エピローグ
エピローグ
「……っこらせ、っと」
銀鹿亭の借りていた部屋で、クロードは荷物を整理していた。
あの事件の終幕から早一週間が経つ。
「クロさん、部屋の片付けはだいたい終わったと思う。あと……この服、変じゃあないかな……?」
羊毛で編まれた上着、革のズボンに茶色のマントと薄緑のバンダナ。
初めてリノアとファーラーンに戻ってきた日に買ったものだ。
若干着こなしはぎこちないものの、想像していた通りその優しい色合いとリノアの白い肌、そして薄紅の髪と蒼の瞳は綺麗にマッチしていた。
「ああ、似合ってる。あ、バンダナだけ少し寄れてるな……よし、これで大丈夫だ」
立ち上がり、リノアのバンダナを綺麗に直してやると、クロードはしばしリノアを見つめていた。
「……クロさん?」
不思議そうな顔で尋ねるリノアに我に返り、慌ててぽんぽんとリノアの頭を軽く叩く。
「いや、なんでもない。よく似合ってる。よし、そろそろ行くか」
出てきた部屋に鍵をかけて、階段を軽い音を立てながら降りていく二人。
一階のカウンターで台帳を捲っていたエルゼがその音に顔を上げ、若干名残惜しそうな顔をした。
「クロードの旦那、もう出るんだねぇ。そんなに長い期間じゃなかったけれど、やっぱり礼儀のなったお客が出て行くのは寂しいね……旅先でも元気にしていておくれよ」
「ああ、ありがとう、エルゼさん。世話になった。ほら、リノアも」
ここを訪れた時は人見知りしていたリノアも、今はだいぶエルゼと打ち解けていたのか、クロードの前に出てぺこりと頭を下げた。
「短い期間でしたがお世話になりました。エルゼさんもお身体に気をつけてくださいね」
リノアの身長に合わせて少し屈むと、エルゼは優しくリノアを抱きしめた。
「本当に、短い間だったけれど私も楽しかったよ。またファーラーンに来た時には顔を見せておくれね。じゃあ、元気で」
腕を解き、優しくリノアの頭を撫でるとエルゼは笑顔を見せて二人を宿先まで送り出してくれた。
エルゼの姿が徐々に雑踏に紛れ、見えなくなってもリノアはしばらく銀鹿亭の方を眺めていた。
「やっぱり名残惜しかったか?」
クロードの問いかけに頷くリノア。
「クロさん以外であんなに親身になってくれる人は、たぶん初めてだったから。人間の中には悪い人もいるけど、同じように良い人も沢山いるんだね」
「ああ……そうだな」
宿を出た足でギルドに顔を出した二人を迎えたのは、業務で忙しそうにしていたルーエンだった。
「やあ、ようやく来たか。お疲れ様」
「ルーエンも、な。あんな騒動もあったけれど、色々世話になったここのギルドには感謝してる。マスターグウラは?」
「奥で依頼の結果報告の書類を整理してるよ。ただ、まあいつもの事だけれど忙しそうだから声はかけない方が良いだろう。後で私から伝えておくよ」
そうか、とクロードが小さくため息をつく。
「一言きちんとお礼を言いたかったけども、仕事の邪魔をするのも野暮ってもんだよな。じゃあルーエン、また、な」
「ああ、君たちの旅路に幸多からんことを祈ってるよ。また会おう、必ず」
それと、とルーエンが真面目な顔に戻ってリノアを見つめ直す。
「ラズラワズリ、いや、今はリノアという名前で呼んだ方がいいのかな。先の出来事は君が力を暴走させた結果の惨事とはいえ、元凶は我々人間の問題だ。例えあの魔術師とは別の個体であるとしても、種族という括りでは同じもの。だからあまり気負うことはないからね」
「ルーエンさん、お言葉ありがとうございます。さっきクロさんとも話したんですけど、一つの種族の中にもいろんな個体があって然るべきなんだから、ルーエンさんこそ責任を感じすぎないように気をつけてくださいね。今回のこと、確かに大変だったし沢山の人の命を危険に晒してしまったけれど、人間のまだ知らないことを沢山知ることができて、とても勉強になりました」
リノアの言葉にふっと微笑むルーエン。
「君が君のような存在で良かったと、心から思うよ。これ以上引き止めるのも長くなるからね、二人とも元気で」
それを合図にギルドハウスから出た二人は皇都の出入口へと赴き、通行証を返してファーラーンの外へ出た。
すっきりと晴れた空と穏やかに吹く柔らかい風。
都の中ではしばらく忘れていたものがそこにあった。
「さて、じゃあ行くとするか」
頷いた後、リノアはふと後ろの都を振り返った。
人の営み、人間が長い時間をかけて培った技術で作り上げた命を守るための居住区。
精霊の感性にとってその時間感覚は僅かなものでしかなかったけれど、同時にそんな僅かな時間でも人間は様々なことを学び、それを活かして次々と新しいものを作り上げて行く。
森の奥深くでそれらに関わらず過ごしてきた時には知る由もなかった事だ。
「……いつか、種族を超えて関わり合える日も来るのかな」
小さな呟きは風に乗って、空の向こうへとその音を飛ばしていった。
さながら、その言葉を風の吹く先へ届けるかのように。
「リノア、大丈夫か?」
少し先の方へ進んだクロードが振り返り、立ち止まっていたリノアを見つめる。
「……うん、大丈夫」
皇都から視線を逸らし、クロードの方に向き直って歩みを進めるリノア。
道は、続いてゆく。
まだまだ知らない事、知るべき事は沢山あるのだろう。
それらも含めて、クロードと一緒に進んで行けたらいいなとリノアは小さく心の中で祈るのだった。
古代樹の精霊は獣人の旅人と共に往く。
本来なら関わりのないはずの、まったく別の種族。
異なる種族が手を取り合う未来は既にその末端を垣間見せていることに、まだ二人が気付くことはなかった。
『いつか綻ぶ幻想花』
終




