婚約者が寝取られました。
「子爵令嬢、俺は君との婚約を破棄する」
学園の卒業パーティでそう宣言したのは、騎士団長のご子息だった。
婚約破棄の理由は、パーティ会場の壇上で彼を含む五人の男性に取り囲まれている男爵令嬢だ。騎士団長のご子息は彼女に恋をしたのである。
武術一辺倒の騎士団長のご子息に気に入られるため、男装の麗人となって彼とともに武術に励んでいた子爵令嬢は、学園に入学してから初めて見せるドレス姿でカーテシーをする。
「喜んで……あ、いえ、謹んでお受けいたします」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「伯爵令嬢、僕は貴方との婚約を破棄します」
騎士団長のご子息の次に言ったのは、侯爵家のご子息。
軽く眼鏡を動かして、壇上から伯爵令嬢を見下ろしている。
もちろん彼の婚約破棄理由も男爵令嬢だ。
お互いに勉強が好きで頭が良いから、と学園に入学してから結ばれた婚約相手の伯爵令嬢は、侯爵家のご子息よりも頭が良い。
彼はそれが気に入らなかったようだ。男爵令嬢のことがなくても、いつか婚約は破棄されていたに違いない。
伯爵令嬢は優雅にカーテシーをする。
「承りました」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「公爵令嬢、私は貴方との婚約を破棄するよ」
三番目にそう言ったのは、国内一の商家の息子。
あまりに身分が違い過ぎる婚約だけど、これにはわけがある。
彼はただの平民ではない。この大陸すべてで信仰されているとある宗教の大神官の子なのだ。
その宗教の大神官は妻帯を禁じられているし、彼の母親は商家の当主の妻だ。にもかかわらず商家の当主が狂信者なものだから、不義の子の彼は当主の実の息子よりも大切にされて育った。公爵は狂信者ではないが、とある宗教の影響力を利用したくて娘と彼を婚約させたのである。
もちろん婚約破棄の理由は──
公爵令嬢は踊るような仕草でカーテシーをする。
「神様に誓ってこの婚約破棄に異議は唱えませんわ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「辺境伯令嬢。俺さ、君と婚約を破棄しようと思うんだ」
ヘラヘラと笑いながら言ったのは、この国の王太子の従兄に当たる大公家の息子。
残念なことに私の兄様だ。学園に入学して男爵令嬢と出会う前から、女好きで尻の軽い男として知られていた。……早くやり過ぎか性病で死ねばいいのに。
クソ兄様よりもはるかに尊敬していた、ひとつ年上の辺境伯令嬢が恭しくカーテシーをする。
「かしこまりました」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「大公令嬢、私は君との婚約を破棄する。……彼女を愛しているからだ」
最後に口を開いたのはこの国の王太子殿下。
ひとつ年上の彼と大公令嬢の私は、生まれる前から婚約をしていた。
彼はとても有能で謙虚な──つまりクソ野郎だった。これくらいだれでも出来ると、自分を基準に無理難題を臣下に押し付け、上が休まないと下も休めないのに時間を惜しんで公務に当たる。適度に休息をとる私は、いつも怠け者と罵られていた。
今、王宮の役人には空前の過労死嵐が吹き荒れている。
なんだかんだ言って最上のものを与えられ、周囲が気遣ってくれる王太子と同じように下級役人が激務をこなしていればそりゃ死ぬわ!
私は何度も何度もその危険性について訴えてきましたからね、招待席の国王陛下と王妃殿下! 今さら縋るような目で私を見られてもどうしようもありませんからー。貴方方のご子息は『頭の良い莫迦』です、残念でしたー!
私は、これまでのご令嬢方と同じように満面の笑みでカーテシーをする。
「わかりましたわ、殿下。おふたりの幸せを心からお祈りいたしますわ」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「……」
この国の王太子の隣に立ち、婚約者に婚約破棄を告げた四人の殿方に取り囲まれた男爵令嬢が、救いを求める瞳で私を見ているが知ったこっちゃない。
婚約者のいる男性と親しくするのは慎みなさい、と私に言われた途端、ふるふると震えて周りの殿方に助けを求めたのは貴女。
いくら引き取られたばかりの庶子だとはいえ貴族令嬢になったのだから、はしたないおこないはおやめなさいと私が言ったときは、周りにだれもいなかったからか勝ち誇った笑みを浮かべて魅力がないアンタが悪いのよ、と毒づいてきたのは貴女。
簡単に体を開いて殿方を魅了したのはいいけれど、一日でも肉体関係をお休みすると嫉妬した殿方に詰め寄られるので、ボロボロになりながら乱れた日々を送っているのは貴女が選んできたことの結果。
「それでは失礼いたしますわ」
私は壇上に背を向けた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
子爵令嬢との手合わせで負けたことでヘタレて、男爵令嬢の「さすが~」だけを胸に抱いて在学中は適当な訓練しかしていなかった騎士団長のご子息。
生まれつきの大きな体と強い腕力に頼り切っていたから、か弱い女性の身を補うための訓練を続けていた子爵令嬢に負けたのだということに、彼が気づくことはないだろう。
伯爵令嬢に試験の順位で負けたことで現実逃避して、男爵令嬢の「知りませんでした~」を真に受けて以前学んだことをひけらかすだけになってしまった侯爵家のご子息。
婚約前から勉強好きだった伯爵令嬢は自分のために学び、もう彼が追いつけない場所にいる。
公爵令嬢を貶めることで男爵令嬢に「すごい~」と言われて悦に入っていたため、公爵が大神官の後ろ盾も商家の御用達も取りやめたことに気づいていない商家の息子。
確かに宗教は力を持っているけれど、組織内で地位を保つにはお金と外の権威が必要なのにね。
元から見捨てられかけてたくせに、男爵令嬢の「世界一カッコいいです~」を信じて莫迦を繰り返したせいで辺境伯令嬢にも見捨てられたクソ兄様。
あ、大公家は私が継ぐので、兄様の帰る家はありませんから。
これまでは優秀だというだけで慕われていたけれど、次々過労死していく同僚を見た役人達に、この上司おかしいんじゃね? と気づかれ始めた王太子。
もう「尊敬してます~」と言ってくれるのは男爵令嬢だけになってる。……遠い昔は、彼を好きだったこともあったのだけどね。
──クソ兄様より先にやり過ぎか性病で亡くなりそうな、死人の顔色をした男爵令嬢。
彼女が莫迦で本当に良かった!
もしひとりだけに絞られていたら、男に色事は付き物だからと愛人に迎えられて、その殿方の婚約者が泣き寝入りさせられていたかもしれない。五股だから、親世代も異常に気付き犠牲者の殿方達を廃棄する決意をしたのだ。
ま、どちら様も幸せになれるものならなってみればいいんじゃない?
私は無理だと思うけどね!