第十三話 奪われる力
第十三話 奪われる力
塔の前の広場に辿り着いて、上空を見上げた二人はそこに居る存在を確認した。
確かに、居る。
それほど高い塔ではないが、その天辺から増幅した途方もない量の魔力を、そしてその圧力ともいえるべき重力のようなものを感じた。
「クロード、奴の居場所は未だ変わっていないようだ。どう攻める?」
短い時間で考えてから、クロードはそれを口にした。
「俺は塔の中からリノアの元へ向かう。ルーエンは近くの建物の屋上から捕縛の魔術でリノアを拘束してくれ。塔の屋上に着くまで俺の足なら一分もかからないはずだ。俺が塔に突入して一分後に仕掛けてくれ」
了解した、と頷きルーエンはきょろきょろと辺りの建物を調べ、手頃そうな高さのある家屋の近くに身を潜めた。
ルーエンに無言で合図を送り、勢い良く走り込み塔の入り口の鍵を突進で強引に破壊して突破する。
奥の階段を一直線に駆け上がり、心の中で一分を数えながらタイミングを合わせて塔の屋上へ突入する。
屋上の扉を抜けた先、そこに確かにリノアだったモノは居た。
クロードの方へゆっくりと振り向き、宙に浮かんだままその姿を視界に捉える。
『よもや獲物の方が飛び込んでくるとは……返してもらおう、妾の力を』
「ルーエンッ!」
その名が呼ばれた瞬間、リノアが背中を向けていた鐘の向こう側から魔力で編まれた複数のペンデュラムが蛇のようにリノアの手足に絡みつき、クロードの方へ向かおうとしたリノアの動きを封じた。
今しかない、そう信じてクロードはギルドマスターに渡された短剣を抜き放ち、身動きが取れないリノア向けてそれを構えながら突進した。
『小賢しい……』
両手両足を拘束された状態でそう呟いたリノアは小さく両手の指を鳴らす。
途端、ルーエンの魔力の鎖が弾け飛び、近くの建物で魔術を行使していたルーエンはその反動で壁に叩きつけられ、虚を突かれたクロードの目の前に転移したリノアはその首を掴み、易々と持ち上げた。
「ぐ……かはっ……!」
うまく呼吸ができない状態でクロードは右手に構えていた短剣を振り抜き、リノアに傷を付けようともがく。
けれどその動きさえも読んでいたのか、リノアは払うように手を動かすとクロードの握っていた短剣を魔力の篭った衝撃波で弾き飛ばし、短剣は回転しながら屋上の扉に突き刺さった。
手詰まりなのか、混濁していく意識の中で何か手はないかと必死に考える。
すると不意にリノアから放たれていた魔力の圧が急速に弱まっていく。
力の抜けたリノアの手から滑り落ちたクロードはなんとか塔の屋上に着地し、苦しそうに咳をしながら浮いていたリノアの方を見上げて息を呑んだ。
紺のローブを纏った魔術師。
それが宙に浮いていたリノアを、先刻クロードの手から弾き飛ばされた短剣で背中から刺し貫いていた。
「人間が計算通りに動くのはなんとも面白いモノよな、被験体3987号?」
『貴様……は……?』
咳と同時に吐血し、目を見開いて紺の魔術師を振り返るリノア。
「魔狩りの短剣をのうのうと手放すとは、ファーラーンのギルドの者も質が落ちたものよ。そら、受け取るが良い」
胸を貫かれたリノアから、透明に輝く結晶のようなものを繰り抜くと、魔術師はゴミのようにリノアをクロードの方へ勢い良く投げた。
「ッ……リノア!!」
受け止めた身体はまるで重みなどないように軽く、すぐに傷を確認しようとしたクロードの視線と苦しそうに咳き込んだリノアの視線が交わった。
「クロ……さん……っ?」
この声音は、雰囲気は、そしてクロードを見る眼差しは、あのリノアだった。
「しっかり意識を保ってろ、すぐに手当てしてやるから!」
クロードが自分の着物の裾を引き千切り、リノアの傷口に当てがうも、その胸に刻まれた傷からは真紅の血液が流れて止まらない。
「ほう、その獣頭は余程そのゴミが大切なようだ。ああ、しかし、美しい。見るが良い、この輝きを!これこそ超自然の神秘、万物を形造る生命の源。さぞや……」
美味なのであろうな、そうその魔術師は口にした。
魔術師の狂気に対する恐怖よりも、先のリノアに捻られた首の痣の痛みよりも、何より先んずる感情があった。
「……れ」
視線を伏せたまま、静かに、しかし辺りに響く声でクロードはそれを絞り出した。
「少し、黙れ」
その声が魔術師に届き、紺の魔術師がクロードの方を訝しげに振り向いた時、既にクロードの大太刀の間合いに魔術師は入っていた。
驚異的な跳躍力から放たれた正確無比の斬撃が魔術師の身体を斜めに両断する。
「な……っ?」
その勢いを殺さないまま魔術師の向こう側の鐘の側面で受け身を取り、寸分違わぬ狙いでもう一度跳躍し、まだ宙に浮いていた魔術師の身体の肩から首に掛けての部分に踵落としを叩き込む。
勢い良く落下した魔術師は土埃を立てて塔の屋上に叩きつけられ、宙に残されていた下半身は力なく落下し、鈍い音を立てた。
怒りという言葉では表しきれない、それだけクロードの感情は猛り、気配だけ感じたならば正しく獣そのものと違えるほどだった。
「クロー……ド?」
足を引きずりながら塔内部の階段を上がってきたのであろうルーエンが、初めて畏れているような様子でクロードに声をかける。
「……ルーエン……リノアの治療を頼む。俺は、此奴を……」
そう言って魔術師の墜落した場所を見て、クロードは言葉を飲み込んだ。
魔術師の姿がない。
「っ……クロード、背後だ!!」
背中に強い衝撃と痛みを受けてクロードは大きく吹き飛ばされ、鐘の支柱に胴から叩き付けられた。
「がっ……!」
痛みを堪えながら振り向くと先刻クロードが立っていた位置にあの魔術師が元の身体でくっくっと笑い声を挙げていた。
「恐ろしい獣よ、我に傷を負わせるとは。しかし足りぬ、ああ、足りぬとも。あのゴミから抜き出したこの結晶が存在する限りはその程度の傷など如何とでもなる。さて、貴様らに費やす時間はもう無いのでな。精々足掻くが良い、ファーラーンのギルドのモノたちよ」
するりと紺のローブに包まれると、魔術師は姿を眩ましてしまった。
「あの男……一体何を企んでいる……?」
引き続きリノアの治療を進めながら訝しげにルーエンが呟く。
しかしすぐにリノアの容態が刻一刻と悪くなっていることに気付き、クロードを呼ぶルーエン。
足早に近付いたクロードは弱り切ったリノアの様子を見て、懇願するようにルーエンを見た。
「どうにか、できないのか?」
「……恐らく精霊にとって核とも呼べるものをあの男にくり抜かれたんだ、まだ息をしていることの方が奇跡と言っていい。だが……このままでは……」
既にルーエンが施術可能な回復魔術や治療薬は試していた。
しかしそれでもなお、リノアの状態は悪化の一方を辿っている。
「今のこの子が先刻の化け物と様子が違うことには私も気付いているし、出来ることは全て試したつもりだ。それでも……私では、この子を助けることはできない」
リノアの意識が戻った時、助けられたと思った。
けれど現実は無情で、流れていく時間が留まることはない。
歯を喰いしばったクロードはその時、ある言葉を思い出した。
『其方、何故妾の力の片鱗を持っている?』
暴走精霊と化していたリノアの言葉。
あれが本当ならば、一縷の望みをかけてクロードは再びリノアに口付けした。
自分に残っているマナなど残さず吸い尽くしてくれていい、だから、どうか。
リノアがマナを吸収する素振りはなかった。
けれど、その時クロードの胸から小さく光る何かがリノアの胸の内に渡った。
「……っ」
目を閉じていたリノアが、ゆっくりとその瞼を開く。
まだ顔色は優れなかったが、その目は以前と同じ澄んだ蒼のままクロードを見つめ返していた。
「クロ……さん……?」
「リノア……っ!!」
強く、強く抱きしめる。
奇跡と呼べる事象があるというのならば、またリノアが自分の名前を呼んでくれた、それがクロードにとって何にも勝る奇跡だった。
「クロさん……ちょっと痛い……」
その言葉に慌てて抱きしめていた腕を解く。
するとリノアはまだ己の生命力が安定しきっていない状態でも、微かに笑った。
「マナの供給ではない……いや、精霊の魔力核を失っていた筈なのに何故……?」
「ごめんなさい、またクロさんに迷惑をかけたみたい……でも……今度はボクが、ちゃんと償うから」
おぼつかない足取りで立ち上がり、目を閉じて意識を集中する。
ふわり、と暖かい光がリノアを中心に辺りへと広がっていく。
その様子を見ていて、ふいにクロードは自身の右腕の傷、リノアが拐われた時に付けられたものが痛まないことに気付いた。
恐る恐る包帯を外していくと、多少なり傷痕は残っているものの動かすたびに血が滲んでいた傷が塞がっていた。
「いま、この都市全体にボクの魔力を拡散して、届けたから」
「つまり、どういうことなんだ?」
ルーエンが尋ねるとリノアは申し訳なさそうな顔をしながら、けれどはっきりと答えた。
「ボクがボクでなかった時間に襲ってしまった人たちに生命力のかけらを届けていった。ちゃんと還すにはあの人、ボクから精霊核を奪っていった人からあれを取り返さなきゃいけないけれど……ひとまずこれで被害に遭った人たちの死に繋がる危険性は避けられたと思う」
「自分の核がないんだろう?だというのに何故君は今動けているんだ?」
不可解でならないという顔のルーエン。
「……この都市に来る前クロさんに助けてもらった時、簡単に言えばお互いのマナを混ぜ合わせたから、かな。あれは本当に偶然だったけど、今クロさんの中に残ってたボクのマナを分けてもらったことでこうして活動できてるんだと思う」
でも、と言葉を切るリノア。
「一刻も早く精霊核を取り戻さないと、ボクが届けた生命力のかけらには限界があるし……」
「リノア、俺たちも手伝う。いや、手伝わせてくれ。もう関わったんだ、無関係に休んでてとはいわせない」
クロードの言葉にルーエンも頷く。
「関わりはともかく、今の君に出来ることはそこまで多くはないだろう?一人で駄目なら仲間を頼れ、そのためのギルドだ。一度戻ろう、あの魔術師の居場所も割り出さなきゃならない」
「うん……ありがとう、よろしくお願いします」
二人に頭を下げたリノアは顔を上げると、軽く頬を叩いて気合を入れ直した。
あの魔術師から精霊核を取り戻さなければならない、あれにはこの都市の人たちの生命も取り込まれているのだから。
そして、核が再び戻ったなら。
そこで考えを切ってリノアは先を急ぐ二人の後を追って走り出した。




