第10話 A 夜道のメンタルブレイカー
「お前そこはちゃんと学校来いよ……。こう……俺と手繋いでさ、みんなの注目浴びながら校門くぐろうよ……」
「出来るわけないでしょこのド変態! 冷静に考えたらあの告白死ぬほど気持ち悪いからね!」
「え、嫌だった?」
「嫌じゃない。好き」
夜の町を並んで散歩する希海と美来。
ただ、相変わらず美来は電脳世界の住民だ。
一応夏休み明けの引きこもり卒業を目指して、家から学校までの道を毎晩散歩するようになったのは、ある程度の進歩だろう。
「夏休みが明けたら、私達こうやって、並んで登校するんだよね」
「ああ。卒業まで毎日な」
「……こっそり匂いとか嗅ぐわけ?」
「いや、これからは大っぴらに嗅ぐ」
「あきれた……」
あの生放送事件以降。
クラス内での希海の扱いは確実に変わった。
特に分かりやすいところでは、女子人気は劇的に下がり、男子人気が爆上がりしたのだ。
恋心を秘めていた女子勢はさーっと引いていき、友人として接していた者たちも、あのカミングアウトは相当響いたらしく、明らかに距離を置いている。
ユキは平静を装ってこれまで通りの関係性を維持しているものの、無理をしている感は否めない。
逆に、男子からはその性癖やこれまでの所業に対する理解の声が集まり、「公開性癖カミングアウトのち、生放送ックスの漢」として賞賛されている始末だ。
ちなみに、ミコト&ユウイチのバカップルとの距離はやたらと縮まった。
ただ、生徒主任の教員に呼び出しを食らい、1時間余りの風紀指導と1週間の謹慎を言い渡されたので、多分、生徒会長等になるのはもう無理だろう。
周りが勝手に候補とあげつらっていただけで、希海にはそういう意思はなかったのだが、担任教師はそれに関して真面目に落ち込んでいたらしい。
「なんかさ、この事件が無かったら、私達くっついてなかったかもね」
「まあ、少なくともあんな告白はしなかっただろうな」
電脳と現実の二つの世界から校舎をながめ、身を寄せ合う2人。
物理的に手は繋げないが、希海の握るスマホのゲートを、美来も電脳世界から掴む。
なんとなく、残暑のなか、「暑いねー」「なー」などと言いながら、手をつないで登校する自分たちの姿が想像できた。
それを学校の皆が、羨望や嫉妬、軽蔑や敬愛など色々な感情で見つめるのだ。
悪目立ちしたことは否めないが、美来とてそういう状況下で颯爽と登校するキャラクターに憧れたことがないわけではない。
彼女も、自分の口元が少し緩むのを感じていた。
「いやああああああああ!! 助けて!! 殺される! とり殺されるのおおお!!」
2人の静かな時間は、横合いから走ってきて倒れ伏した、ヤンキー感あふれる女性の叫びに妨げられた。
しかし、希海は怒る間もなく、即座にその女性を背中に庇うように立ち、追手への臨戦態勢をとる。
美来は一瞬ムッとしたが、電脳世界から見える携帯端末の動きを確認し、追手の存在を探る。
だが、美来の目にも、希海のサイバーグラスにも、敵の姿は見えない。
「いやあああああ!! 来てる! 来てるうううう!!」
化粧をグズグズに崩しながら泣き叫ぶ女性。
『希海! この人見るからにヤバい草とか吸ってるよ!絶対!』
「いや見た目で人を判断したら駄目だろ……。やってそうではあるけど……」
腰を抜かして叫ぶ女性を尻目に、言いたい放題の2人。
その視界に、2つの強力な電子機器が映った。
希海と美来に緊張が走る。
だが、闇の向こうから現れたのは、2人組の警察官だった。
「発見しました!」と、その電子機器に向かって話しかけると、比較的近距離から「了解。急行する」という音声データが飛んできた。
どうやらその機器は、警察無線だったらしい。
「あ! あああああ!! 後ろに! 後ろにいいいい!!」
女性は警察官の背後を指さしながら叫ぶと、這う這うの体で逃げ出そうとする。
その後を追おうとする警察官達だが、突然意識を失ってバタバタと倒れた。
『え!?』と、美来が素っ頓狂な声を上げ、『希海! 2人に何があったの!?』と叫ぶ。
だが、希海は言葉を失ったかのように、夜道の1点を見つめて立ちすくんでいた。
それもそのはずだ。
彼の目には、こちらへヨチヨチと這ってくる、血涙を流した赤子の姿が映っていたのだから。
「マ……マ……」
赤子は、はっきりとそう言った。
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「うへぇ……神城駅のロッカーで乳幼児の遺体発見だって……」
「ひでえことする奴がいるもんだな……」
「許せんっス! 悪魔にも劣る奴っス!! 祟り殺されるべきっス!」
「………」
翌日の学校の食堂。
朝のニュースが話題になっていた。
容疑者は不明とのことだが、希海はその心当たりが大いにあった。
あまりの衝撃的光景に取り逃がしてしまったのだが……。
(希海がお化けに弱いとか……意外だった)
(あんなの見て平静保てる奴いねぇだろ……)
そう。
希海はその光景を前に、全く動けず、女を追う赤子の霊を見送ってしまったのだ。
幸運にも、その赤子が何かをしてくるでもなかったが、ビジュアルの恐ろしさは、彼がそれまでに見たあらゆるホラー映画の数段上を行っていた。
「ノゾミさんはどう思うっスか! 赤ちゃんは愛と希望の結晶っスよ! それを殺めるなんてとんでもない悪人っスよ!」
「あ……ああ。ろくでもない母親もいたもんだな……」
「え? 犯人母親なの?」
「いや……不明だって出てるけど……」
「あ! いや、ちょっと他の事件と混同してたかも!」
「でも……この手の死体遺棄事件ってさ、親が犯人なこと、多いよね……」
ユキの言葉に、皆の手が止まる。
「もしお母さんやお父さんだとしたら……。人間じゃないと思うっス……! 冷血非道のモンスターっス!」
愛に熱い女、ミコトが怒りに震える中、希海は昨日の女のことを思い出していた。
仮に彼女が犯人ならば、とんでもない下衆に間違いはない。
だが、少なくとも、血の通わない人間のリアクションでは決してなかった。
何かが起きたのかもしれない。
希海が彼特有のお人好しな判断を下そうとした時、ソウマが「うっへぇ……これ犯人じゃねぇの!?」と、声を上げた。
彼がテーブルに置いたスマホの画面には、呆けたような表情で言い訳がましい配信をする、あの女の姿が映っていた。
そして、その配信は、恐ろしいほど炎上していた。





