プロローグ 美来とミライ
「全く……。もうすぐ夏休みになるってのに、いつまで休んでる気なんだ……」
初夏を前に、早くもうだるような暑さの午後。
少年がボヤキながら街中を歩いてゆく。
彼の頭上に光る街頭モニターには、「気温急上昇! こまめな水分補給を!」とか「ゲリラ豪雨、落雷多発! 要注意!」という赤文字が、近隣の会社のPRと一緒に流れていた。
ここ数日、異様な暑さもさることながら、落雷もやたらと多い。
それもこの町、神城市周辺という限られた範囲で、複数の落雷被害が報告されているのだ。
地域ニュースでは専門家が、やれ新型の携帯電波が云々、直近の大規模電線の地中化工事が云々など、屁理屈を並べているが、未だその異常現象は謎の域を出ていない。
「謎のままじゃ困るんだよなぁ……。すげぇ痛いしアレ……」
赤信号で立ち止まった少年が、モニターを見上げて呟いた。
ふとその刹那、画面から落雷情報が消え、ほんの一瞬、可愛いような、可愛くないような黄色いキャラクター……丸っこいハリネズミにビリビリとした電気マークを足したようなものが浮かび、ケプッと息をつくのが見えた。
しかし、すぐに画面は元に戻り、ちょうど青信号になった交差点を行き交う人々は素知らぬ様子だ。
少年は「何かの見間違えか……」と言うと、その人波に乗り、横断歩道を早足で渡っていった。
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「美来~! 希海くん来てるわよ~! 美来~!」
薄暗い部屋の外から声が聞こえる。
名前を呼ばれた少女はモニターから目を離し、重い腰を上げて自室の出入り口へとノソノソと歩いていく。
「はいはい今開けますよ……」と言いながら部屋の鍵を開けようとしたその時、ミシっという音と共に、ドアが枠ごと彼女に迫ってきた。
「うぎぃ―――!?」
可憐な少女にあるまじき奇声を上げ、突き指をした指を抑えて転げまわる美来。
「おお。ゴメンゴメン。お前の部屋のドア建てつけ悪いぞ……」
「悪くないわ!! 希海の腕力基準でものを計るな!!」
「そうかなぁ?」
ドンドンと家を揺さぶる轟音を立てつつ、外れたドア枠を無理やり元に戻す、希海と呼ばれた少年。
彼はドアが倒れてこないことを確認し、「ほい、今日の分の授業内容と課題。ノートは黒板ほぼ丸写しだから」と、紙袋からノートの束を取り出して美来に手渡した。
彼女は「ん……」と言ってそれを受け取ると、スマホでパシャパシャと撮影し、自動同期機能でPCへ保管していく。
「まーたそれかい。書いた方が身に入るってのに」
「私に成績で勝ってから言ってほしいわ」
「お前高校受験以降不戦敗だろ」
「ふーん! 戦わない限り戦績にはなりませんよーだ!」
「んじゃいい加減戦ってくれよ……」
「……」
ムスッとして希海に背を向ける美来。
彼女は高校初めての定期テストを待たずして、引きこもり不登校となった。
彼らが通う高校は月ごとに月末テストがある進学校のため、彼女は早くも3回のテストをスルーしていることになる。
「希海はいいよね……万年中の下くらいの順位で、蹴落とされる不安なんかなかったんだから……」
「まーたそういうこと言う……」
彼女は中学時代、不登校にも拘らず校内成績一位をキープしていた秀才だったのだが、どうも高校の、それも進学校の授業の速度についていけなくなり、一位になれないかもしれないというプレッシャーから、引きこもりに逆戻りしてしまったのだ。
「別に一位にならなくたって誰もイジメやしないって。皆人間出来てるから」
「陽キャは皆そう言うのよ」
「はぁ……」
フレームが七色に光るパソコンのモニターと睨めっこしながら、「うーわ……まーたバズるとかいう名前のステマが繰り広げられてる……」などと独り言を言い始めた美来。
「SNSなんか見漁ってても良いことないぞ~」と希海が言っても、反応はない。
「そろそろ帰りどきか……」と、希海が座布団から立とうとした時、美来が「うわ……変なメール来た……」と呟いた。
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「“君の世界にピンチが迫っている! 求む! 魔法少女!” ……。何だこれ?」
「ここをクリックしてダウンロードだって! これ押す? 押す?」
「絶対ウィルスとかだろ! 全く最近のネットは広告までロクでもないな……」
「でもさ! これでこのPC壊れたら新しいの買ってもらえるかもよ!」
「お前もロクでもないな! やめろよ!?」
「あ、もう押しちゃったから」
「オイ―――!!」
画面上でブラウザが開き、見たこともない文字列がザーッと流れていく。
「あれ? これ割とガチ目に本格的なウィルスかも……」と美来が口走った瞬間、凄まじい轟音と共に、閃光が彼女と希海を包み込んだ。
「やべぇ! また雷の直撃食らった……!」と、希海が眩んだ視界の中、手探りで起き上がる。
「美来……無事か~?」と呼ぶと「な……なんとか……」という返事が返ってきた。
火傷を負っているかもしれないので、倒れ伏せているであろう彼女の体を探す希海だが、いくら探ってもその体を掴むことができない。
やがて、目が元の視力を取り戻した頃、彼はその理由を知ることになった。
「何でお前……パソコンの中にいんの?」
彼が見上げた先、七色に輝く枠の中、鮮やかなコスチュームを身に纏い、派手な髪色に変わった美来が、サイバーチックな空間の床を「希海~! どこ~!」と、涙声を上げながら這いまわっていた。
大恵様よりファンアートをいただきました!
ありがとうございます!