最終話 B サルベージ
繰り返す。
繰り返し続ける被虐。
美来は閉ざされた意識の中で、かつての自分を幾度も幾度も追体験していた。
放課後の第4校舎、女子トイレ、時には体育倉庫に夜まで閉じ込められたこともあった。
事の発端は分からない。
希海との仲を快く思わない者、万年成績一位を僻むもの、理由は無いが流行りに乗るがごとく彼女を虐げる者。
美来はそんな、人の風上にも置けない者たちから、人ならざる扱いを受けていた。
希海にも、教員にも話そうとしない彼女に、その行為は年々エスカレートを見せ、ついに中学3年の春、彼女は折れる。
無遅刻無欠席を続けてきた彼女が、初めて学校を休みたいと言った時、母親がひどく驚いた様子だったのを覚えている。
それまでは真面目な優等生をしていた彼女の言葉を重く受け止めたのか、母親は突然不登校になった彼女を責めなかった。
部屋に戻った彼女は、カーテンを閉め、電気を消し、布団を被って声を上げて泣いた。
あんな連中に自分の人生を踏みにじられ、それに敗れた自分が惨めでたまらなかった。
彼女はそのまま意識を失い、次に目覚めた時には、既に深夜の3時。
(それで……。何があったんだっけ……?)
美来はプラズノイド内部の虚空を漂いながら、記憶の欠片を探す。
一瞬、体に力が戻り、意識が微かに覚醒した。
ほぼ分解され尽くしていたコスチュームが自己修復され、彼女の瞳に光が宿る。
だが、その次の瞬間には、無数の黒いデータが彼女に群がり、美来を再び深い眠りへといざなっていく。
まるで、その記憶を取り戻すことを阻害するかのように……。
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「せい!」
希海は駅のロータリーに設営されている大型マンホールをこじ開け、内部に侵入した。
今この街は、触手バズラスの一件で大損害を受けた電柱に代わり、既に着手されていた送電網の地下化が急ピッチで進んでいる。
そして、そのメンテナンス用トンネルの拡張が実施されているらしい。
希海はそんなことを“風車”の店主が言っていたことを思い出したのだ。
その作業用トンネルは、深夜にもかかわらず、眩いほどに、煌々と明かりがついていた。
希海にはその状況が正常なのかどうかは分からないが、少なくとも、その明かりの輝度の異様さは一目で分かる。
希海は意を決して、目が眩むほどの地下空間へ飛び降りて行った。
「結構眩しいな……」
地下には、自分以外の全てが白く見える空間が広がっている。
常時太陽を直視しているのと同等かそれ以上の明るさと言っていいだろう。
希海は目を細め、サイバーグラスでその明かりの向こうに目を凝らす。
「……。……。……美来!!」
そして、見つけた。
愛しい人の姿を。
そのシルエットは時折グニャグニャと崩れ、いつ彼女が消化され、消滅してもおかしくないことを示していた。
「美来……! 今助けるぞ!!」
希海はスマホといつかのモバイルバッテリーを握りしめ、その影の元へと走っていく。
僅かにその距離が離れていくように見えたが、希海の脚力をもってすれば、誤差ですらなかった。
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「美来――― 美来―――」
幾度も繰り返した、被虐の日々。
放課後、希海に貰ったヘアピンをトイレに流され、呆然と立ちつくす美来の元に、自身の名を呼ぶ声が聞こえる。
トイレからこっそりと出てきた彼女へ、「あーいたいた、お前今日寄りたいとこあるって言って……ん? 今朝のヘヤピンどうした……?」という声がかかる。
美来は「ゴメン、ちょっと今日は忙しいから……」と言って、希海に背を向け、逃げるように学校から立ち去った。
(そういえば……これで希海が追って来てくれるのを期待してたんだっけ……)
薄れゆく意識の中で、美来はそんなことを考えていた。
結局希海は追いかけてきてはくれず、その翌日、美来は不登校になるのだが、彼女は未だにその僅か先の記憶を掴めずにいる。
目覚めた夜の闇の中、彼女はスマホを手に取り……何かをした。
その何かとは……
記憶を掴みかけた瞬間、何かを否定するような声が聞こえ、記憶の初めまで引き戻されてしまうのだ。
だが、今回は様子が違った。
「美来―――」「美来―――」という、希海の呼び声が、夜中の自室に聞こえ続けていたのだ。
(希海……? 私……希海に……)
美来は朦朧とする意識の中で、手の中のスマホを見つめる。
記憶の中の美来は、一心不乱にスマホをフリックし、文字を入力しているようだ。
段々と、彼女の視界が晴れてくると、スマホ画面に展開されたSMSのタイムライン上には、希海からの「大丈夫か? どうした?」という一言が見える。
(そうだ……私は……この時……)
美来は、着々と書き上げられていく自分のメッセージに目を移した。
そこに書き連ねられていたのは、希海への告白。
愛のそれではない。
自分が今まで受けたことを、洗いざらい吐き出したのだ。
だが美来は、最後まで書き上げ、送信ボタンを押す段になって、突然躊躇い始める。
事実、その内容と密度は、希海の自分への印象を失墜させるに相応しいものだったし、彼女が意地でも守り通したかった秘密であった。
彼女は、その長文を跡形もなく消した。
そして、代わりにたった一言を送った。
「たすけて」
直後、彼女の部屋の窓ガラスが砕け散り、何かが部屋の中に飛び込んでくる。
その“何か”は美来の姿を認めるや否や、凄い勢いで彼女のもとへ駆け寄り、彼女の体を強く抱きしめると同時に叫んだ。
「「美来!! 助けに来たぞ!!」」
彼女の意識は、完全に覚醒した。
「サイバー……ネクサスインパルス!!」
彼女の胸から放たれた光線が、彼女を封じ込める漆黒の空間を斬り裂き、渦巻いていた無数の黒いデータたちを跡形もなく浄化し尽くしていく。
「ウアアアアアアア!!」
カタコトの悲鳴が彼女の耳に届き、同時に彼女は眩すぎる空間へ放り出された。
「美来!」
「希海!!」
一瞬にしてお互いの存在を確かめ合い、希海はスマホを、美来はその手をつき出す。
希海のスマホに帰還した美来が、「ありがとう希海! 来てくれて、ありがとう!」と泣きそうな声で叫んだ。
「お前が俺を呼んでくれたからな! 俺のことを信じてくれて、頼ってくれてありがとう!」
彼女の言葉の意味を察した希海も、それに応える。
「ウアァァァ……。モウ……オサエラレナイ……! マタミンナ……キズツク……!!」
彼がモバイルバッテリーを握りつぶしながら放った感電張り手によって激しく腹部を圧迫されたプラズノイドは、悶絶しながら膨大な量のデータを滝のように吐き出していく。
希海のスマホの回線も、早々に回復していた。
そして、汚泥のように積み重なったデータの中から、人影が次々と立ち上がってくる。
「美来! 最後の決戦だ! やれるか!?」
「もちろん! この戦い、ここで終わらせるよ! フォームチェンジングコール!! ファイヤー!!」
「了解! ファイヤーフォーム! プットオン!!」
美来は赤く輝く電脳の鎧をまとい、プラズノイドの吐瀉データから生まれ出でた無数のバズラスたちへ、斬り込んでいった。





