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黒い夜

午後八時、煙草をくゆらせながら、女を待っていた。

その女は、仲間うちだけだが『死神』と呼ばれていた。

もしくは死刑執行人だろうか。何故だろうか、

上からはいつも俺が駆り出され、

よく組まされる。「お前が一番組織の中で冷酷だからな」と笑いながら諭されたが、

何にせよ命令は絶対だ。

そいつがどんな化け物だろうと関係ない。

俺は俺のやるべきことをやるだけ。


「ああ、またアンタ?」

 しばらくして女は颯爽と現れた。

これから命の取引をするというのに。

まあ、それ故の強さであるのか。

「今回も、俺だ。不満か?」

「いや、クールな男はどちらかと云うと好きよ。」

俺は苦笑いをしながら、そいつは良かったと答える。

「連れて行きなよ、夜なんてあっという間に終わってしまうよ。仕事をしな。

それとも、夜景が綺麗なスポットでデートしたいなんて云うんなら別だけどね。」

女は中傷するかのようにあざ笑う。

「云われなくたって連れて行くよ。

今夜もアンタが一番輝いているところを間近で見ていてやるよ。」


そう俺は、見届け人。云わば監視役だ。

 

用意した車に乗り込む。女はこれから命のやりとりをするとは思えないような格好だった。

胸元がざっくり開いた黒のミニのワンピ。ごっついベルトに薄いレザーの黒いジャケット。

馬鹿みたいに香水の匂いをぷんぷんさせてやがる。

 女は普段はそこらにいるOLと変わらない生活を送っているらしい。

特別な日だけ、命のやりとりが出きるこの日だけ。明るみに身を晒す。

いや、闇に身を投じるか…。ある日、ボスが連れて来ていたこの女。

始めは、また新しい女かと思ったが、とんでもねぇ食わせ者だ。

何人もの命を奪い、よがる女。こうはなりたくねぇな。

 

女を乗せた黒塗りの車は、とある敷地に入り込む。

先方に指定された場所だ。

高い塀に木が茂っている。

こりゃ、中で何が行われようと誰も分かんねえや。

自動で開閉された、黒い門を通り過ぎると大きなお屋敷が見えてくる。

 黒いスーツの男が何人か立っていて、車を誘導し停める。さあ、今宵も始まるのか。

「望月の使いの者だ。早速案内してくれ」車を出て俺は、連中に話かける。

「お前が今日の代打ちか?」オールバックの偉そうな態度の奴が、

俺たちをジロジロ嘗め回して云う。

「なんだお前は?」俺は睨み返しながら云う。

たまにこういう好戦的な態度の輩がいる。下っ端に多いな。

「とんでもねぇ、奴が来るって聞いていたからな。

なんだ?ひ弱そうなガキと

女じゃねぇか。」とオールバックは云う。

「今夜は、お前が打つのか?俺はただの付き添いで、打つのはこの女だ。何も聞いていないのか?」

 視線を女に移すと、女は心ここに在らずという感じだ。     

闘いの前はいつもこうだ。

「お姉ちゃん、俺が違う相手してやろうか」

 オールバックがそう云うと、周りの外野たちはつられてへらへら笑っている。

「ごちゃごちゃうるせぇーなお前ら。雑魚は引っ込んでいろよ。」

 俺は半ば呆れながら怒鳴る。やはり馬鹿ばかりだ。

「おっと、怒らせてしまってすまない。俺は今回の仕切りをやらせてもらっている田所だ。

案内するぜ。」と傍で終始見ていた一人、オールバックよりは話が出来そうな、

背は低いが肝が据わっていそうな男が前に出て俺たちをなだめるように云う。

「俺は後藤だ。この女はマチルダと呼んでやってくれ」俺たちは男の後をついて行く。

「生きて帰れると思うなよ」オールバックが、すれ違い様に云う。

 死ぬ覚悟もなければ、この仕事は出来ないね。もちろんその時は、お互い様だがな。心の中でそう呟きながら進む。


 奥の一室。四人掛けの四角いテーブル。そこに理路整然と並べられた牌。

行われるのは麻雀。組織同士のいざこざや、多額の金のやりとりの際、血で争わず賭博でやりとりをする、平和でいい。と云っても必ず何人かは血を流すことになるのだがね。負ければ、俺もマチルダも命はないだろう。なんせ組織の存続が危ぶまれるくらいの賭け事だ。うちの組織はそれで勝ち続け、大きくなってきた。

 負ければ俺みたいな下っ端は消される。女は売られでもするのか、死ぬより辛い事が待っているだろう。ボス曰く避けては通れない戦いらしいが、組織の命運をこんな、女に託しちまうとはどうかしているぜ。今回のようなでかいヤマを引き受ける代打ちがウチにはもういないな。そして、マチルダも命を掛けるレベルの場でないと出て来ない。

相手側は、ウチよりも大きい組織。相手のトップも幹部もみんな揃っているようだ。ざっとルール説明が成されてから始まった。

俺は数合わせとして、女の上家に座る。俺の点棒は関係ない。代打ち同士の最終的な持ち点棒の数の合計を東風戦十局で競う。但し、一回でも箱割れして飛んでしまうとその時点で敗者となる。つまり、判定勝ちになるか、KOされるかというものだ。差込みだとかそういったもの、イカサマ以外ならば何でも有りだ。

相手側の代打ちは、薄いサングラスのおやっさんだ。佇まいや、手の動きからして出来るオーラを放っている。この齢まで生きてんだ、相当な修羅場を潜って来ているのだろう。


牌パイが各自、配られてから相手側の代打ちに向かってマチルダが云う。

「ねぇ、ただ賭けていっても詰まんないからさぁ、お互い同士が振り込んじゃったら、その都度、指一本ずつを賭けない?」そう云って女は揺さぶる。

「安心しな、お嬢ちゃん。アンタが勝てば、指どころか好きな部位を全て持って行って構わない。もう必要としなくなっちゃうからなぁ。勝てればの話しだがね。」おやっさんは揺さぶりには乗らない。女もおやっさんも笑い合っている。

神妙な面持ちなのは外野だけか。向こうのボスもまあ、雁首揃えて見てやがる。俺は当たり障りのないうち回し、誰かが張れば降りに徹する。

何順か過ぎに、「ロン」おやっさんが云う。マチルダが行き成りおやっさんに振り込んだ。

「お嬢さん、そいつはどう考えても通らねえよ。余程ぬるま湯でしか打って来なかったんだなぁ」クックックとおやっさんは笑う。

「確か指がどうとか云っていたよな」外野のオールバックもニタニタ笑いながら云う。

「満貫の振り込みごときでガタガタ云わないで欲しいわ」女は余裕だ。すっとぼけながら、余裕の表情で楽しそうに次の牌パイを並べている。

 さらに、その後、「ロン、倍満。」おやっさんにマチルダはまた振り込んでしまった。

マチルダ残り1000点、まだ一局目だ。どっと場が和む、なんだ圧勝か。外野全体もその空気でどよめく。

「お嬢さん、舐められちゃ困る。それともただ死にたいだけなのか?」

おやっさんがマチルダに投げかける。マチルダは、

「小父様、これから見る地獄の前に最後の喜びを味あわせて上げただけだわ。

そして、教訓を一つ、どんなに戦況が明るくあろうとも、けして油断をしてはいけないの。小父様は今アタシのことを見くびったわ。始めは大した玉だと思っていたけど、あら発見ね。」


「頭おかしいんじゃねえかあの女。」外野もざわつく、

いや、いつも通りだ、持って来やがった。俺だけが心の中で呟く。

牌パイが配られ、各自パイを切りだす。

僅か三順後、マチルダが即リーチ。

「世の中にはね、見えない流れというものが多々あるの。アタシはそれを掴むだけ。そして、小父様、貴方は振り込むわ」

 それから、五順後。マチルダ和了。おやっさんが振り込んだ。

国士無双十三面待ち、ダブル役満。



「我々の勝ちだ。」俺はそう云って立ち上がる。


「おかしいぜ、こんなのイカサマだ」オールバックが叫ぶ。

「こんだけの数の証人がいて、何のサマが出来るというんだ」

俺はオールバックに向かって云う。

「かっ、会長」田所がボスに向かって云う。

場がザワツキ始める。

「さあ、会長さん。勝負はついた。金と例のシマの権利は譲り受ける。

手続きは上の者が追って連絡します。よろしくどうぞ。」

俺はマチルダの手を取り、出て行こうとする。

 おやっさんは放心して、目の前の牌をそんな馬鹿な、と呟き眺めている。

女を引っ張るも、マチルダは動こうともしない。

「まだよ。」マチルダは云う。

「この男との、やり取りがまだだわ」

ちっ、これだから、やっかいなんだこの女。

「誰かナイフを持って来て頂戴。小父様から戴くものを戴くわ」

誰も動こうとはしない。おやっさんも呆然とマチルダを見上げている。

「後藤さん、あそこのポン刀を取って戴けない?」マチルダが俺に云う。

俺は壁に架かっている日本刀を見る。マチルダがじっと見やるので、俺は観念して外野を掻き分け、日本刀を手に戻る。

「後藤さん、アンタがやって」

一度、この女の云う事を聞かずにいたら、酷い目にあったことがあった俺は。

「どこを?」とマチルダに問い掛ける。

「右手。」その瞬間俺は日本刀を振り下ろす。思ったより血が出ないや。

「気が済んだろう、行くぞ。」マチルダはニコニコと俺の後に着いて来る。


「待て。」会長が制す。

「お前らただで帰れると思うなよ」会長の合図で、連中たちが俺たちを囲む。

「こんなことをして、ただで済むと思っているのか?ルールも守れないのか」

俺は、会長を睨む。

「黙れ、憎っ子。これくらい揉み消したる。」

「会長さん、あんた分かってないね。世の中には絶対に破っては行けないことがある。死ぬことより恥ずかしいことだ。それに忘れたか、ウチの望月に大きな借りもあるんじゃないのか」云いながら俺は、幾つもの銃口を向けられる。

「云いたいことはそれだけか。」会長は顔を引きつらせながら云う。


 マチルダはいつか俺に云った。クズたちを一掃したいの。それが、この仕事をする理由だそうだ。アンタはクズじゃないの?って訊いたら笑っていたっけ。


「悪いが、ここに居た間の会話は全て、ウチの者が聞いているんだぜ。

何の用意もなしに、我々単体で来ると思うのか?今なら俺の方で大事おおごとにならないようにする。だから、こいつらの銃を下ろさせな。」

 会長は黙っている。

「関係ない、やりましょう」銃口を俺に向けながら田所が云う。

オールバックなど、今にも打ちそうだ。

「オーケー。皆んな、そこの花瓶を見てくれ。」云いながら俺は、部屋の壁際に飾ってある大きな花瓶を指差す。悪趣味な花が活けてある。

 俺は指している指を銃の形のマネをして、親指を立てる。

皆が注目する中、俺は「バンっ」と口で云う。すると花瓶がばらばらに弾け飛んだ。同時に窓が一箇所音を発てて割れる。

「屋敷を何人もの狙撃手が狙っている。次は会長の頭がああなる。」

俺はそう云い放った。



そしてその後、無事屋敷を後にする。



 屋敷を出てマチルダを車で送ろうとする。マチルダは少し海が見たいと云う。夜の海までドライブする。

 さっきの光景が嘘のように夜の海は綺麗だ。風がマチルダの長い髪を激しく揺らす。

「なあ、マチルダ。一生遊べる大金を掴んで、一体何をするんだ?」


「さあ、南のほうで島でも買おうかな。」無邪気に笑いながらマチルダは云う。

「その時は、アンタを召使いとして雇ってあげてもいいわよ。」


「ああ、遠慮しとくよ。」

煙草の煙が目に染みる。もう、この世界から逃げることは出来ないんだよ。

もし、幸せになりたいんなら、誰かの分まで欲張らないもんだ。

 大事なものまで失ってしまう。そう思いながら俺は女と夜の防波堤でいつまでも佇んでいた。











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― 新着の感想 ―
[一言] 「ねぇ、ただ賭けていっても詰まんないからさぁ、お互い同士が振り込んじゃったら、その都度、指一本ずつを賭けない?」そう云って女は揺さぶる。 ろいう以下のくだりは、麻雀漫画「アカギ」にも似たよう…
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