7話 10年後のお楽しみ
翌日は日曜日で、僕は彼女に呼び出されていた。
日中、部活に勤しんでいた僕は、ヘトヘトな体に鞭を打って彼女との待ち合わせ場所である彼女の家の前まで向かった。
「いやあ、お疲れ様。大会近いから頑張っているね。」
彼女はいつになく楽しげにしている。
「なんだかんだでもう3週間後には最後の大会だからね。今頑張らなくていつ頑張るかって。」
この大会は、高校生活最後ということで今までとは違うということもあるが、それにプラスして彼女を花火に誘うためという大きな裏テーマも存在する。
もしかしたら、僕にはその「裏テーマ」の方が重要なのかも知れない。
「ははーん。さては、私を花火に誘うために頑張ってるな」
目の前のこの女性は、もしかしたらエスパーなのかも知れない、一瞬だけそう思った。
少しだけ呆気にとられた僕の顔を見て、クスッと笑い顔を見せた彼女だったが、すぐにいつもの優しい笑顔に戻った。
ほんとに表情の豊かな人だ。笑顔だけで数種類も使い分けている。
「で、約束のものは買って来てくれたのかい?」
「もう少しでキーホルダーが売り切れになるところだったんだ」
僕は、部活バッグの中に入っていた陽気な柄のビニール袋を取り出した。
中には無論、昨日買って来た彼女へのお土産が入っている。
「おお、危なかったね。あれがなかったらこの瞬間に花火の件はおじゃんになるところだったよ」
また彼女はいたずらっぽい笑顔を浮かべながら僕の手から袋を取った。
「欲しかったのであってるよね?」
「うん!これこれ!ありがとう!」
袋からキーホルダーを取り出し、彼女は嬉しそうに笑った。こういう幼い子供のような無邪気な笑顔も彼女はよくする。僕の一番好きな笑顔だ。
「じゃあ、また明日ね」
僕が帰路の方に体を向けると、彼女は慌てて僕を引き止めた。
「あ、ちょっと待って!部屋からペンを取ってくる!」
そう言うと、彼女は家に入っていった。
それから3分ほどで彼女は戻って来た。
手には、いつも学校に持って来ているペンケースが握られていた。
それから、彼女はキーホルダーのパッケージを破り捨てた。中からは二つのキーホルダーが出て来た。
「何するの?」
僕がたずねると、彼女は、「ちょっと待ってて」と言い、ジーンズのポケットから小さな紙を取り出した。恐らくノートを1ページ破いたものだろう。
「はいこれ!」
彼女はその小さな紙切れとマジックペン、それから二つのキーホルダーを渡してきた。
「このキーホルダーを二つ繋げて、この紙に書いてある通りに書いて!」
紙には、キーホルダーの絵と何やらよくわからない記号の列が書かれていた。
「これってどういうこと?」
僕は彼女に問いかけた。至極真っ当な疑問である。
「それは秘密!いいから黙って書いて!」
「君が書けばいいじゃないか」
「それじゃダメなの!いいから!!」
彼女があまりにもしつこいので、僕は仕方なく彼女の言う通りにした。
よくわからない暗号のような記号を記入し終えた僕は、ペンと紙切れ、そして女の子が持つ用のピンクのキーホルダーを彼女に渡した。
「このキーホルダーは淳平が持ってて!」
「え、二つとも?」
「そう、これは二つとも淳平が持っていて」
彼女は予想に反して、二つのキーホルダーを両方僕に渡して来た。
「1つずつ持つのかと思ったよ」
「それじゃ恋人みたいじゃん」
彼女の何気ないその一言に胸元をえぐられるような感覚を覚えたが、それを振り切り彼女に反撃をした。
「せっかく買って来たのに返されるなんて、ちゃんと訳を説明してくれない?」
僕の反撃は成功した、と思ったが、彼女はその反撃を待ってましたとばかりに迎え撃った。
「じゃあ、説明しましょう。君はそのキーホルダーを持ち帰って、大切に大切に保管してください。絶対に無くさないでね。それから、そのうちの一つだけは今度の学校のタイムカプセルの中にしまって。以上。ほかに質問は?」
「聞きたいことは山ほどあるけど、一番聞きたいことを聞くね。この後ろに書いてあるのは何?」
「いい質問だね。けど、それは今は教えられないなー」
「じゃあいつ教えてくれるの?」
「そうだね、10年後くらいかな?」
「君は僕をからかっているのかい?」
「いやいや大真面目だよ。私の顔を見て見なさい」
そう言われて彼女の目を見ると、その目はくだらない悪ふざけをしている時の目ではない。
ならこれになんの意味があるっていうのか。
「では、一つだけヒントをあげよう。君はこの意味を私の口からは聞かされない、きっと自分で気づくことになるよ」
尚更わけがわからない。僕が自分で気づく?彼女は一体何を企んでいるのだろうか?
「もう少し、ヒントをくれよ」
「だーめ。今わかっちゃたら意味ないもん。答えは10年後のお楽しみにね。あ、くれぐれもさっき言った約束忘れないでね」
「えっと、一つだけは大切に保管して、一つはタイムカプセルに埋めるんだよね?」
「そうそう、文字が消えないように大切に保管してね」
「はいはい。じゃあ、そろそろ帰るね。夕飯の時間だ」
気がづくと辺りは暗くなり始めていた。
「うん。じゃあ気をつけてね」
彼女はニコッと微笑むと、右手を顔の横にもってきて小さく振った。
「じゃあ、また明日」
僕は、わが家への道のりを歩き始めた。
少しして、スマホのバイブ音が鳴った。
スマホを取り出すと、彼女からのメッセージが届いていた。「お土産ありがとね!」
僕は、ポケットからイヤホンを取り出し、流行りの邦ロックバンドのラブソングを聴きながら家路に着いた。
お読みいただきありがとうございます。
次回は、いよいよ部活の大会です。 果たして、大会で活躍して美咲を花火大会に誘うことはできるのでしょうか…。
次回もよろしくお願いします!