第十五話 核を持つ者、奪還する者
第十五話 核を持つ者、奪還する者
ファーラーン中枢の大型寄宿舎、現在の避難所の内部は酷い有様だった。
あちらこちらに火の手が上がっており、そこかしこに倒れ伏したまま動かない人の影が散乱していた。
「……っ」
惨状に言葉を失い、その中心に佇み笑い声を挙げている人間、あの魔術師を睨みつけるクロード。
「おや……ようやく来たか。だが 粗方の魂の回収は既に終わっておる。ギルドの手の廻りも遅くなったものよ」
相手の言葉に感情を呑まれないよう深呼吸して、クロードは視線をそのままに隣のリノアに小声で呼び掛けた。
「……リノア、先の計画通りに動く。頼むぞ」
それにリノアが頷いたのを確認して、クロードは大太刀を抜き放った。
「振り幅の遅いその得物で我を捉えようとは、先の不意打ちの様にはもう進まぬとまだ理解ができないと言うか……かくも愚かな……」
「貴様と語る言葉はない、リノアの力を……還して貰う!」
脚に力を込め、思い切り地面を蹴る。
獣人の身体能力は確かに人間のものと比較すれば遥かに高い。
けれど、今その事実はあの魔術師に既に知れている。
加速的に通り過ぎる周りの様子を視野に入れて、クロードは横薙ぎに大太刀を振り抜いた。
「当たらぬよ」
かつて暴走していた時のリノアがしたように、魔術師は瞬間的に転移し、クロードの背後の上空に周っていた。
けれど、あの時とは状況が違う。
それは魔術師の力にも言える事で、また、クロードたちの力にも言える事だった。
魔術師が上空から魔術で槍状の魔力塊を複数形成し、クロードに向けて雨の様にそれを降らす。
勢いよく放たれた魔術槍はクロードの身体を貫くかに見えた。
しかしクロードに当たる直前に槍は分解され、霧散した。
「……何……?」
すかさず魔術師の下方の床に魔術陣が描かれ、ルーエンのペンデュラムが次々と飛び出す。
左右に転移しつつそれを避けた魔術師は不可解な面持ちで重力球体を創り、今度はそれをクロードたちとは別方面から挟み込もうとしていたルーエンの魔術部隊向けて放った。
「ルーエン、十秒でいい、持ち堪えてくれ!」
返事を待たずクロードが跳躍し、二度目の斬撃を宙で振るう。
「同じ事を何度繰り返そうと、我は斃せぬよ」
三度転移し、空中のクロードの背後に回った魔術師は右手にクロードから奪った魔狩りの短剣を構えていた。
「魔術が通らぬのならば、物理的に貫くのみ。その魂も戴こう」
宙を駆け、突進しようと試みた魔術師。
しかしすんでのところで何かに弾かれ、魔術師はその態勢を崩した。
(やはり、効いてる……!)
振り抜いた大太刀の勢いを利用して、接近した魔術師の脇腹に回し蹴りを叩き込むクロード。
「くっ……何故……?」
吹き飛んだ先で空中に足場を構築し、態勢を立て直すが、理解の及ばない現象を前に魔術師の余裕は徐々になくなっていた。
ふいに魔術部隊の方を確認して魔術師は目を見張った。
ラズラワズリ、核を抜き取られたはずの精霊が未だに動き続けていた。
「……小賢しい真似を……っ」
着地したクロードに向き直った魔術師は精霊核の魔力を使用しない転移魔術の詠唱を始めた。
理由はわからないがあの精霊が精霊核の魔力を相殺し、恐らく吸収している。
だとすれば精霊核の魔力は徐々にアレに戻っていく。
逃亡を謀る魔術師の詠唱、リノアが拐われた時に路地裏で僅かでもその詠唱を聴いていた クロードはすぐさま号令をかけた。
「包囲陣、展開!」
響き渡ったその合図と共に大型寄宿舎を覆う様に巨大な結界が寄宿舎を外界から隔離する。
ルーエンの率いている魔術部隊とは別動隊を予め寄宿舎の周りに配置して外から結界で閉じ込める。
それが魔術師を外に逃がさない計画だった。
魔術師が精霊核の魔力をリノアに吸収されない様にするには精霊核を利用した術式を使用しない以外の方法はない。
それに加えて精霊核を使用しないのならば相手は並を超える魔術師と言えど単独の魔力量ならばギルド所属の魔術師を総動員すれば抑え込める。
「物理部隊、奴を捕縛する!続け!」
転移魔術が発動しないことに慌てた魔術師の足に投擲された分銅付きの鎖が絡みつく。
空中浮遊魔術の重力相殺にも限界はあり、少しずつ、しかし確実にその身体は物理部隊のメンバーたちのいる地面に近付いていた。
「おのれ……っ!」
引き摺り落とされた魔術師は両手両足に魔術封じの枷を取り付けられ、精霊核を手中に収めたその主はようやく捕縛された。
「これ以上抵抗する素振りを見せるならば、その首を落とす。精霊核を、還してもらおう」
クロードの警告に小さく舌打ちすると、魔術師は右手に握り続けていた精霊核をクロードの隣に居たリノアに向けて投げ渡した。
それを抱え上げ、リノアは目を閉じて小さく呟いた。
「……おかえり、さあ、償いを。その生命のあるべき処へ……」
先ほど魔術師が行使していたものと同じ魔力とはとても思えないほど、優しく、温かい光が精霊核から溢れる。
すると物理部隊が合図を受けるまでに保護していた意識のなかった民間人たちが徐々に目を覚まし、彼らは寄宿舎の外にギルドの者たちが誘導して行った。
「ギルドハウスに匿っていた被害者たちも、これで目を覚ましたはずです」
そう言ってリノアは拘束した魔術師を責任を持って拘留所に移動させようとしていたクロードとルーエンに向き直った。
「本当にごめんなさい。ご迷惑をおかけしました。でも、ありがとうございます。事の顛末をきちんと見届けるまではまだ少しお世話になると思いますが……っ?」
頭を下げたままのリノアの髪の毛をふいに大きな手が掻き上げる。
驚いて顔を上げると、クロードもルーエンも柔らかい眼差しでリノアを見ていた。
「皆が無事に済んだのはリノア、お前のお陰でもあるんだ。もっと胸を張っていいんだよ」
クロードの手だ。
いつも自分のことを見ていてくれた、見捨てずにずっと助け続けてくれた、クロードの。
「……うん……ありがとう、クロさん」
こうしてラズラワズリを巡る騒動はようやくその幕を下ろしたのだった。




