第1話 A 戦うネットリテラシー!
「サイバズダイブ!」
美来の叫びに呼応し、PCモニターが眩く光る。
光は彼女の華奢な体を包み込み、モニターの中へと吸い寄せていく。
やがて光は人型となり、どこかで見たことのあるポーズをとった魔法少女の姿を形作る。
「サイバーウィザード・ミライ! ……。エッチなバズり、許しま……違うか……」
「何がしたいんだ何が……」
首を傾げながら、ポーズや掛け声を考える美来。
突然彼女の体に宿った変身、サイバーダイブ能力。
彼女は戸惑いながらも、その変身能力の勝手を掴み始めていた。
まあ、先ほどからこの調子で、変身、サイバーダイブより先に進んでいないわけだが……。
「希海も何ボーっとしてるの!? 私が電脳魔法少女なら、あなたはサポーターなのよ! チップとかスロットインしないと!」
「テンション高すぎるだろ……」
ボルテージが上がり過ぎ、裏返ったような声で迫る美来に、希海はもう戸惑いさえ抱いていない。
最早幼馴染の性癖に付き合わされているだけだ。
「それで? サイバーウィザードさんは何が出来るんで?」
「なによ……つれないわね。えーっと……とりあえず私の部屋型の世界にいるのは分かるよ。これは……エアコンかな? 冷気が出てる……えい!!」
美来が画面の中で手を前に突き出すと、彼女の部屋のエアコンが唸りを上げて冷気の強風を噴き出し始めた。
「うわ! 冷たい!!」と声を上げる希海。
その様子に美来は目を輝かせた。
「え! 凄い凄い! 私今電脳世界から現実世界を操作してる! えい! えい!」
「うわ! 目痛っ! 熱っ!?」
今度はテレビが凄まじい勢いで明滅し、電気ポットが熱湯を噴き出した。
「あははは!! どうどう!? これがサイバーウィザード・ミライ様の力よ! これまでの非礼を詫びなさい! って……あっ!?」
希海は無言でPCの主電源を落とした。
同時に、美来の声も消える。
……。
「あっはっはっは! 無駄よ! 今の私は電脳魔法少女! こんなことも出来るわけ!」
かと思いきや、今度は希海のスマホに現れ、「うーわ……希海SNS何もやってないの!? ていうかSMSのフレンドゼロ!?」などと喚き散らす。
希海は慌てず騒がず、スマホを機内モードにした。
「えっ!? ちょっと出口無くなってる! いやああああああ! 私閉所嫌いいい!! あっ! 画面消さないで! やだあああああ!」
画面を消すと、美来の声は聞こえなくなった。
………。
……。
そのまま数分置き、希海は彼女のPCの電源を入れなおし、スマホの機内モードを解いてやった。
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「怖かった! 怖かったよおおおお!」
無事電脳空間からの脱出に成功した美来が、希海の腰に縋りついて泣く。
「仮にも魔法少女名乗るなら、せめてその力は正義のために使おうな」
「すん……すん……分かった……。そうする……」
希海が頭を撫でていると、だいぶ落ち着いてきたようで、美来は彼の腰を離した。
やがて、自分の手のひらとPCのモニターを交互に見つめ、むーむーと唸り出した。
「正義……正義かぁ……」
「ん?」
「例えば、私がさっき見つけた、バズリに偽装したステマ書き込みを削除するのは正義?」
「正義じゃないだろ。そもそもお前の主観じゃんか」
「いやいやいや! “変な光り方をする信号機“とか、絶対観光目的のヤラセだって! あ! じゃあさ、じゃあさ! 希海のスマホに入って、テストでカンニ……」
「絶対だめ」
「え~! じゃあ何しろっていうの~? 怪人でも現れない限り力の持ち腐れじゃない!」
「持ち腐れた方がいい力だろ……。ああ、まあ、どっかの裏SMSなり裏アカウントなりで傷つけられて、自殺でも考えてるような人がいたら……それを助けてあげてほしいかな」
「希海……。」
「あ、ごめん、しんみりさせるつもりはなかったんだが……。あと他にもさ、電子機器の障害で困ってる人がいたら、それを助ける とかでもいいと思うよ」
「例えばアレみたいに?」
美来が指差した先には、「神崎市内で大規模な交通障害 信号機のシステム不具合か」というニュース速報が点滅していた。
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「サイバーウィザード・ミライちゃんにお任せあれ!よ」
そう言って美来が電脳空間の向こうへ走って行ってから数分が経つ。
未だ、交通障害解消のニュースは無い。
「あいつ大丈夫かな……」と、希海が不安を覚えた頃、彼のスマホにSMS着信が入った。
そこには、登録した覚えのない「サイバーウィザード・ミライ」という名前が光っている。
「あいつ人のスマホ好き勝手してくれちゃってまあ……。SMS嫌いだって言ってんのに……」
そんなボヤキを吐きつつ、希海が通話を開始すると、電話口から耳をつんざく悲鳴が入ってきた。
「希海―――!! 助っ……助けて! ヤダヤダヤダ死にたくない! いやあああああああ!!」
「おい!? どうした!?」
「私の体が……体の動きが……! 嫌っ……いやああああああ!!」
まるで一時停止ボタンを押したかのようにブツリと消える声。
そして同時に響く、高速道路のような騒音と、何かが弾き飛ばされるような音。
希海は一瞬唖然としたが、メッセージ欄に飛んできていた位置情報を確認し、部屋の窓から飛び出した。
奇しくもその場所は、美来が不満を訴えていた、あの、“変な光り方をする信号機”の交差点だった。