第9話 D スパダリバーンアウト!
(苦しい。私の中で、黒い何かが蠢いてる……)
(苦しい。私の中で、それが暴れてる……)
(苦しい。私の胸から、黒い何かが噴き出してる……)
美来は半覚醒状態で、バズラスの一部になっていた。
自分の下の方から登ってきた言葉が、胸の中でどす黒い何かに変異させられ、刺々しい痛みを伴って胸から飛び出していく。
その苦痛と、美来は戦っていた。
ふと、激しい熱を持ったデータが、自分の中に入ってくる。
そのあまりの熱量に、彼女の体を縛る茎たちが一瞬緩んだほどだ。
熱い熱いそのデータから聞こえてくる声に、美来は耳を澄ませる。
「美来! 聞こえるか!? 今から俺はお前に大事な話がある!」
希海の声。
美来はそれに応えようとするが、声が出ない。
代わりに、自分の口から、自分ではない声が放たれた。
「キキタクナイ ハナシカケナイデ」
(違う! 希海! 私は……!)
「ノゾミッテ ムシンケイダシ ショウジキウットウシイカラ」
(やだ!! こんなこと言いたくないのに!)
またしても希海を傷つけてしまうと、美来は必死で抵抗するが、あふれ出る言葉を全く抑えることが出来ない。
「いーや!断る!! 何としても聞いてもらうぞ! 美来!! 俺は!! お前が!! 好きだ!!」
突然叫ばれる愛。
凄まじい熱量を帯びたデータが美来に流れ込み、体中に力がよみがえってくる。
だが、魂だけの彼女には、敵の体内から脱出するだけの力を得られない。
その代わり、体内で変換された黒いデータが、再び吐き出される。
「キライ ノゾミッテ ダレニデモ ソウイウコト イウ」
だが、美来は自分ではない自分が言った言葉を否定できなかった。
事実、希海は誰に対しても優しいし、誰にでも好き好き言ってそうな印象はあった。
「そりゃ多少は言うが! 恋愛感情を持って言ってるのはお前だけだ! 美来! 俺はお前のことが好きだ!」
「デモ イッカイモ ソウイウソブリ ミセナカッタ」
「ぐっ……」
言い淀む希海。
その様子に、美来は罪悪感と共に、どこか失望を覚えていた。
やはり、希海は自分を助け出すために、この場限りの感情をでっちあげているのだと。
もういっそ、胸の中で暴れる黒い衝動に身を任せてしまいたいとさえ思った。
その瞬間、どす黒い感情が彼女の胸で燃え上がる。
「ノゾミハ チュウガクノ イッケンデ ザイアクカン モッテ ツキアッテル ダケデショ」
「マイニチ ワタシノイエ クルノモ イヤダッテ オモッテルデショ」
「イマノカツドウダッテ ナイシン メンドウダッテ オモッテルデショ」
「ホンメイハ ユキッテ ヒトナンデショ」
美来の黒い感情にシンクロするかのように、敵の口撃が激しくなる。
同時に、町中のカップルのいざこざが、すごい勢いで拡大、加熱していく。
それどころか、片思いや、フラれた者や、挙句ストーカーまでもが感情を刺激され、いたるところで警察沙汰が発生している。
美来は敵の視線を通じてそれらを見ながら、自分の心が冷め切っていくのを感じていた。
この活動の中で、希海と絆が深まり、自分のことを見直した彼といい雰囲気になってそのまま……等と考えていた美来からすれば、彼の心が自分に向いていない時点で、もう何もする意味がない。
決して正義感がないわけではないが、希海との繋がりに比べれば、遥か下の優先順位であった。
このまま、希海とユキって子の関係も壊れてしまえばいいのに。
希海の声に怯んでいた根や茎が、美来の全身を覆っていく。
「希海の馬鹿……」と、小さく呟いた美来の中に、再び高熱のデータが流れ込んできた。
あわや敵に完全に取り込まれかけ、消滅寸前だった彼女の意識が、再び揺り戻される。
「だったら……全部洗いざらい話してやる……!!」
希海の声が、美来の耳元に届いた。
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「おいおいノゾミ何やってんの!?」
「えっ! えっ!? 思いを伝えるって……えっ!?」
「告白ライブだ!!」
「え……これ拡散した方がいいやつっスか!? いいやつっスよね!?」
「この間表彰されてた人じゃん!」
希海の生配信のコメント欄は大混乱だ。
所謂リア充グループに属する彼は、友人が多い。
友人たちもまた、友人が多い。
瞬く間に視聴者は50人、100人、300人と増え、その後も着々と増加を続ける。
それに羞恥心を覚えられるほど、今の希海に余裕はない。
大衆監視のもと、希海は次々と、美来への思いをぶちまけた。
だが、彼女の裏アカウントから返ってくるのは、心無い言葉ばかり。
「一度もそういう素振り見せなかった」と返されて一瞬怯んでしまった隙を突かれ、猛烈なフラれワードラッシュを食らってしまう希海。
「ノゾミ! 何でそこで言いよどむ!!」
「えっ! ミライって……誰なの!?」
「そんなの愛情の裏返しっス!! 押せっス! 押して押してオセッセっス!!!」
「いやミコトそういう下品なネタは……」
と、仲間たちからの声援やら、困惑やらがコメントラインを流れていく。
希海はそれを眺め、公開していることを心底公開した。
それは照れからくるものではない。
視聴者ドン引きモノの気持ちの悪いことを、彼は抱えていたのだから……。
しかし、徐々に血色が悪くなっていく美来の抜け殻を前にして、そんな甘いことは考えていられない。
希海は全身を走る悪寒を抑え込み、大きく息を吸った。
「だったら……全部洗いざらい話してやる!!」
「いいか! 俺は確かにお前にそういうアピールはしてこなかった!」
「そりゃそうだろう! 中学の時いじめ受けてたお前を助けてあげられなかったのに、好き好きアピールするとか虫が良すぎるだろ!」
「ていうかそんなことがあった後で、お前が俺のことを好きでいてくれるかどうか不安で不安でしょうがなかった!」
「だから、せめてお前から必要とされる存在でありたかった!! だから毎日お前にノート持って行ったし、今の活動でお前に必要とされて嬉しかった!」
「なにより、あの黄色いのより俺がいいって言われたときは、内心ガッツポーズだったさ!!」
「ついでに言っとくぞ! 俺は小学校の頃からお前が好きだった! お前と一緒の学校行けるように死ぬほど努力した! 学校のプールではお前の水着姿無茶苦茶見てたし! それを……ちょっと使った……!! 体育の後のお前の匂いとかめっちゃ嗅いでたし、運動会帰りにお前おんぶして帰った時は多幸感で絶頂モノだった!! お前とのツーショット写真枕元と枕の下に常備してるし! お前がくれたものは全部机の中に保管してる!! それと、俺がお前の部屋をノックせず入ってたのは、お前の着替えとかに遭遇出来たらラッキーみたいなクソスケベ心があったからだし、お前の部屋に泊まったときは、実はゴム買って行ってた! それに何より!! この間の一件でお前がヤキモチ妬いてるって分かって、今結構興奮を覚えてる!! 俺はそれくらいお前のことが好きだ! もっと進んだ関係になりたいし! ずっと一緒にいてほしいし! 誰よりも、何よりもお前のことを愛してる!!」
騒然とするコメント欄。
「ええ……」「ちょっと重厚すぎてて引く……」など、ドン引きする者が大多数だが、一部「素晴らしいっス……私の彼もこれくらいっスけど……」「えっ!?」という、彼の感情を湛える声もある。
「ねえ……。ほんと?」
美来の声が、彼の言葉に応えた。
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「希海!! 熱い……熱いよ希海!!」
体の中で燃え滾るエネルギーによって、完全に覚醒した美来。
全身を拘束する根や茎をバチバチと粉砕し、敵の体内から脱出する。
その瞬間、体がドッと重くなり、視界が転回した。
囚われていた彼女の魂は、あるべき場所へ戻って来たのだ。
「ねえ……ほんと?」
「もちろんだ! 正直お前がいなくなったら死んでしまいそうなくらいには、俺はお前に精神的な依存してきた! 神有月美来!! 俺と、付き合ってください!!!」
「喜んで!!!」
美来は勢いよく立ち上がり、立ち眩みでふらつきながら、希海めがけて飛び込んだ。
希海はそれを抱き締め、彼女の勢いに任せて、後ろに倒れ込む。
「希海の馬鹿!! ん! こんな恥ずかしいド変態カミングアウトしちゃって馬鹿じゃないの!? ん!」
「バカはお前だ! ん……。 今更人の好意スルーして嫉妬して! ん……」
変態バカップルと化した二人は、生配信を切ることもなく、熱烈なキスを交わす。
交わす。
交わして交わして交わしまくる。
「はぁ……はぁ……行けるか……美来!」
「うん! やろう! 希海!!」
2人は配信終了ボタンを押すと、勢いよく立ち上がり、よろけてベッドに倒れ込みながらも、美来はPCモニターへ、希海は窓から飛び出してバズラスのいる現場の電脳付近へと走った。
ところで生配信には、終了してから僅かなラグがある。
希海の配信は、よりによって二人がベッドにダイブしたところで途切れていた。
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「アイガ! アイガオモイィィィィィィィ!!」
美来を失ったバズラスは、全身から火花を散らしつつ、のたうち回っていた。
敵の作り出した邪悪なバズを上回る勢いで希海の愛を叫ぶ生配信がバズったため、それによるスリップダメージを受けているのだ。
見れば、町中で争っていたカップルも、今や路上でイチャつきまくっている。
「アンタは結果的に愛のキューピッドかもしれないけど! 私を悪行に利用したのは許さないから!! フォームチェンジングコール!! ファイヤー!!」
「了解!! ファイヤーフォーム!! プット! オン!!」
「ボルケーノ!! スラッシュ!!」
スマホから飛び出した美来の爆炎斬撃が、巨大なバズラスの体を切り裂いた。
データを取り込み、再生を試みるバズラスだったが、断面から燃え上がった火炎が、それを許さず、その全身を瞬く間に焼き尽くした。
「燃え上がった愛の炎は」
「悪の花を焼き尽くす!」
2人は爆炎を背景に、同じポーズで残心を決めた。
「そうだ……あの黄色いのは……」
希海は急ぐあまり置き去りにしてしまった黄色い生き物を思い出し、視界を巡らせたが、その姿を捉えることはできなかった。





