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いつか綻ぶ幻想花  作者: 羽乃雪文
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第三話 リノアの知識

第三話 リノアの知識


 部屋のドアを開け、先にリノアを通してから鍵をかけて二人で階段を降り、裏の洗い場に向かう。

 エルゼが予め宿泊客たちに声をかけておいてくれたのか、洗い場には人影はなく、心置き無く使えそうなことにクロードはほっと胸を撫でおろした。

 いくら人が集まる皇都とはいえ、獣人種を見慣れていない宿泊客がいないとも限らない。

 実際のところ、知識として知っていても実際に目の前にクロードのような大柄な獣人が突然現れたとしたら、耐性のない人間ならその場で気絶するか大声で助けを呼ぶだろう。

 事実こことは違う場所でも何度かそういった経歴がある分、エルゼの気遣いはとてもありがたいものがあった。


「さて、まずは着物を洗うかな。 リノア、荷袋を開けて黒くて重い服を出してくれるか?」


 手伝ってくれるというリノアの意思は尊重したいものがあるが、記憶がないリノアにいちいちここで衣類の名称を教えるのも時間がかかると踏んで色や形といった、わかりやすそうな表現を使って手伝ってもらう。

 クロードの主に着用している衣類は一般的な皇都の民たちのような上下に分かれている服ではなく、東の方にあるこの辺りとは少し変わった文化を持った国の衣類、所謂着物だ。

 それほど着飾る意味合いも傭兵仕事には少ないが、自らを特徴付けて顧客を増やすという意味合いではこの着物はとても役に立った。

 過去にクロードに護衛依頼をした商人や要職の人物なども、クロードの名前は忘れても『あの東国風の着こなしの獣人』のフレーズで再度仕事の依頼をしてくる事もある。

 もっとも仕事の評価が過去それなりに高かったクロードではあるが、今回の依頼不履行はそれなりに彼の評判にも響くだろうと多少は懸念している。

 依頼不履行の件に関しては近いうちに傭兵派遣ギルドに報告に行かなければならないが、とりあえず今日は疲れと汚れを落としてゆっくりしたい気分なので洗濯に集中する。

 あらかた着物の洗濯が終わり、それらを宿の裏庭部分にある日の当たる場所に干してから、クロードは今着ている物の帯を緩め、同じようにそれらを洗い始めた。

 今クロードが身につけているのは褌一枚だが、毛皮では隠しきれないその鍛えられた肉体と傭兵仕事で何度か受けたところどころに垣間見える傷跡から、この状態だとしても彼に危害を加えようとする一般人はまずいないだろう。


「ねえ、クロさん……」


 不意に一緒にクロードの着物を洗っていたリノアが呟く。

 顔を上げると、リノアは洗濯の手を止めてクロードの古傷を見ていた。


「ボクはまだクロさんのことをよく知らないけど、クロさんは……戦うのがお仕事なの?」


 ふむ、と少し考えてから返事をするクロード。


「進んで戦いを好むわけじゃあないが、そこそこ自分の力量に自信がある分それを活かしたほうが稼ぎやすいからな。今は傭兵として主に護衛、必要があれば戦うこともある」


 その言葉を聞いてリノアは少し黙った後、ぽつりと呟いた。


「……そっか……」

「どうかしたのか?」


 クロードの質問にリノアは首を横に振る。


「なんでもない、ちょっとだけ……うん、大丈夫、なんでもないよ」


 出会ってまだ一日も経っていないが、クロードにはなんとなしにリノアの性格らしきものが見えてきていた。

 人見知りする部分と関与しているのかもしれないが、リノアは自己を押し込めてしまう。

 端的に言えば他人に対して極度に遠慮をしてしまう傾向がある、といったところか。

 そしてそれはクロードに対してもまだ大きい蟠りのようなものが残っているように感じられた。

 何も知らないエルゼのような人物に対してこそああいった素振りを見せたが、命を助けられたという大義名分があるからか、クロードに対しては若干感情や思いの丈を口にすることもある。

 記憶喪失という点から考えても他人をすぐさま信用するということは難しいとは思うが、こればかりは時間か、もしくはリノアからなんらかの接触を取ってくるのを待つしかない。


「さて……」


 着ていた着物を全て洗い終えて物干し場に干してから、クロードはリノアを振り返った。


「俺は湯浴みをしてから部屋に戻るが、リノアはどうしたい?」


 一緒に浴びるか、と言いかけて慌ててクロードはその言葉を飲み込んだ。

 よく考えてみればクロードはまだリノアの性別を知らない、いや、一人称は『ボク』だが顔つきや体つきといった部分からは未だ成長期を超えているとは言い難く判別できなかった。

 マナの供給という名目はあれ、口付けなどしておいて今更、という観点もあったがそれとこれとは別というものだ。


「あー……そう言えばリノア……」

「? ……なに?」


 咳払いをしてから、なぜか言葉にするのに抵抗を感じながら問うクロード。


「リノアは女の子なのか?」


 薄紅の髪色、澄んだ蒼の瞳、華奢な体つきに整った顔立ちとくればこちらがわの質問が最善だろう、と口にしたクロードだったが、リノアの返答はその想像の斜め上だった。


「……女の子、ってなに?」


 記憶が欠落している事実はあれど、常識が欠如しているわけはないと踏んでいたクロードも頭を抱える。

 常識的に考えれば男女の性別差は成長の過程でなんとなくでも理解しているとは思っていたが、まさか過去の記憶を丸まま喪失しているリノアは性別という概念すら理解できないのか。


「あー……えーと、女の子ってのは……あー……」


 改めて説明しようとすると小っ恥ずかしい上にどう説明していいものやら言葉が浮かんでこない。


「そうだ、エルゼさんが女性だ。 女の子ってのは女性の成長前、所謂子供の女性。 そういう認識……」

「女性、ってなに?」


 リノアの質問が再度飛び、クロードは再び頭を抱えた。

 性別という概念を知らない、今のリノアは恐らくそんな状態だ。

 一番簡単なのは湯浴み場へ一緒に行って直接この目で確かめることだが、罷り間違ってリノアが女の子であった場合、下手を打てば投獄の恐れもある。

 そんな危険は冒せない上に、仮にそうなった場合はまたリノアは身寄りがない状態に逆戻りになる。

 とすれば、取れる手段は一つ。


「あー……そうだな、それについてはまた後で話すか。 先に部屋に戻っててくれ」

「……? うん、わかった」


 素直に頷いてクロードに新しい着替えを手渡して、リノアは軽くなった荷袋を抱えて宿の裏口から中に入って行った。

 はぁ、と思わずため息を漏らす。

 想像以上に難儀な事態だったが、それについてはまた追い追い考えるとしよう、そう考えてクロードは物干し場から湯浴み場まで移動した。

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