第7話 A 恐怖のデマゴーグ!
「やめてください! 落ちついてくださいってば!」
希海が押し寄せる群衆をその身一つで押しとどめる。
数十人規模の暴徒が、思い思いの武器を手に、いなか蕎麦“風車”を破壊せんと迫っていた。
(美来……! 早く……早くバズラスを撃破してくれ……!! このままだとけが人が出かねない……!)
自身を打ちつける金属バットがひしゃげ、鉈の刃が砕け散っても、希海は店の前に立ちはだかり続ける。
なぜこのような事態になったのか。
兆候は2日前に遡る……。
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「最近暑いよね」
「お前この部屋から出ないだろ」
「わ……私だってトイレとお風呂の時くらい出るし! そしたら廊下がムワッとしててさ……」
「外はその比じゃないくらい暑いぞマジで。出来ればバズラスとの戦闘は避けたいんだがな」
「希海は戦わないじゃん。バズラスとの戦いだって思ってるよりキツいんだからね!」
エアコンの効いた美来の部屋で、今日も今日とてネットのバズりを監視する2人。
なにせ、クソサメ映画バズラスとの戦いにおいて、5人の死者と58人の重軽傷者が出てしまったのだ。
2人があの場で終始完璧な行動を取ったとして、その被害を完全に防ぐことは無可能だっただろう。
だが、立ち向かう力を持つ者として、2人は重い責任を感じている。
美来は、「私達は全ての人を救えるわけじゃないけど、私達にしか救えない人はいる」と、決意を新たにし、希海も彼女の意志を汲んで、プライベートの時間全てをこの活動に捧げることを決めたのだった。
「バズってるなコレ……コレも……」
「こっちもいくつかトレンドが盛り上がってるね。でも情報流は狂ってない」
SNSや掲示板等の盛り上がりと、電脳世界の情報流を交互に確認し、バズラス発生の直前に見られる激流を探す。
金曜日の夕方から、2人が延々と続けている作業だ。
年頃の女の子の家とはいえ、幼稚園からの幼馴染のこと。
泊まり込むことに関して、今更希海に抵抗はない。
むしろ美来の母親は大層喜び、夕飯にと赤飯を差し入れて来た後、小旅行に行くなどと言って金曜夜から深夜バスで2泊3日の温泉旅行に行ってしまった。
「ごゆっくり~おほほ……」などと言い残して……。
彼女は美来が不登校引きこもりであることを良しとしてはいないが、最終的に希海に嫁ぐのなら良しと思っている節がある。
まあ、中学校での一件を思えば、無理に学校へ行かせようとしないのは頷けよう。
なにせ、旦那を早くに亡くしてから大事に育ててきた一人娘だ。
元気に生き、将来の旦那と仲睦まじくしているのなら、母親としてこれ以上望むものは無いのだろう。
「一回ご飯食べよっか。お母さん食材随分買い込んでるみたいだし、何か適当に作るって持ってくるよ」
「なんか悪いなぁ……。来るたびに毎回何かしら食わせてもらってる気がするんだが」
「何言ってんの。希海も毎回手土産持ってくるじゃない。おあいこよ、おあいこ。あ、希海は監視続けてよね」
そう言って、台所へ降りていく美来。
やがてその足音は止まり、トントンという包丁の音に変わる。
「ごゆっくり……ねぇ……」
希海はその音を聞きながら、大きく伸びをし、彼女の部屋を見渡す。
勉強机に雑多に積まれた教科書類とゲーム雑誌に少年漫画雑誌。
こたつ兼用のローテーブルにドカッと置かれたゲーミングPCとモニター、ゴツい座椅子。
本棚には3日で飽きたゲーム配信セットが押し込まれ、壁のコルクボードには高校入学の日のツーショットが一枚貼られたっきり。
ユキが持っているような、キラキラとしたファッション雑誌などは全く見受けられず、キラキラどころかカーテン締め切りで薄暗いくらいだ。
およそ希海が想像する女子高生の部屋とかけ離れた空間ではあるが、昔からあまり変わっていないその部屋の様子に、希海は不思議と安らぎを覚えるのだった。
ただ、美来の母親が「希海くんに」と置いて行った、セミダブルサイズの敷布団と、ロング枕だけは、奇妙な緊張感を放っていた。
「できたよ。豚バラ肉があったからネギとかゴボウ巻いて焼いてみた。ご飯は赤飯でいいよね」
思ったより長い間物思いにふけってしまったのか、美来が湯気の立ちのぼる大皿を持ってくる。
瑞々しいサニーレタスが敷かれた上に、豚バラ肉で青ネギやゴボウ、舞茸を巻いて焼いたものが盛りつけられている。
「へぇ! 旨そうじゃん」
「あんまり自信ないよ。見よう見まねでやっただけだから」
2人は一旦監視任務を中断し、折り畳み式の丸ローテーブルを囲む。
希海はまず、舞茸巻きを口に入れた。
うま味たっぷりの肉汁に、適度な塩コショウ、そして、舞茸の香りと風味がフッと香る。
「旨いじゃん! お前料理上手いんだなぁ」
「そ……そう? よかった」
ネギ巻きは、シャキシャキとした食感と、ネギの青い風味、そして辛味が甘みのあるブタの脂とよく合うし、ゴボウは強い歯ごたえに強いうま味が、豚の味に負けない味わいを奏でている。
2人とも夜を徹しての作業の疲れも手伝って、あっという間に大皿は空となった。
「じゃ、洗ってくるから。ご飯食べたからってサボったらだめだからね!」
そう言って下へ降りていく美来。
今度はぼんやりするまいと、スマホの画面と睨めっこを始める希海。
ふと、その中に不穏な一文を発見する。
「蕎麦屋の竹ザルにカビ……? いなか蕎麦“風車”……?」
今日、神城市を訪れたある旅行者が投稿した「美味しいお蕎麦屋さんって聞いてたのに最悪! 店名は伏せますけど、二度と来ない」という呟き。
それに添付されているのは、ざるそばの器と、その裏にこびりついた黒カビの写真。
そして、それを引用する形で呟かれた「神城市の有名な蕎麦屋……いなか蕎麦“風車”じゃね?」という一文。
気味が悪いことに、その呟きは1万近いイイネが押され、盛大に拡散を始めていた。
「いや……あそこ蕎麦出すのに竹ざるなんか使ってねぇぞ……!?」
無論、そういったコメントも、冷静なツッコミもあったが、拡散されるのはセンセーショナルなものばかり。
希海は嫌な予感を覚え、カーテンを開けると、風車のある方向を見やる。
「おいおい……嘘だろ……」
サイバーグラスに写る、光の激流。
このわずかな時間の間に、バズラス発生の予兆、情報の異常な流れが電脳世界に発生していた。





