第8話 C 死を呼ぶビッグウェーブ!
異変は突然始まった。
第一の犠牲者は、26歳のサラリーマンだった。
これは神城駅ホームにて、突然フラフラと身を乗り出した彼は、そのまま快速電車に飛び込み、全身を強く打ち、その後死亡が確認された。
第二の犠牲者は、50代の女性ベテラン中学教師。
退勤後、車で帰宅中に突然急ハンドルを切り、高架の橋脚に衝突。
大破炎上した車の中から救出されたものの、2時間後に死亡。
第三の犠牲者は、20代男子大学生。
ゼミの日に現れなかったことを不審に思った同級生が男子学生の部屋を訪れたところ、ドアノブで首を吊っていたという。
そう。
全てバズラスの犠牲者である。
自殺バズラス。
これまでのバズラスとは全く異なり、そのバズラスの破壊活動は静かに始まった。
なにせ、第三の犠牲者が出るまでは、希海も、美来も、バズラスの関与に全く気付くことが出来なかったのだ。
そして、2人が敵の捜索をしている最中にも、第四、第五の犠牲者が出てしまう。
暗殺者のごとく姿を見せないバズラスを前に、2人は完全に攻めあぐねていた。
「ノゾミなんか元気ないな。どした?」
「ああ……ちょっと寝てなくて」
朝は早くから通勤通学ラッシュを迎える駅の見張り、その後学校に行き、放課後は帰宅ラッシュの駅を見張る。
そしてその後は補導時刻寸前まで自殺が起きそうな場所を巡回。
家に戻れば朝までSNSを監視し、自殺を匂わせる呟きがないかをチェック……。
そんな生活を1週間も続ければ、流石の希海も睡眠不足だ。
「おはよ……」
そこに、これまた元気のないユキが登校してきた。
彼女もまた、目の下に大きな隈を作っている。
満足に寝れなかったようだ。
「お! ユキもどうした? ん? お前ら2人して寝不足とは……さては……?」
「そんなわけないだろ……。 ユキ大丈夫か? どうしたんだ?」
「ん……。ちょっと色々と悩んでたせいか、変な夢見ちゃって寝れなかったの」
そう言って突っ伏すユキ。
彼女の言葉に、若干の不穏な気配を感じた希海が「悩み?」と聞いたが、ユキは既に眠りに落ちていた。
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『ギリギリギリギリ……』
「なに怒ってるんだよ……なんか嫌な予感がしたんだ。もしかしたらバズラスを捉えられるかもしれない」
放課後、希海は美来をスマホに呼び出し、屋上からテニスコートを眺めていた。
その視線の先には、コートを駆けるユキがいる。
彼女の動きは、大会の時に比べると、どこかぎこちない。
顧問の先生も、彼女の不調を気遣ってか、色々と熱心な指導をしているようだが、どうにも調子が上がらないようだ。
所謂スランプというやつだろうか。
「なんか、被害者のデータに、些細な失敗を前日にしていたってあったろ? 仕事なり、交際なりで。ユキのあの状態、ちょっと気になるんだよなぁ」
『まあ、確かにそうだけど……。ユキって人あの悩みとかなさそうなミーハー女子でしょ? そんな思いつめるもんなの?』
「またそういうこと言う……。誰にだって悩みはあるもんだよ。特にあいつテニスの大会以降色々悩んでるみたいだから」
『へぇ~……』
「なんだよ……」
そんな話をしながら監視を続けていたが、何事もなく部活動は終わり、部員たちは帰って行く。
だがユキだけは、テニスコート奥で壁打ちを続けていた。
希海は校舎の屋上をピョンピョンと飛び渡り、彼女の元へ飛び降りる。
「よっ! 頑張ってるじゃん」
「えっ!? あっ……ノゾミ……。えへへ……カッコ悪いとこ見られちゃったかな?」
そう言って目を逸らすユキ。
夕焼けに照らされた頬が赤く染まって見える。
「悩んでるって聞いてさ。ちょっと聞かせてほしいなって」
「……。あの大会、私のせいで負けちゃったじゃん? だから今度はもっとちゃんと勝てるようになろうって思ってさ、色々試合スタイル変えてるんだけど、なんかダメダメでさ……」
「スランプってやつか」
「だね~……。こんな調子じゃレギュラー落ちしちゃうかもって思うと、もっと空回りしちゃってさ……。脅迫カンネン?に取りつかれちゃったのか知れないけど、変な夢も見るし……」
「朝言ってたよな。どんな夢見てたんだ?」
希海が尋ねると、ユキは「それが……」と一瞬言葉を詰まらせ、腕を組むと軽く身を震わせた。
「どこからか、『シネ……シネバラクニナル……シネバナヤミモナイ……シネ……』みたいな声が聞こえてきて、自分で自分の首を絞め続ける夢……だったんだ。ハッとして起きたら寝汗びっしょりかいてて……。その後怖くなって、音楽流してたスマホのスピーカー音量上げて寝たんだけど、その後も何回か聞こえてさ……。すごい……怖かったんだ……」
そう話している間にも、彼女の額には脂汗が浮かび、恐怖で頬が引きつっている。
よほど恐ろしい思いをしたのだろう。
そしてユキは、思いもよらぬことを口走り始めた。
「今日さ……両親いないんだけど……。ノゾミ……うちに泊まってくれない?」
『ギリィ!!』という音が、2人しかいないテニスコートに鳴り響いた。
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「なんか無理言ってゴメンね」
「まあ、無茶苦茶ではあるけど、なんか怪奇現象とかでも困るしな」
色々とあって、ユキの部屋に布団を敷いて横になる二人。
美来の部屋とは違い、いかにも女の子といった雰囲気だ。
何度かここを訪れている希海だが、やはりどこか居心地の悪さを感じてしまう。
(希海! この女卑しいんだけど!)
美来がスマホのメッセージで訴えてくる。
とげのある言い方ではあるが、彼女は布団を敷くまでにあった、ユキの手料理での夕食だの、脱衣場での仕組まれていたとしか思えないラッキースケベだの、布団を敷いているときにユキが「なんだか……恋人のお泊りデートみたいだね……」だのを、置かれたスマホから全て見ている。
少々物言いもキツくなるというものだ。
「さて、寝るか。何か起きたらすぐ言ってくれよな」
希海は布団を浅くかぶり、目を閉じる。
ユキは「はーい」と言って電気を消した後、希海の隣の布団で横になった。
希海は自分の布団が来客用にしては妙に使用感がある気がしたが、気づかないふりをした。
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「ノゾミ! ノゾミ! ねえ!」
「!! どうした! 出たか!」
深夜2時。
ユキの声に、希海は即目を覚ます。
消防隊員や自衛隊ばりの起床速度だ。
同時にスマホをシェイクし、同じく待機していた美来を起こす。
「いや……ゴメン……お手洗いに……」
「……いいよ」
希海の手元で、スマホが激しく振動した。
「ごめんねノゾミ……。ちょっと待ってて……」
そう言って、トイレに入るユキ。
「恥ずかしいから……」と言って、スマホで音楽を流し始めた。
『希海……。 私もう帰っていい……?』
「そう言うなよ……もしかしたら、その聞こえた声ってのが自殺バズラスかもしれないだろ」
『でもバズラスの気配全然……あれ……?』
「どうした?」
『ヤバい!! ドア開けて! その子が死んじゃう!!』
「え! え!?」
『いいから開けて!!』
「お……おう……。ユキ! ユキ!」
希海はドアをノックしたが、返事がない。
爪で鍵を開けて中に入ると、ユキは洗剤を飲んで虚ろな目をしていた。
「ユキーーー!!」
『希海! 救急車呼んだから、早く救命措置を!』
「分かった!」
希海がユキを抱き上げると、彼女は小さな声で「お…がく…ら……シネ……て」と応えた。
まだ意識は薄いものの残っており、呼吸も十分にあった。
希海は風呂場に彼女を連れて行き、シャワーから水をしこたま口に含むと、彼女の口に自分のそれを当て、力いっぱい吹き付けた。
「オッ……! ウブッ……! オエッ!! ォォォォ!!」
ユキの喉から、悲鳴のような嗚咽が上がり、彼女の腹がググっと膨らむ。
希海はすかさず彼女を持ち上げ、腹部をググっと圧迫する。
「ォェエ……! オ゛ェェェェ!!」
凄い勢いで彼女の口から噴き出す泡。
洗剤を含んだ水が逆流しているのだ。
希海はユキの意識と呼吸を確認しながら、それを何度も繰り返す。
口から出る泡が殆ど無くなったころ、サイレンと共に救急車が到着する。
希海はユキを抱えて玄関へと走り、隊員へ状況を伝えた。
不可思議な状況に、隊員は首を傾げつつも、彼女に人工呼吸器を装着し、病院へと搬送していく。
『希海! こっちも……気にかけて!!』
一安心した希海の視界に、電脳空間で倒れ伏す美来の姿が映った。
「どうした!?」と駆け寄ると、美来は希海のスマホに避難してくる。
『希海……! 敵の正体が分かった……! 敵は配信音楽に自殺を促す怪音波を乗せて打ち込んでくるスナイパータイプだ! これなら……フォームチェンジングコール! アクア!』
「了解! アクアフォーム! プットオン!!」
青い光が美来を包み、彼女のフォームが変化していく。
「悪を流し去る正義の麗水! サイバーウィザード・ミライ アクアフォーム!!」
美来のコスチュームに青いエネルギーラインが走り、ベルトと鎧、そして薙刀が出現した。
彼女は薙刀をサーフボードのように使い、敵のデータ狙撃が乗ってくる配信音楽のデータ流を遡上していく。
「いた!! 気味の悪い見た目……!」
音楽配信サービスの中の、落ち込んだ人を励ます楽曲のデータ格納庫の前に、蛇の下半身に、スナイパーライフルを構えたトカゲ人間のような、異形のバズラスがとぐろを巻いていた。
「シンダホウガラクニナル シンダホウガマシ」
敵は美来に気がつくと、尻尾を長く伸ばし、上体を遥か上まで持ち上げる。
「シンダホウガ!!」と、ライフルによる狙撃を行うが、美来はそれを難なく弾き落とした。
「そんなの……アンタに指図されることじゃない!!」
「グアアアアアア!! シンデシマウ!!」
美来の振るった薙刀の一閃が、敵の尾を見事に両断した。
彼女は落下してきた敵の体へ、必殺光線の狙いを定め、エネルギーをチャージする。
「サイバー……マリンレーザー! きゃっ!?」
光線が放たれる直前、彼女は大きく体制を崩し、倒れてしまう。
その足に絡みついていたのは、斬られて尚動いていた蛇の下半身。
「あぐっ……!! しまった……!」
美来の足を捉えたそれは、腰、胸へと巻き付き、彼女を十字の体勢に固めていく。
蛇の尾の先端に付いた鱗の塊が彼女の眼前に突き出されると、ジャラジャラと音を立てて振動を始めた。
「あああああああ!! 何ッ!? なにこれ!? 頭が……頭があああああ!!」
『シネ シネ オマエハイキテイルカチハナイ オマエガイキテイテモメイワクダ』
美来の脳に、激しい振動と共に送り込まれる、自殺教唆データ。
彼女の心へのダメージを表すように、そのコスチュームがボロボロと崩れ始める。
ここはクラウドサーバーの中。
希海の助けは期待できない。
『オマエニイバショハナイ オマエガシンデモダレモカナシマナイ シンダホウガラクニナレル』
「う……ああああ!! 誰が……誰が!!」
だが、美来は締め付けられながらも、希海のことを思い浮かべる。
自分に居場所はある。
自分の生きる意味を肯定してくれる人がいる。
自分の死を悲しむ人がいる。
きっと、死んでしまった人たちにも……
「人の命を……人生を……幸せを愚弄するなああああ!!」
美来の感情の昂りに呼応し、エネルギーラインから放たれた閃光が蛇の尾を斬り裂いていく。
バラバラになった尾は、それでも尚動いていたが、美来のマリンレーザーによって全て焼き尽くされた。
「!!」
咄嗟に身を翻し、残っていた敵の上半身が放った悪あがきの狙撃を回避する美来。
二撃、三撃目を薙刀の回転で弾きながら、美来は敵の元へと走る。
「海神・薙刀演武!!」
「シネバ……ラクニ……」
美来の斬撃で切り刻まれた敵は、やがて光になって消滅した。
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「恐怖の殺人音波だって! 何者かがサーバーに危険なデータを仕掛けてたんだってさ!」
「私も危なかったよ……ノゾミが駆けつけてくれなかったら……」
「えー! マジ!? もう王子様じゃん!」
教室では、無事退院したユキがクラスの皆に囲まれて退院祝い責めにあっていた。
流石に希海が家に泊まっていたことは伏せたらしい。
警察の公式発表によると、最終的な犠牲者は11人。
全ての犠牲者に共通していた点。
それは、ひどく落ち込んでいる時、その曲を聞いたことであった。
皮肉なことに、その曲は、生きることを肯定し、明日への活力を謳ったもの。
あまりにも卑劣な無差別攻撃に、民衆は激怒し、犯人の早期逮捕を警察へ求めたが、犯人の手掛かりは全くない。
その正体を知る者は希海と美来だけである。
ユキの周りの喧騒から遠く離れ、希海は屋上で風に吹かれていた。
『正直、今回はかなりしんどかった……』
「俺も同じく……。お疲れ美来。今日はゆっくり休もう」
『そうだね……。ねえ希海』
「ん?」
『希海はさ、こうやって私のことを気にかけて、しんどいとか思ったことない?』
「いや? 全然?」
『そっか……』
美来は自殺バズラスの言葉が、小骨のように心に残っていた。





