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電脳魔法少女 サイバズウィザーズ!  作者: マキザキ


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最終話 A カットアウト




 暗い、暗い、何もない空間。

 ぼんやりと浮かぶ華奢なシルエット。

 美来はプラズノイドの体内に広がる無限空間を漂っている。


 電気信号を摂食するその生物の体内では、彼女もまた、数多のデータと同じ、消化を待つ食物のひとつ。

 今はまだ、美来を電脳魔法少女たらしめる何らかの力が彼女の消化を妨げてはいるものの、ドロドロに溶けた負の感情渦巻くデータに沈むうち、美来は自他の境界が曖昧になり、意識が混濁していくのを感じる。

 夢現の狭間で漂う彼女の眼前に、見覚えのある廊下が見えた。



「痛い……痛い……! 髪引っ張らないで……」


「何調子に乗ってるわけ? 三笠川くんに近づくなって言ってんじゃん」


「マユミが狙ってるの知ってるわけっしょ? 何でベタベタしてるわけ?」



 美来の黒髪を引っ張り、2人の少女が人気のない第4校舎の廊下を歩いていく。

 彼女達はトイレに美来を連れ込み、湿った床に投げ倒した。

 そしてそのまま、用具箱に転がっていたモップで彼女の顔面を張り倒す。



「っくはぁ! げほっ……ゲホゲホ……」



 嗚咽を漏らす美来に、容赦のない蹴りが飛ぶ。



「ちょっと勉強できるくらいで調子に乗ってない? アンタなんかがマユミに逆らっていいわけないじゃん」


「知らない……! 誰が希海のことを好きだろうが……私は……痛っ!!」


「アンタにウロチョロされるとアタシらがマユミにウダウダ言われるんだわ」



 反抗する美来の手を勢いよく踏みつける少女の片割れ。

 美来の爪が割れ、血が床に滴る。

 少女は「うーわ汚っ……」と言って、上履きに付いた血を床で拭う。



(そうだ……私は……こうやって……)



 美来はその様子を、虐げられる美来の中から見ていた。

 殴られ、蹴られ、教科書や筆記具を隠され、持ち物に落書きをされ、時に砂や汚水をかけられ……。

 彼女は今、中学時代受けたいじめを追体験しているようだった。



「あれー……こっちで見かけたって言ってたんだけどな」



 ふと、美来の耳に、聞きなれた声が届く。

 希海が彼女を探しに来たのだ。

 美来は希海に助けを求めようとするが、声は出ない。

 いや、過去の彼女が口をつぐんでいるのだ。


 声を上げれば、さらに過激な苛めが待っている……などという不安ではない。

 美来は恐れたのだ。

 彼に自分の惨めな姿を見られることを。


 希海の前では、自分は頭脳明晰で、コミュ力抜群で、友達も多くてクラスの上位カーストで……と、取り繕っている。

 希海は彼女の言葉を素直に信じ、尊敬のまなざしを向けていた。

 もしそれが嘘だと知られたら、きっと希海は幻滅し、自分を軽蔑するだろう。

 その恐れが、彼女から声を奪っていた。



(違う……。希海は……希海はそんなことで幻滅したりしない! 後で知った方が……希海はもっと深く傷つくのに……!)



 しかし、過去の美来は頑なにそれを拒んだ。

 少女コンビはそれ幸いと、トイレから出ていくと「あっ三笠川くん!」「ちょっとマユミが呼んでたよ!」と、希海を校舎の外へ誘導していく。

 「いや……それはそうとして、美来……神有月見てない?」という声が、徐々に遠ざかっていく。



 美来は、トイレにしゃがみ込み、声を殺して泣いた。




////////////////////




「美来……どこにいるんだ美来……!」



 希海は白み始めた空をバックに、ビル街の上を跳ぶ。

 美来の活躍により、あの生き物には電脳世界からの攻撃が効くこと、そして、攻撃により体内からデータを吐き出すことが判明した。

 ならば、希海にも考えはある。

 だが、プラズノイドの姿も、その中に囚われているであろう美来のシルエットさえも捉えることが出来ない。

 まさかもう、あの体内で消化されてしまったのだろうか、そんな予感を必死で振り払い、彼は一層目を凝らす。


 プラズノイドはこれまでも、幾度となく希海の目を逃れて消えた。

 彼の身体能力を持ってすら追いつくことが出来ないとあれば、よほど足が速いのか。

 しかし、少なくとも彼が見ている範囲で、あの生物が高い身体能力を発揮したことはない。

 むしろ、鈍重な部類とさえ思えた。



「美来……絶対助ける……! 助けたいが……!」



 希海は街の空中を駆けながら、己の無力さに歯を食いしばる。

 所詮、自分はこの戦いでは終始脇役であった。

 自分にも美来のような力があればと、何度思ったことか分からない。

 しかし、それでも美来は自分を必要としてくれた。

 彼女の思いに応えることも出来ないまま、こんな形でこの戦いが、そして、美来と歩む人生が終わるのは、絶対に御免だった。



 突然、彼のサイバーグラスに「ノゾミノオトウト ネットニコロサレテル ドウシテカバウ?」という、電気信号が送り込まれる。



「……プラズノイドとか言ったな! なぜこんなことをする! 美来を返せ!」


「ニンゲン ネットヲツカッテ キズツケアウ ウマレタテノニンゲン ゼンリョウ ネットニフレナケレバ ニンゲンミナゼンリョウ」


「そんなわけがあるか! ネットに触れなくても悪事を働く人はいる!」


「デモ ネットナクテモ ニンゲンイキラレル ソウイウジダイアッタ」


「無茶苦茶言うな! 人間が今更そんな逆行出来るわけないだろ!」


「コレカラソダツコドモ ネットニフレナイ ネットナクテモ イキラレル セダイクル ノゾミ ソノセダイ ゼンリョウニソダテル」


「コレデ ノゾミノオトウトミタイナコドモ モウデナイ」



 「何を言って……」と言いかけた希海を無視し、電気信号は途切れた。

 どうやら、ネット接続を消滅させ、それがない世界で赤子を善良に育てろと言っているらしい。

 あまりにも意味不明な要求である。


 希海はプラズノイドの言った、彼の弟のような例を生まないという言葉を、脳内で反芻する。

 彼の弟は、ネットいじめの果てに、自ら命を絶った。

 目に見えない暴力に、傷に、第三者が気付くことは難しい。

 特に被害者が、気づかれまいと虚勢を張っていたのなら尚更だ。

 彼の血を分けた弟は、目に見えぬ凶器によって殺されたのだ。


 もし、弟の死の直後に同じことを言われたのなら、彼はプラズノイドに賛同していただろう。

 だが、今の彼は美来との戦いの中で、異なる境地を得ていた。



「……違うよ」



 希海はビルの屋上に降り立ち、ポツリと呟く。



「お前が奪ったのは、人間の心を映す鏡……繋がりの一つの形に過ぎない。人はネットが無くても傷つけあうし、逆にネットがあっても慈しみ合える。お前の独善的な考えで……人々の繋がりを消させはしない! 俺と美来の繋がりもな!!」



 希海は再び街に降り立ち、今度は路面からプラズノイドの影を探す。

 ふと、目を皿のようにして駆け回る彼の目に一枚の看板が映る。

 希海は一瞬思考を巡らせた後、先ほど小競り合いが起きた駅前へと取って返していった。

 その看板には「電線地中化工事中」と、書かれていた。


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