第四話 湯浴み場でのハプニング
第四話 湯浴み場でのハプニング
銀鹿亭の湯浴み場は湯船ではなく、人肌よりいくらか高めの温度の湯を溜めてある場所から必要な分だけ桶を使ってそれを掬い、身体に浴びせかけるという方式だ。
それゆえクロードのような獣人でも気兼ねなく、湯を汚すことなく湯浴みができるのはありがたい。
毛皮があればどうしても抜け落ちる古い毛はあるもので、湯船を併設している宿から獣人があまり好まれないのはそれのせいで湯船の掃除に苦労することも大いにしてある。
褌を解き、熱めの湯を頭から浴びて、毛皮やたてがみの汚れを落とすべく手持ちの石鹸を用いてがしがしと身体中を満遍なく擦っていく。
湯浴みをしている時、自分の毛皮のくすんで汚れていた色が本来の白に戻っていく瞬間がクロードは好きだった。
あらかた身体を洗い終えて、もう一度頭から湯を浴びせかけてたてがみを掻き上げ、一息ついたその時。
「クロさん、エルゼさんが身体を拭くのに必要だろうって……」
裏口の方から聞こえたリノアの声。
ぎょっとしてそちらを振り返るとリノアが厚手のタオルを両手で抱えながらとっとっと駆けてくるのが見えた。
慌てて前を隠そうにも濡れた手で着替えは掴めない上、他に近くにあるものといえば湯を掬うための手桶ぐらいだ。
「あー、リノア、できるだけこっちを見ないようにしてタオルを渡してくれるか? ちょっと何も着てないんでな、悪い、頼む」
よく考えればタオルを用意せずに湯浴みを始めた自分に落ち度があるのは言うまでもないが、先程と同じようにそれとこれとは別問題なのである。
「……? わかった、じゃあ、はい」
言われた通りにそっぽを向きながらリノアがクロードに近寄り、タオルを手渡す。
「ありがとな、助かった。 タオルのことをすっかり忘れてたよ」
大急ぎでタオルに毛皮から水分を染み込ませて、軽く身体を震わして水気を飛ばしてから慌てて新しい褌を締め直す。
「……よっし。 もう大丈夫だ、悪かったな」
すると視線をクロードの方に戻したリノアは不思議そうに呟いた。
「何が悪かったの?」
無知なのか、はたまた興味が皆無なのか。
とりあえずそれに関しての話題は据え置きにして、クロードは着替えを身に纏うとぽんぽんとリノアの頭を軽く叩いて少し撫でてやった。
「ん、まぁまた今度教えてやる。 さて、部屋に戻って少し休むか」
「うん、わかった」
裏口から宿の中へ戻り、エルゼにタオルの礼を言ってから二階の部屋に戻る。
湯浴みを終えたせいか身体全体に若干の気だるさと程良い眠気が感じられる。
部屋の鍵をかけてから荷物を棚にしまい、クロードは大きく欠伸をしてからベッドに横たわった。
「クロさん、眠い?」
依然としてリノアは進んでベッドに近寄ろうとせず、ベッドの脇からクロードの顔を覗き込んでいた。
「ああ、ちょっと眠いかもな……まあ単純に疲れが溜まってたのもあるし、あとやっぱり野営と比べるとベッドの柔らかさは天国だよ」
ふああ、と再び欠伸をして眠気で若干回らない頭でクロードはリノアに手を差し伸べた。
「リノアもちょっと寝ろ、ずっと起きてるといざって時に動けないぞ……」
クロードの差し出した手をリノアがおずおずと握る。
その感覚を最後にクロードは微睡みの中に落ちていった。