かりと、2人のシルエットが浮かんでいる。
「希海。プラズノイドは?」
「帰って行った……もと居た場所に」
「そっか……」
「あいつ、この世の生き物じゃなかったんだな」
「プラズノイドの世界から見たら、人間の交流は理解できないこと……だったのかなぁ……?」
「まあ……明らかに個と他の区別付いてなさそうな見た目だったしね……」
希海は、群生する巨大プラズノイドの姿を思い出す。
その姿は神々しくもあり、おぞましくもあった。
彼らは個でもあり、同時に、他であった。
故に、同種であるにも関わらず個々が分離し、全く異なる思考の元で争い、いがみ合いながらも、思い合い、愛し合うというのが理解できなかったのかもしれない。
「俺は、例え傷つけあってでも、個として巡り合って、個として愛し合う世界の方が性に合ってるかな」
そう言って、希海は美来の方を抱き寄せる。
美来もまた「不完全で不細工かもしれないけど……その繋がりが私に希望をくれたしね」と言って、腕を希海の肩に回した。
「でもいつかさ……」
希海が美来を優しく抱きしめながら呟く。
「俺達の子孫がまた、プラズノイドと出会ったとき、胸を張って人間の繋がりは醜くないって、あの日、繋がりを絶たれなくて正解だったって、言えたらいいなって思うんだ」
「私達の子孫が生きる世に、希望や理想を持ち続けられるよう、私達が今をもっと良くしていかなきゃね」
美来もまた、希海に負けじと抱き返しながら、応えた。
漆黒の闇に灯った小さな光の中。
2人のシルエットは近づき、時に離れながら、互いへの想いを幾度も幾度も重ね合った。





