第10話 B 悲しみの大炎上
「私は悪くない」
「何をやっても泣き止まないのが悪い」
「恋愛の邪魔だった」
大量に飲酒でもしたのか、それとも危険な薬物でもやっているのか、ろれつの回らない声で、女は聞くに堪えない自己弁護を繰り返す。
視聴者には所謂“特定班”も数多くおり、既に女がネット上に残した足跡から、かのロッカー死体遺棄事件の犯人は、ほぼ彼女だと断定している。
噂が噂を呼び、凄い勢いで炎上、拡散していく配信。
だが、あるタイミングを境に、配信が途切れたり、その配信への書き込みや、彼女のSNSへの返信が次々に消え始める。
しかし、加熱した炎上は、その程度で消えはしない。
火消しだ何だと、ますます燃え上がっていく。
「まずい……始まったぞ!」
「分かってる!! スパークショット!!」
女が配信を行っているラブホテルの元へ向かった希海と美来が、その配信を阻止すべく、電脳世界から妨害を行ったのだが、時既に遅し、バズラス出現の予兆が始まっていた。
こんな下劣極まりない事件と配信にまつわる炎上から生まれたバズラスなど、何をしでかすか分からない。
何としても早期の発見、撃破をする必要があるのだ。
「見えた!! サイバー・サンダー!!」
彼女の携帯端末を覆っていた炎上データの激流が緩まった瞬間を、スパークフォームの電撃光線が撃ち抜く。
女の端末の電源が落ち、その配信もまた、完全に途切れた。
火種となる情報源が絶たれると、データの消滅速度が延焼の速度を上回り、瞬く間に鎮火に向かっていく。
「希海! とりあえず配信は切った! バズラスはまだ出てないみたい!!」
「ナイス! 流石にここに踏み込むのは無理だが……。警察が回り張ってるから身柄確保は時間の問題じゃないか?」
「オッケー! じゃあ私達はバズラス出現に備えて待機しよっ!」
「俺午後の授業あるんだが……まあ致し方ないか……」
希海はラブホテルの屋上に立っている巨大な看板の上にひとっ飛びすると、そこからサイバーグラスで街を見下ろした。
夏本番を迎えつつある昼下がりの街は、平和な喧騒に包まれている。
ここなら、バズラスが出現する瞬間を見ることが出来るかもしれない。
未だ、その出現プロセスが明らかではないバズラスだが、それを解き明かすことが出来れば、先手を打って動くことができるだろう。
神城市にしか出現しない電脳怪人。
その発生原因は、確実にこの街にあるのだ。
希海は優れた視力をフル活用し、町をくまなく眺める。
「バズラスもだけど、赤ちゃんの幽霊も気になるよね……」
「ああ。あと、あの黄色いのも、やっぱりバズラスに関係してるっぽいしなぁ……。ん!?」
「どうしたの希海!?」
突然声を上げた希海。
視線の先には、随分大きくなった件の黄色い生き物。
そして、その上に乗っている、あの赤子の霊がいた。
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突然、巡回中の警官が倒れた。
助け起こそうとした警官も、膝から崩れ落ちるように倒れる。
パトカーのサイレンが滅茶苦茶な音量で鳴りだし、希海たちのいる看板も電飾が激しく明滅を始めた。
明らかに、あの赤子の霊と黄色い生き物が悪事を働いている。
希海は「やめるんだ!!」と叫び、その行為を止めるべく、屋上から飛び降りた。
「君の無念は法が捌く! どうか安らかに眠ってくれ!」
希海は手を合わせ、赤子の霊の冥福を祈る。
だが、その霊は何食わぬ様子で、ラブホテルに籠る母の元へ行くよう、黄色い生物にお願いをしている様子だ。
「コノコ…… ワルクナイ…… ジャマヲスルノ…… ワルイ……!!」
「なんだと……?」
「カワイソウ……カワイソウ……」
黄色い生物は一瞬恐ろしい苦悶の表情を見せた後、赤子の霊を慈しむように抱き寄せた。
「それは分かる! だけど! 哀れな赤ちゃんに母親を取り殺すような真似をさせたくはないんだ!」
「ナニモ……ワカッテナイ!! ナニモ……ナニモ……ナニモ!! ノゾミ……ワカラナイ……キエル!!」
「希海! 後ろ!!」
美来が叫んだ時にはもう遅かった。
近隣の工事現場に置かれていたロードローラーが、ショベルカーが、ブルドーザーが、そして大型クレーン車が、無人のまま動き出し、希海を引き潰そうとしていたのだ。
彼が気づいた直後には、その体はブルドーザーに押し倒されていた。
その上に重機が次々圧し掛かり、さらに、洩れ出た燃料に引火して激しい炎が上がる。。
咄嗟に投げ捨てられたスマホの中から「希海―――!!」という声が響いた。
「マ……マ……」
「モウスグ……アエル……」
悲鳴と爆音の向こうから、そんな声が微かに聞こえた。





