第八話 闇夜の襲撃者
第八話 闇夜の襲撃者
不意に目が覚めた。
『何か、いる』
直感がそう告げた瞬間、クロードはベッドからリノアを抱えたまま飛び起きた。
同時に懐刀の鯉口を切り、暗闇の中の気配を探る。
「……ん……?」
抱え込んでいたリノアが身動きし、うっすらとその目を開いたのを見て、クロードは静かに、しかし鋭い声で耳打ちした。
「……リノア、動くな。何か、いる」
「う、うん……」
暗闇でもクロードの目は機能するが、それ以上にこの部屋にいる『何か』の存在感は奇妙だった。
居るということは感知できるが、視覚に捉えることは依然として出来ていない。
透明化の魔術と考えもしたが、クロードは脳内で短くそれを否定した。
クロードは獣人であるが故に、人間より遥かにそういった『常識とは異なるもの』の気配に鋭い。
具体的に言えばリノアがクロードに魔力の花を手渡そうとした時に、その発生の予兆を感知することができた、といったところだろうか。
そして今、そういった魔力を行使しているような感覚がクロードの髭にはなかった。
突然、気配の主が動いた。
動いたというよりは空気の流れが変わったことを察して、クロードは抜き身の懐刀を構え直す。
窓から僅かに差し込んでいた月の光を反射した相手の刀身を見切り、懐刀で受け止め、弾き返す。
しかし、相手の刃は見えても姿が視覚化出来ないことがなんとも不気味だ。
隠密などの得意とする気配遮断でもこうまで無に近しいほど存在を隠すのは不可能だろう。
壁を背にして後ろを取られないよう立ち回っていたクロードだったが、不意に背筋に冷たいものを感じ、リノアを抱えたまま今いた場所から飛び退る。
刹那、クロードの立っていた位置を測っていたかのように宙を無数の刃が過る。
魔術のそれとは違う、そうは感じるものの何もない空間から刃物を複数召喚するというのは常人の為せる業ではない。
ふとクロードの鼻腔に一瞬だけ、何処かで嗅いだことのある匂いがふっと香った。
その匂いに気を取られた瞬間を、侵入者は見逃さなかった。
僅かな時間で一気に間合いを詰め、クロードの手にあった懐刀を弾き飛ばす。
「しまっ……!」
体勢を崩したクロードに襲いかかるかと思いきや、侵入者が手を出したのは腕から離れたリノアだった。
黒いローブのようなものがリノアの身体を包み込み、今度こそクロードの髭が魔術の気配を感知する。
これは、転移魔術。
「させるか……!」
武器も無しにローブを引き剥がそうと手を伸ばしたクロードの腕を、左右の空間から顕れた無数の刃物が容赦なく切り裂く。
「……クロさん……っ!」
リノアが手を伸ばす。
しかし、その指をクロードの掌が掴むことはなく、クロードが痛みに怯んだ一瞬のうちにリノアの身体はローブに包まれ、その場から転移してしまった。
「……リノア!!」
無残に宙を掻いた掌を握りしめ、即座にクロードは自身の得物を肩に担ぎ、微かに残った魔術の残り香を追って窓から飛び降りた。
音もなく着地し、徐々に捉えられなくなる反応を必死に髭で感じながら術者の足取りを少しでも掴むためにひた走る。
反応が、消える。
残り香を追って路地裏に転がり込んだクロードの眼が、ぶれる様に姿を歪ませ、空間に消えていく何者かの姿を捉える。
「お前……お前か!!!」
大太刀を抜き放ち今にも飛びかかろうとしたクロードを視認したのか、その人物は深く被ったフードの下で薄っすらと冷たい笑みを浮かべ、呟いた。
「……花は、枯れよう」
その言葉を残してその人物は宙に搔き消え、クロードの振りかぶった大太刀は空を切って舗装された路地を貫いた。
『花は枯れる』
その言葉が何を意味するのか、今のクロードは痛いほど理解していた。
花は、リノアのことだ。
助けに行かなければ、リノアが死んでしまう。
クロードに抱かれながら声を殺して泣いていたリノアの命が、消えてしまう。
「っ……!!」
道路から乱暴に大太刀を引き抜き、クロードは足早にそこを後にした。