第8話 A 夏のコートにオンライン!
「やぁ! せやぁ!」
少女たちの勇ましい掛け声と共に、パコン、パコンという快音が響き、黄色い球が勢いよく飛び交う。
それに合わせて、フェンス際にたむろする少女たちが、所謂壁応援でプレイヤーたちの戦意を高揚する。
「いやぁ~ いいねぇ……、テニスウェアって」
「邪な気持ちで観戦するなよ……」
「でもよぉ……あの日焼けと焼けてないとこの色差が……むぐぅ!」
「はいはい、そういうのは夜に一人で解消してくれ」
ここは神城総合運動公園の一角、テニスコートエリア。
希海とソウマは、ユキに呼ばれて女子テニスの大会観戦に来ているのだ。
今週も美来の部屋でバズラス対策のための缶詰をする予定だったので、当初は断った希海だが、ユキの嘆願とソウマの後押しを断り切れず、こうして観客席に腰かけている。
「お! ユキの出番だぞノゾミ! なあ!」
「見えてるっての……。ユキー! 頑張れー!」
白と青のテニスウェアに身を包んだユキが、緊張した面持ちで希海たちを見やり、小さく手を振った。
「相手は神城西高の3番手か……。こりゃユキ責任重大だぞ……」
ソウマが相手チームの方を見やり、ボソリと呟く。
なんでもこの大会は3ペア1チームのリーグ戦。
2勝先取の勝ち抜き戦なわけだが、この方式では、相手の2、3番手に自軍の1、2番手をぶつけ、相手の1番手を自軍の3番手で消費させる読み合いが肝となる。
今回、相手は3番手を初戦に繰り出してきた。
そしてユキは神城中央高校1年生チームの3番手。
ガチンコ戦である。
同格同士の試合は、勝敗の分かれ目になることが多い。
よりによってその責任が、ユキに降りかかってきたのだ。
チームメイトもユキに声をかけ、励まそうとしている。
負けたとて雰囲気が悪化するようなチームではなさそうだが、そういう内情の方が、かえって重圧になる場合もある。
その証拠に、ユキの第一打は、フォルトから始まった。
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「あー……」
ソウマが項垂れる。
ユキたちのチームは、1勝2敗で初戦敗退を喫してしまった。
これで、彼女達の夏は終わったのだ。
あまりにも呆気ないが、これも勝負の常。
1年生の彼女達には、まだ2年目3年目があるが、それでも日々の練習をし、レギュラーを勝ち取った末がこれでは、やはり堪えるものがあるのだろう。
ユキを含む皆が、応援していたチームメイトに慰められている。
「へこたれるなー! まだ来年も再来年もあるぞー!」
選手たちの検討を湛える声が飛び交う中に混じって、希海もユキを労わる声援を送った。
ユキはチラッと希海の方を見た後、トボトボとコート奥の休憩スペースへ歩いて行った。
「ノゾミ行か……ないほうがいいよな、ああいう時は……」
「……。いや、ちょっと俺行ってくるよ」
希海はソウマを置いて、ユキが消えたコートの奥へと走った。
第2と書かれた休憩スペースには、自販機が置かれた日影やベンチがあり、数人が休憩できるようになっているが、なにせ奥まったところにあるため、ここをあえて利用する者は少ないようだ。
その影の中で、彼女は額にスポーツドリンクを当てながら佇んでいた。
「カッコ悪いね。私。ノゾミ呼んどいてさ」
ユキは希海の方を振り向くことなく、弱々しい声で呟いた。
「そんなことはないさ。ユキは頑張ったよ」
事実、彼女は健闘した。
実力では相手の方が恐らく格上だった中、ユキは彼女得意の変化球をメインに、相手のミスを誘発し続けた。
だが、決め手に欠けるスタイル故に、パワーと体力で勝る相手のストレート球に打ち負けての失点が重なり、ついにはゲームを落としてしまったのだった。
希海は彼女のプレイを素直に讃え、来年や再来年頑張ればいいと彼女を励ました。
だが、ユキはついに振り返ることはなかった。
「ありがと……。……ごめん。ちょっと私今……ノゾミに顔見せられない……!」
彼女はそう言うと、うずくまり「今はそっとしておいて……」と呟いた。
希海はこれ以上の励ましは逆効果だと思い、素直に彼女の元から立ち去る。
その耳元に、自宅で1人ネット監視を続けていた美来からの通信が飛び込んで来た。
『希海、今度はあのバカ配信者コンビがヤバいことになってるかも……! 至急来てくれる!?』
希海はソウマに先に帰る旨を連絡し、運動公園の並木を抜けて、美来に指定された場所へと走った。





