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13話 旅編 前編

 彼女によると、霧ヶ峰までは諏訪湖近くまで高速バスで移動し、そこから登山バスなるもので移動し向かうらしい。


僕は乗り物酔いしやすいため狭くて息苦しい高速バスという乗り物が大層苦手だった。


小学校の遠足でクラスに一人はオロオロと迷惑をかけてしまう人がいただろうが、まさにそれが僕だ。


それを彼女に伝えると、彼女は「それならエチケット袋を持っていかないとね!」と気にしているのかいないのかわからないような返事を返してきた。


それならと、僕は彼女に高速バスを使わない交通手段を提案した。


少し手間はかかるが、電車を乗り継いで諏訪湖まで行くことはできる。


しかし、彼女はそれを問答無用で却下してきた。


彼女いわく、高速バスを使った方が修学旅行感が出てワクワクするらしい。


僕はここで、黙って旅行用の大きめのリュックにエチケット袋を3セットと酔い止め薬を入れることを決心した。


 旅も前日となり、旅行の荷物を詰めることにした。


彼女いわく、その別荘には洗濯機があるらしく、着替えは1日ぶんでいいとのことだ。


この旅が何日間続くのかは僕はあえて聞かなかった。


幸い、僕の親も彼女の親戚の方の別荘にお邪魔させてもらうと伝えたところ、あっさりと快諾してくれた。


おそらく、彼女の親御さんから既にお話を伺っていたのであろう。


着替え以外に大きな持ち物はないため、思っていたよりもリュックの中は余裕があった。


そこで僕は、母から渡された向こうで食べるたくさんのお菓子を詰め込んだ。


そして忘れずにエチケット袋も詰め込んだ。


 すると、彼女から一件のメッセージが届いた。「分かっていると思うけど、向こうは結構冷えるから上着を持ってきてね!」とのことだ。


僕はそのメッセージを見て、慌てて部活で使っていた薄手のウインドブレーカーを押し込んだ。


  旅行の前日というのは、緊張して眠れないことが多いが、その日はぐっすりと眠りにつくことができた。


そして僕は夢を見た。彼女と出会った時の夢だ。


 彼女は僕たちが小学校2年生になりたての時に転校してきた。


目がぱっちりとしていて肌が白く、髪が綺麗なストレートのとても可愛らしい子だった。


彼女は担任に促され、僕の隣の席に座った。


と言っても、新学期の席は名前順で並んでいたため、予め僕の隣に名も知らぬ子が来ることは予測できていたから、そこまで驚きはなかった。


僕が一番驚いたのは、彼女は少し引っ込み思案だった僕に半ば強引に話しかけてきたことだ。


彼女は、見た目からして大人しそうな子と言ったような感じだったため、最初はとても抵抗を感じたが、彼女の屈託のない笑顔を見ているうちに、僕は彼女という人間にどんどんと惹かれていった。


そして、あの運動会の日に恋をした。 


 その夢はそんな彼女との出会いから、節目節目のたくさんの思い出をフラッシュバックしていくものだった。


ただ少しだけ違和感を感じることもあった。


それは、林間学校の夜。明日向かう霧ヶ峰の夜だ。


 その日彼女は、確かに僕らと楽しい時間を過ごしたはずだった。


しかし、夢の中の彼女は、星を見ながら泣いていた。


僕はそれに気づき、キャンプファイヤーから抜け出して彼女のもとに駆け寄った。


僕は彼女に声をかけたが、彼女は返事をしなかった。


何度も何度も彼女の名前を呼んだ。


幸い夢の中ということで、キャンプファイヤーを抜け出した僕らのことを心配して駆け寄って来る先生や友達はいなかったため、僕は黙って大粒の涙を流す彼女のそばにいることができた。


 そういった時間がどれくらい続いていたのであろう。


気づくと、僕の目の前には見慣れた母の顔があった。


「いつまで寝てるの!早く支度しないと間に合わないわよ!」


時計を見ると午前7時を指していた。


彼女との待ち合わせ時間は最寄駅に8時だ。


目覚ましは6時半にセットしたつもりだったが、あまりにも深い眠りについていいたため気がつかなかったようだ。


眠りが浅い時に夢を見るというのはよく聞くが、あれは必ずしも正しい訳ではないのかもしれない。


そんなことを考えながら朝の準備を済ませ、急いで駅へと向った。7時58分、ギリギリに駅に着いた。


 その日は朝から夏日を記録するほどの暑さで、走った僕は汗まみれだった。


それとは対照に、彼女は涼しそうな水色のギンガムチェックのワンピースを着て、麦わら帽子をかぶって立っていた。


 汗だくで走って来る僕を見つけるやいなや、クスクスといたずらに笑って、それから大きく僕に向って手を振った。


「寝坊したの?」


「7時に目が覚めた。」


「私は6時には起きて準備してたよ。モーニングコールしてあげればよかったかな?」


「そんなに早く起きてもやることないよ。よくそんな早く起きたね」


「女の子はお化粧とか色々準備があるの」


「なるほどね」


そんなやりとりをしながら、僕らは駅のホームへと向った。


僕らの最寄の駅から少し行ったところに大きめの駅があり、そこから高速バスへ乗ることになっていた。


「そういえば、昨日ね、淳平と出会った時の夢を見たんだ」


「え?僕もその夢を見た」


「すごい!二人で同じ夢を見るなんて。あ、けどね、なぜか林間学校で私が泣いてるの。それで、君がそれを心配して駆け寄ってきたんだ。けど、君の声は私には届かなかったんだ。そこで目が覚めたんだけどね」


とても不思議なことに僕らは同じ夢を見ていたらしい。


これから小学校以来の場所に二人で向かうので、それに関連した夢を見る可能性は少なくはないだろう。


それに、二人の夢がどれくらい似通っているかなんて正直夢の中のことだしわからない。


ただ、二人が共通して、事実とは異なる不思議な体験をした。


なぜ、僕らは霧ヶ峰で泣いている彼女を見たのか。


なんとなくだが、その答えが僕らが向かう霧ヶ峰にあるような気がした。


 電車は通勤の波に飲まれながらも高速バスの発車場所のある駅に到着した。


 駅に着くと、同じようなスーツ姿の同じような髪型をした大人たちが、かけっこで一等賞を目指す少年のように一目散に同じ方向を目指して走り出した。


反対側のホームには僕らが乗っていた電車とは違う路線の電車が止まっていて、その電車にその大多数の大人たちが一斉に向かっていた。 


そんな毎朝起きるであろう小さな戦いを傍観者のように見つめていた僕らは、その波をうまくかわして駅の出口へと向かった。


一瞬の隙で隣にいた彼女と離れてしまいそうになったが、僕は波を巧みに渡りきる伝説のサーファーのように彼女の元へと駆け寄り、彼女を連れて駅の出口方面の改札がある階段へと進んだ。


「なんかすごいね。プロっぽい!」


「一体何のプロだよ」


僕は彼女のよくわからないようなわかるような褒め言葉に少し照れながら、彼女を引き連れて駅の改札を出た。 


 改札を出るとすぐに、高速バスのターミナルが見えた。


まだ、乗車予定のバスが来るまで10数分あったため、僕らはその近くのコンビニに入ることとした。  

  

僕らはコンビニに入って、すぐドリンク売り場に向かった。


僕は迷わず一番安くて量がたくさん入っているお茶を手に取った。


彼女はというと、ドリンク売り場の前でわざとらしく腕を組んで考えている姿を見せていた。


「何にするの?」


僕は何気なく彼女に問いた。


すると、彼女はまたしてもわざとらしく考え込んだ様子を見せた。


「ちょっと考え中!甘いのにするかお茶にするか!」


「それなら両方買えば?」


僕は至極真っ当な回答を彼女に示した。


「それだと荷物になっちゃうじゃん。それに途中のパーキングで飲み物を買うのも旅の一つの楽しみだし!」


彼女には実によくわからないこだわりが複数ある。


だが彼女の言いたいことも分からなくはない。


事実、パーキングエリアの自販機というものは、何か独特の購買意欲を掻き立て、余計に旅人たちに飲み物を買わせていく。


彼女はまた少し考えたような仕草をしてから、意を決したようにコーヒーのエリアに手を伸ばし、ペットボトルの甘いコーヒー牛乳を手に取った。


「お茶は貰えばいいからこっちにした!」


彼女は嬉しそうに語りかけた。


女子という生き物は一口ちょうだいの文化が染み付いていて、人の食べているものを絶対に断れないお願いで奪い去っていく。


彼女もこれに関して例外ではなく、僕も彼女に何度もトンビのように食事を掠め取られている。


 彼女は意気揚々とドリンク売り場を後にし、次にお菓子売り場へと向かった。


そしてそれを追った僕が彼女のもとに着いた頃には、3種類のお菓子を手に取っていた。


「そんなに買うの?」


「うん。だって旅は長いんだよ!腹ごしらえが必要じゃん!」


僕はバス酔いをしやすいタイプなので、極力車内での飲食は控えるよう心がけている。


だが、彼女は乗り物酔いとは縁がない人生を歩んでいたらしく、車内を映画館のように楽しむタイプらしい。


 手に取ったお菓子を見ながらとても嬉しそうに笑っている彼女を見て、とてもじゃないが「死」を感じることはできなかった。


彼女ほど「生」が似合う人物もそうはいないだろう。


喜怒哀楽を全面に押し出し、人生を謳歌している。


いや、それも「死」が隣り合わせだからこそなのだろうか。


僕のように人生をただ平坦に生きていると、生だの死だのと考えないため、1つ1つの時間をただ無駄に過ごしてしまう。


 生と死は隣り合わせだ。


彼女は死を身近に感じているからこそ生も強く感じているのであろう。


だからただ、この数時間のバス移動のおやつや飲み物にも一喜一憂できるのだろう。


そんな結論を頭の中で出した僕は、ミント味の板ガムを1つ手に取り、先に会計をしていた彼女の後ろの列に並んだ。


僕らがコンビニを出ると、乗車予定のバスが停留所にすでに止まっていた。


僕らはお互いリュックを1つずつ持っていただけで預ける荷物もなく、チケットを乗務員に見せ、「柏木」と書かれた隣り合った席に腰を下ろした。


席は後部から2番目で、リュックを足元に置くと少し狭く感じる程の狭い空間だった。


 彼女は席に着くやいなや、先ほど購入したコンビニのレジ袋からコーヒー牛乳を取り出しぐびぐびと飲み始めた。


「そんなに飲むと途中でトイレに行きたくなるよ」


僕が親切心でそう言うと、彼女は聞いているのかいないのか、次は同じレジ袋からぶどう味のグミを取り出した。


「いる?」


彼女は僕にグミを一つ差し出した。


「ありがとう」


僕も素直にそのグミを受け取り口に入れた。


昔ながらの柔らかめの食感のグミで、どこか少年時代を思い出す甘さが口の中いっぱいに溢れてきた。


人から少しだけもらった食べ物は自分で買って食べるよりも美味しく感じるものだ。


なるほど、これが女子のやっている一口ちょうだいの原理なのかもしれない。僕は変に納得をした。


それから数分すると、バスは乗務員のアナウンスとともに停留所を出発した。


平日で、バスの中は空席が目立ち、おおよそ50%程の乗車率といったところだった。


彼女はというと、発車してからずっと嬉しそうに窓からの景色を眺めていた。


発車したばかりのバスはいつもの見なれたビル街を通っていたため真新しい景色などは何も見られなかったが、それでも彼女は外の風景をしっかりと目に焼き付けているようだった。


しばらくすると、バスは高速道路の入り口に差し掛かった。


すると流石の彼女も代わり映えのしない外の景色を見ているのは飽きたのか、スマホを取り出して、何やらアプリを起動し始めた。


彼女は漫画を見始めたようだった。


「そういうアプリの漫画って見たことないな」


僕がボソッと呟くと、彼女は久々に聞いた僕の声にすぐさま反応した。


「へえ、結構面白いのもあるんだよ」


「そもそも僕は決まった週刊誌しか読まないからな」


「確かにそうだよね。けど、私は連載中の週刊誌を最後まで読むことができないから…」


あまりにも自然な会話だったため、僕は何も意識せずにありのままを話した。


確かに、余命が幾ばくもない彼女は1週間で数ページしか話が進まない週刊誌など読まないだろう。


 僕は彼女に対して、ロスタイムライフのことをあえて意識せずに接していこうと決めたが、あえて彼女にそのことを思い出させるような発言はあまりしないように心がけていた。


やはり極力彼女から死についての話は聞きたくなかったという本音があるのだろう。


あの日ファミレスで意識しないようにと心に念じていたが、やはり全く意識しないというのは不可能なことだ。


 僕の心は彼女のように強くない。


おそらく、今も彼女自身はあまり気にもしていないだろう。


彼女にとっては至極当たり前、虫歯の治療中の人がせっかく出されたスイーツを食べられないくらいの残念さしか感じていないだろう。


当の本人がそれなのに、僕が弱気になっていてはダメだ。だが、僕の心には最愛の人の死はあまりにも受け入れがたい事実だった。


それから何分経っただろうか。僕は、気まずくなり目を閉じていたら眠ってしまっていた。


目が覚めたのは、トイレ休憩のために立ち寄ったサービスエリアに到着し、彼女に肩を叩かれた時だった。


「1時間くらい眠ってたよ。15分休憩らしいからなんか美味しいもの買いに行こうよ!」


彼女はいつも通り元気だった。


「ごめん寝てたね」


僕が謝ると彼女はいたずらな笑顔を見せた。


「すごい顔して寝てたよ。面白かったから写真撮っちゃった!」


彼女はスマホを取り出し、醜い僕の寝顔を見せてきた。目と口は半開きでものすごいアホズラだった。


「ちょっと、消してよ!」


僕は無理やり彼女のスマホを取り上げようとしたが、彼女はそれをひょいとかわしてスマホをカバンの中にしまった。


「大丈夫!あと3ヶ月もしたらスマホのフォルダーもすっからかんになるからさ!それまでは私が元気がない時の笑いのネタに使わせてもらうね」


「君が元気がない時なんてあるのかい?」


僕は彼女のブラックジョークを今度はあっさり流した。そして彼女の方を見ると、彼女は少し不満げな表情をしていた。


そんな彼女を無視して、僕はバスの座席から立ち上がり、降車口へと向った。


狭い座席でずっと寝ていたせいか腰が痛かった。


だが、眠っていたおかげでバス酔いもしなくて済んだ。


 久々に外気に触れると、やはり都会ほどではないが、少し立っているだけで汗ばむような暑さだった。


僕が背伸びをしていると、彼女が勢いよく僕の背中にのしかかり、おんぶするような体勢になった。


「私を無視して寝てた罰として、このまま売店までダッシュ!あ、やっぱその前にトイレに向って!」


ただでさえ暑いのに彼女の体温を感じ、余計に暑さが増した。この体温は彼女の生きている証だ。


その証を噛み締めながら、僕は彼女に言われた通り、トイレまで少し駆け足で向かった。


わずか数十メートルだったが、この炎天下の中で人を担いで小走りをしたものだから僕の体からは汗が噴き出し始めた。


僕は水分補給をしていなかったためトイレには行かず、建物の中に入り涼むこととした。


少しして彼女が帰ってきたので、僕らは売店でソフトクリームを買って食べた。


観光地ならどこにでもあるような安っぽいソフトクリームだったが、この暑さと寝起きの喉の渇きには最高に染み渡る味だった。


僕らは、それを食べながら少し早めにバスの中に戻った。


 それから2時間ほどバスに乗っている間、僕らは他愛もない会話をし続けた。


クラスの誰々と誰々が付き合い始めたこと、最近流行っているドラマのこと、好きな野球チームの最近の成績のこと、互いが次々に話題を提供し、話は途切れることがなかった。


断っておくが、話が盛り上がったからといって大騒ぎをしていたわけではない。


とは言っても彼女の声は人の二倍大きいため、周りの人たちには少々迷惑をかけたかもしれない。


 途中で1度休憩を挟んだ以外は、ほぼノンストップでバスは進み、予定していた通り、昼の1時頃には諏訪湖に到着した。


幸いなことに話に夢中で僕のバス酔いは発症しなかった。


お読みいただきありがとうございます。


いよいよ旅が始まりました…!

旅編は全3部でお届けを予定しています。


次回は

旅の続きです。 2人にどんな事が待ち受けているのでしょう…


次回もよろしくお願いします!

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