第五話 休息と笑顔
第五話 休息と笑顔
すうすう、と小さな寝息が聞こえる。
あと、腹部が妙に温かい。
半分寝ぼけている状態のクロードが重い瞼を開き、視線を自分の腹部に移すと、そこにはリノアがクロードの胸あたりの柔らかい毛皮に頬をくっつけて静かに寝入っていた。
腹部が温かかったのはリノアがクロードの上に半分身体を乗せるようにして寝ていたため、体温が伝わったせいだろう。
しかし、そこまで考えてからクロードは自分がリノアを抱きしめるようにして寝ていたことにようやく気付かされた。
左腕だけだが、がっちりとリノアの腰回りに手を回しているのが紛れもない証拠である。
慌てて振りほどこうにも、こう安らかに寝息を立てているリノアをむざむざ起こすのも気が引ける案件ではある。
仕方ない、後で弁明しよう、と心の中で決めてクロードはしばらくそのままリノアを寝かせてやった。
部屋の窓から差し込んでいる日差しがうっすら夕焼け色に染まりかけた頃に、リノアがクロードの腕の中でわずかに身動きした。
「ん……ぅん……」
クロードの毛皮に頬ずりして、より身体をひっつけてくるリノア。
本人は無意識且つ恐らく温もりを求めての行動なのだろうが、ここまで一気に警戒心が解けているのも珍しい。
睡眠時は案外素が出るのかもな、と考えながらクロードは空いている右手で、ちょうど手の届くリノアの背中あたりをゆっくりさすってやった。
毛皮のせいで見えないのはありがたいが、柄にもなく赤面していることに驚きが隠せない。
そうしていると、撫でられている背中の感触で起きたのか、リノアが腕の中で小さく欠伸をしてぼんやりしながらゆっくりと上体を起こし始めた。
「ん……?」
眠たげな視線で腰に回ったクロードの腕と、今上体を起こすためにクロードの胸についた自分の手、そしてそこからクロードの顔に視線を移していく。
「よ、よう、起きた……よな?」
クロードの声でようやく意識がはっきりしたのか、慌てて身を引こうとするリノアだが、まだクロードの腕が腰に回っていて動こうとしても抜け出せないことに気付く。
「あ、えと……クロさん、おはよう……ございます……」
「あ、すまん、動けないよな」
リノアを抱えていた左腕を解いてやると、リノアは慌ててベッドの上から飛び降りてわたわたと謝り始めた。
「ごめんなさい、寝る前にクロさんが出してた手、掴んだ後にじっとしてたらいきなりすごい力で引っ張られて……あ、でも、温かかったから……嫌ではなかった、うん……えーと、ごめんなさい……」
「いや、こっちこそすまなかった。疲れが溜まってたとはいえ、寝落ちた挙句問答無用でベッドに引き摺り込んで寝かせるとか弁解の言葉もない……」
お互いにぼそぼそと謝り続けているうちに、だんだんと可笑しくなってクロードは思わずふっと吹き出してしまった。
それを見て、若干頬に赤みを差していた状態で謝り続けていたリノアもくすっと笑った。
二人とも、だんだんと言い分がこんがらがって謝り続けるのが可笑しくなったのだ。
「……よし、謝るのはここまで。 リノア、何か食べに行こう。 そういや何もたべてないんだ、腹減ってるだろう?」
「……お腹が空いているかはわからないけど、うん、クロさんが行くなら一緒に行きたい」
自分の腹部を押さえて感覚を探っているようなリノアに、クロードはベッドから起き上がり、身だしなみを整えてから棚に入れていた荷袋から財布を取り出してリノアに手招きした。
「この近辺で美味い店ならそれなりに心当たりがある。 どの店にするかはとりあえず行って見て考えるとするか」
こくりと頷いたリノアがクロードにおずおずと近寄ってくる。
「……ねえ、クロさん……」
「? どうした?」
クロードを見上げながらリノアが小さな声で呟く。
「手……握っててもいい、かな?」
その言葉に頷き、ほら、と自分の手のひらをリノアの方へ向ける。
クロードの手をそっとと右手で掴むと、リノアはクロードの顔を見てふっと微笑った。
「ありがと、クロさん」
リノアの綺麗に整った顔立ちで、澄んだ蒼の瞳がクロードを捉えて嬉しそうに踊る。
それを見て、一瞬で顔が火照り、胸が早鐘を打つ。
いやいや、自分は何かを求めるためにリノアを助けたわけでは、と慌てて心の中で言い聞かせるも、なかなか動悸は収まらない。
「よ、よし、じゃあ行くぞ」
慌ててリノアの手を引き、顔を見られないように先導しながら部屋を出て階段を降り、クロードは宿から出ていった。