9話 タイムカプセル
「新しい浴衣買わないとだなあ、ところで、淳平は浴衣持ってるの?」
「中学の時に買ったのならあるよ」
僕らはその足で、昼食をとりにファミリーレストランへと向かった。
以前、僕の誕生日プレゼントを買いに行った時に利用したレストランだ。
「じゃあ、新しいの買わないとダメだね。ちゃんと買っておいてね」
「そうだね、せっかくだから美咲に選んでもらおうかな?」
「だーめ!それじゃどんなの着てくるかっていう楽しみがなくなっちゃうじゃん!」
そう言うと、彼女は鉄板の上のハンバーグをフォークに刺し、一口で頬張った。
「おいしい!夏までに痩せようと思ってたけどこれは無理そうだなー」
「運動するといいよ。僕も部活を引退して運動不足になりそうだから、一緒にジョギングでもしようか?」
「えー、走るのは嫌だな。疲れるし。もっと楽して痩せられないかな?なんか食べるだけで痩せられるチョコとないのかな?」
「そんなものがあったら、この世から肥満という言葉は無くなるだろうね」
「君が将来、お菓子の研究員になってそういうお菓子を開発して!」
「他人まかせは君の悪い癖だね。自分がやればいいじゃないか」
「んー。じゃあいいや!諦める!私には無理だし!」
彼女は一瞬だけ寂しそうな顔をしたような気がした。
いや、それは僕の勘違いだったかもしれない。
なぜなら、そんな思いをかき消すように彼女は満面の笑みを今浮かべているからだ。
「ところで話は変わるけど、タイムカプセルに入れるものは決めた?勿論例のキーホルダー以外で!」
「そっか、もう来週だもんね。なんとなくは決まったよ。美咲は?」
「私は前々からちゃんと決めてるよ。計画性があるからね。ねえ、何にしたの?」
「人に聞く前に自分のを教えるのが礼儀じゃない?」
「おっしゃる通り、だけど私は絶対に秘密!前にも言ったけど!」
「なら僕も秘密だ」
「ええー。けち!じゃあヒント頂戴!」
「んー。僕の高校生活の思い出が詰まったものかな?」
「えー、結構大切なものにするんだね。気になるからこっそりあとで掘り返しちゃおうかな?」
「だめだめ!10年後のお楽しみだよ。」
「10年かー。君はおじさんになってるだろうね」
「28でおじさんはきついな。それなら君もおばさんだね」
「私はおばさんにはならないよ。10年後も20年後も、50年後も」
「それは無理だよ。残念だけど、人間は歳には勝てないから」
「ううん。本当に私はおばさんにはならないの」
部活を引退してからは、放課後の暇な時間が増えていため、大学受験に向けた勉強を本格的に始めることにした。
彼女も一緒にどうかと誘ったが、今大切なことは勉強じゃないと突っぱねられた。
と言っても、彼女は他の友達と用事がないときには、大体僕の横で僕の勉強を邪魔してきた。
そんなこんなであっという間に1週間が過ぎた。
今日は学校中が騒がしかった。
皆がそれぞれ自分の宝物を見せ合っている。
今日は、待ちに待ったタイムカプセルを埋める日だ。
僕も例外ではない。コータローたちと互いの埋めるものを見せ合った。
僕は、彼女からもらったグラブを埋めることにした。
正直、だいぶ前から決めてはいたが、昨日の晩は迷った。
これを埋めてしまっていいのか。幾ら部活を引退したからと言っても、彼女からのプレゼントだ。
無くなるわけではないが、10年間は僕の元には帰ってこない。
ギリギリまで悩んだが、やっぱりこのグラブを埋めることにした。
このグラブは、僕の青春の全てを物語っている。
きっと、10年後に掘り返した時に、野球部の仲間とも、そして彼女ともあの時の思い出話に一花咲かせてくれるであろう。
そう思い、僕はこのグラブを埋めることを決断したのだ。
「それ埋めちゃうのかよ。買ったばかりだろう。もったいねえなー。古い方にすればいいじゃんかよ」
コータローはそう言ったが、僕にとってはやはり彼女からもらったこのグラブでなければいけないのだ。
「ねえ、何にしたの?あ、それ!」
彼女は親友の晴子と一緒に僕らの元へとやってきた。
「うん。こいつには僕の高校生活の思い出がたくさん詰まっているからね。せっかくもらったのに申し訳ないけどさ」
「ううん。全然いいよ!むしろそんなに大切に思ってくれてて嬉しいね!」
「ああ。ところで、美咲はなににしたの?」
「それがね、この子絶対秘密って教えてくれないの!」
僕のその質問への返事は、晴子から返ってきた。
「なんだよ、みんな教え合ってるんだから教えろよ!」
コータローも実際は気になってはいないだろうが彼女に催促した。
「だーめ。10年後のお楽しみね!」
「そんなにすごいものなの?」
「うーん。少なくとも、10年後に、少しは話の種になると思うよ」
彼女のことだ。きっとサプライズを用意して、10年後にみんなの注目を浴びたいのであろう。
それならば、どれだけ問いただしても彼女は答えないはずだ。僕らはこれ以上聞いても無駄だと判断した。
始業のチャイムが鳴った。
皆が自分の席に戻ったが、彼女は僕の耳元で囁いた。
「例のアレはちゃんと持ってきたよね?」
「うん。」
僕が返事をすると、彼女はさっと自分の席へと戻っていった。
彼女が席に着くとほぼ同時に、担任がやってきて、今日のタイムカプセル埋めに関する話をしてくれた。
どうやら今日の1限の数学が中止になり、その時間に全校生徒が一斉に校庭に集まる流れらしい。
クラス中で、1限が潰れたことに対する歓声が上がった。
担任はすぐにその歓声を鎮めると、全員へ埋めるものを持ち、校庭へと移動するように促した。
彼女の手をチラッと見た。
どうやら小さな箱のようなものを持っていた。
なるほど、大きなものではないんだな。
まあ、中身を問いただしたところで教えてくれないことはわかっていたので、僕はあえて何も言わなかった。
校庭に向かい、校長のありがたいお言葉があった後、すぐにタイムカプセルを埋める作業に取り掛かった。
すでに業者の方々が、タイムカプセル用の穴を校庭に開けていた。
クラスごとに用意されたタイムカプセルを担任が持ってきて、出席番号順に前に来て埋めるものを入れるよう促した。
クラス全員が入れ終わると、タイムカプセルはいっぱいになった。
カプセルといっても海外に旅に出る時の特大サイズのカバンくらいのもので、担任は力がありそうな男子数名を呼び出すと、穴の方へとそれを持っていった。
10年後にこのタイムカプセルを掘り起こす。
その時、僕は何をやっているのだろうか。
彼女はどんな姿をしているのだろうか。
きっと今よりも綺麗になっているのだろう。
結婚しているものもいるだろう。
もしかしたら、子供を連れて来ている人もいるかもしれない。
太っていたり、ハゲ始めていたり、みんながそれぞれ別の道を歩み、またここで再開する。
僕はその時、彼女のそばに居られるのだろうか。
そんな不安や期待が渦巻いた。が、今そんなことを気にしても仕方がない。
今やるべきことは、大学受験に向けての勉強と、彼女と行く花火大会への心構えだ。
彼女と10年後、彼女の仕掛けた2つのサプライズを楽しむために僕はそう決心した。
お読みいただきありがとうございます。
次回は…
「死んだ人間は星になる」
美咲が試験勉強中に言った言葉…その真意とは…。
試験勉強…懐かしいです…笑
次回もよろしくお願いします!